不完全な人達

神崎

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北と南

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 着替えと下着だけを持って、ダウンのコートに袖を通す。かなり北の方の土地で、きっと雪が残っている。寒さも段違いだろう。もうこの土地はそんなに寒くないが、あっちはこっちの冬以上に寒いに違いない。少し躊躇したが、慎吾にもらった白いマフラーを巻いた。これを巻くのは久しぶりだった。
 そしてアパートを出ようとしたときだった。携帯電話が鳴る。相手は史だった。
「はい。」
 史は朝早くに出た。まとまって温泉地へ行くので、バスに乗っていたのだ。高速道路のパーキングエリアに着くと、時間を見て清子に連絡をした。
「もう出る頃だった?」
 煙草に火をつけて、史は清子と話をしている。その顔には笑顔が浮かんでいて、堀はそれを見てため息をついた。史はまだ清子とつきあっているのだ。別にそれを責めるつもりはないし、別れた方が良いという忠告は意味がないのはわかっている。
 だが清子がどうしても史よりも晶を取っている感じがしていたたまれない。清子と居ても幸せになれないのではないかと思ってしまうのだ。
 やがて史は電話を切ると、煙草を消して喫煙所をあとにする。すると向こうに堀がコーヒーを持って、バスに乗ろうとしているのが見えた。
 堀はそもそも来る予定ではなかった。だが人事部としては、新規に立ち上げるその合併した雑誌の編集長に、変な人選をしたと思われたくはなかった。それでなくても、あらの多い人選だったこともあり、だから「三島出版」の人事部は、無能だなどと言われたくなかったのだ。
 それは堀の意地だった。
 そう思われないように動いてもらわないといけない。そのためには、史にも他の編集長にもしっかりと動いてもらわないといけないのだ。

 空港にやってきた清子は荷物を預けて、時間までふらふらと周りの店を見ていた。チェーン買されたコーヒー店があったが、こういうところのコーヒーはあまり好きではない。
 これを飲むくらいなら缶コーヒーを飲んだ方がましだな。そう思いながら周りを見ていると、向こうから晶がやってきた。
「よう。清子。」
 いつもよりもよく着込んでいるようだ。
「ダウンのコートとか持ってたんですか。」
「あー、昔のだよ。お前、その格好で行く気か?」
「そうですけど。」
「寒波が入ってるらしいぜ。あっち。そんなうっすいコートだったら、一瞬で凍るんじゃね?」
「平気ですよ。このコート薄いわりに割と温かいんで。」
 白いマフラーをしている。普段は見ないものだ。それを見たのはいつだったか。クリスマスの時だったかもしれない。史からのプレゼントだろうか。
「そのマフラーさ。」
「はい?」
「誰かにもらったヤツ?」
 その言葉に清子は言葉を詰まらせた。
「編集長から?」
「いいえ。」
「前の男?」
「男なんか作ってませんから。」
「だったら誰?」
 しつこいな。誰でもいいだろうに。清子もムキになりそうで、頭を冷やそうと自動販売機の方へ向かう。そしてコーヒーのボタンを押して、携帯電話をかざした。そのとき、向こうから浅黒い肌の白髪交じりの髪の男性が清子に声をかけてきた。
「……。」
 まずい。英語ではない。声をかけられたは良いが、受け答えが出来ない。せめて英語であれば片言なりには聞き取ることは出来るのだが。
「……。」
 するとその様子に晶が声をかける。何を話しているのかはわからないが、穏やかに手を振って男は去っていった。
「何て?」
「両替はどこだって聞いてきてた。」
「そうだったんですか。すいません。変わってもらって。」
 すると晶は少し笑って、自動販売機のボタンを押す。
「おごってよ。」
 すると清子は携帯電話をかざす。そしてコーヒーを取り出すと、晶を見上げた。
「国際空港だもんな。ここ。」
 国内線もでているが、ここから海外へ飛ぶのだ。よく見れば、肌が白い人、浅黒い人、金色の髪の人、多種多様だった。
「ここから海外へ行ったんですか。」
「そうだな。昔の話。」
 大学を出て、とにかくこの国の外に出たかった。それだけだった。心残りは清子だけだったが、当時の清子はどこにいるかもわからなかった。だから清子のことを忘れようと海外へ出たのだ。
「時間ありますよね。お土産を買います。」
「こっちの土産?」
「えぇ。あっちの仕事場に差し入れみたいなものを。」
「気が回るな。でもこっちだよ。」
「あぁ。ありがとうございます。」
「危なっかしいな。ほら。」
 コーヒーをコートのポケットに入れて、カイロ代わりにする。そして手を握った。その手が温かい。晶も意識していないように見えるのに、頬が少し赤かった。晶もまた意識をしていたのだ。
「同じ飛行機だな。」
「えぇ。でも行き先は別。お前、S市だっけ。俺、空港から結構近いから合流しようぜ。」
「何で?」
「親のことを調べるんだろ?そっから俺が行くところと中間地点くらいじゃん。」
「……でも何で久住さんが……。」
「晶って呼べよ。今日、明日くらい。」
「……何で……。」
「いつもだったら出来ないだろ。恋人同士の気分を味わいたいんだよ。」
 仕事でお互い来ているのだ。なのにこれが恋人同士の旅行に感じる。勘違いなのだ。なのに胸が高鳴る。繋がれている手が熱い。
「こっちの方の土産って何になるのかな。無難に菓子とか?」
「そうですね。どれくらい人数がいるかわからないんですけど、支社だからそんなに人数いませんかね。」
「多い分には良いと思うけどな。足りねぇのが一番良くねぇ。っていうか、言葉遣いも別にかしこまらなくてもいいんじゃね?同じ歳だし。恋人同士の気分で居たいんだよ。」
 晶はそう言いながら、土産の菓子を見ていた。都会だと言っているこの土地も、もちろん田舎者の集まりだ。だから名産と言われても、何なのかはわからない。清子や晶が居た土地であれば、すんなりとちりめんじゃこや、漬け物、お茶などがお土産として喜ばれるのだろうが、土地の者ではないのでよくわからない。
「菓子で良くね?ほら。これ三十個入ってるわ。三十人もいないだろ?」
「支社はそんなものですかね。」
 その箱菓子を手にして、清子はレジへ向かう。会計を済ませたとき、アナウンスが聞こえた。
「呼ばれてるな。行こうぜ。」
 そう言って晶は清子の手を引く。どの搭乗口なのか、どこにあるのかも全てわかっているのだ。それだけ慣れている。
 海外どころか、飛行機で行くような移動をあまりしたことがない清子にとって、晶はとても頼りになった。
 そして離されることのない手の温もりが、消えないようにと密かに思っていた。
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