不完全な人達

神崎

文字の大きさ
263 / 289
北と南

262

しおりを挟む
 着替えと下着だけを持って、ダウンのコートに袖を通す。かなり北の方の土地で、きっと雪が残っている。寒さも段違いだろう。もうこの土地はそんなに寒くないが、あっちはこっちの冬以上に寒いに違いない。少し躊躇したが、慎吾にもらった白いマフラーを巻いた。これを巻くのは久しぶりだった。
 そしてアパートを出ようとしたときだった。携帯電話が鳴る。相手は史だった。
「はい。」
 史は朝早くに出た。まとまって温泉地へ行くので、バスに乗っていたのだ。高速道路のパーキングエリアに着くと、時間を見て清子に連絡をした。
「もう出る頃だった?」
 煙草に火をつけて、史は清子と話をしている。その顔には笑顔が浮かんでいて、堀はそれを見てため息をついた。史はまだ清子とつきあっているのだ。別にそれを責めるつもりはないし、別れた方が良いという忠告は意味がないのはわかっている。
 だが清子がどうしても史よりも晶を取っている感じがしていたたまれない。清子と居ても幸せになれないのではないかと思ってしまうのだ。
 やがて史は電話を切ると、煙草を消して喫煙所をあとにする。すると向こうに堀がコーヒーを持って、バスに乗ろうとしているのが見えた。
 堀はそもそも来る予定ではなかった。だが人事部としては、新規に立ち上げるその合併した雑誌の編集長に、変な人選をしたと思われたくはなかった。それでなくても、あらの多い人選だったこともあり、だから「三島出版」の人事部は、無能だなどと言われたくなかったのだ。
 それは堀の意地だった。
 そう思われないように動いてもらわないといけない。そのためには、史にも他の編集長にもしっかりと動いてもらわないといけないのだ。

 空港にやってきた清子は荷物を預けて、時間までふらふらと周りの店を見ていた。チェーン買されたコーヒー店があったが、こういうところのコーヒーはあまり好きではない。
 これを飲むくらいなら缶コーヒーを飲んだ方がましだな。そう思いながら周りを見ていると、向こうから晶がやってきた。
「よう。清子。」
 いつもよりもよく着込んでいるようだ。
「ダウンのコートとか持ってたんですか。」
「あー、昔のだよ。お前、その格好で行く気か?」
「そうですけど。」
「寒波が入ってるらしいぜ。あっち。そんなうっすいコートだったら、一瞬で凍るんじゃね?」
「平気ですよ。このコート薄いわりに割と温かいんで。」
 白いマフラーをしている。普段は見ないものだ。それを見たのはいつだったか。クリスマスの時だったかもしれない。史からのプレゼントだろうか。
「そのマフラーさ。」
「はい?」
「誰かにもらったヤツ?」
 その言葉に清子は言葉を詰まらせた。
「編集長から?」
「いいえ。」
「前の男?」
「男なんか作ってませんから。」
「だったら誰?」
 しつこいな。誰でもいいだろうに。清子もムキになりそうで、頭を冷やそうと自動販売機の方へ向かう。そしてコーヒーのボタンを押して、携帯電話をかざした。そのとき、向こうから浅黒い肌の白髪交じりの髪の男性が清子に声をかけてきた。
「……。」
 まずい。英語ではない。声をかけられたは良いが、受け答えが出来ない。せめて英語であれば片言なりには聞き取ることは出来るのだが。
「……。」
 するとその様子に晶が声をかける。何を話しているのかはわからないが、穏やかに手を振って男は去っていった。
「何て?」
「両替はどこだって聞いてきてた。」
「そうだったんですか。すいません。変わってもらって。」
 すると晶は少し笑って、自動販売機のボタンを押す。
「おごってよ。」
 すると清子は携帯電話をかざす。そしてコーヒーを取り出すと、晶を見上げた。
「国際空港だもんな。ここ。」
 国内線もでているが、ここから海外へ飛ぶのだ。よく見れば、肌が白い人、浅黒い人、金色の髪の人、多種多様だった。
「ここから海外へ行ったんですか。」
「そうだな。昔の話。」
 大学を出て、とにかくこの国の外に出たかった。それだけだった。心残りは清子だけだったが、当時の清子はどこにいるかもわからなかった。だから清子のことを忘れようと海外へ出たのだ。
「時間ありますよね。お土産を買います。」
「こっちの土産?」
「えぇ。あっちの仕事場に差し入れみたいなものを。」
「気が回るな。でもこっちだよ。」
「あぁ。ありがとうございます。」
「危なっかしいな。ほら。」
 コーヒーをコートのポケットに入れて、カイロ代わりにする。そして手を握った。その手が温かい。晶も意識していないように見えるのに、頬が少し赤かった。晶もまた意識をしていたのだ。
「同じ飛行機だな。」
「えぇ。でも行き先は別。お前、S市だっけ。俺、空港から結構近いから合流しようぜ。」
「何で?」
「親のことを調べるんだろ?そっから俺が行くところと中間地点くらいじゃん。」
「……でも何で久住さんが……。」
「晶って呼べよ。今日、明日くらい。」
「……何で……。」
「いつもだったら出来ないだろ。恋人同士の気分を味わいたいんだよ。」
 仕事でお互い来ているのだ。なのにこれが恋人同士の旅行に感じる。勘違いなのだ。なのに胸が高鳴る。繋がれている手が熱い。
「こっちの方の土産って何になるのかな。無難に菓子とか?」
「そうですね。どれくらい人数がいるかわからないんですけど、支社だからそんなに人数いませんかね。」
「多い分には良いと思うけどな。足りねぇのが一番良くねぇ。っていうか、言葉遣いも別にかしこまらなくてもいいんじゃね?同じ歳だし。恋人同士の気分で居たいんだよ。」
 晶はそう言いながら、土産の菓子を見ていた。都会だと言っているこの土地も、もちろん田舎者の集まりだ。だから名産と言われても、何なのかはわからない。清子や晶が居た土地であれば、すんなりとちりめんじゃこや、漬け物、お茶などがお土産として喜ばれるのだろうが、土地の者ではないのでよくわからない。
「菓子で良くね?ほら。これ三十個入ってるわ。三十人もいないだろ?」
「支社はそんなものですかね。」
 その箱菓子を手にして、清子はレジへ向かう。会計を済ませたとき、アナウンスが聞こえた。
「呼ばれてるな。行こうぜ。」
 そう言って晶は清子の手を引く。どの搭乗口なのか、どこにあるのかも全てわかっているのだ。それだけ慣れている。
 海外どころか、飛行機で行くような移動をあまりしたことがない清子にとって、晶はとても頼りになった。
 そして離されることのない手の温もりが、消えないようにと密かに思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...