セックスの価値

神崎

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セックスしたい相手

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 用事を済ませて、ついでに祥吾のお使いものを頼まれた春川はエレベーターで一階に降りる。これから家に帰り、次作のプロットを煮詰めよう。そう思っていたのだが、どうやら雨が降っているようだ。
「あー。駐車場遠いのに。」
 お使いものの資料が濡れていると、彼が怒るだろうか。いや怒りはしないが、嫌みをちくちくといってくるだろう。彼女はため息を付いて、なるべく濡れないようにするしかないと荷物をバッグの中にいれる。そのとき横に桂がやってきた。
「雨、降り出したかー。くそ。せっかくオフなのに。」
 ちらりと彼女は彼をみる。するといいことを思いついたと、彼女は笑顔になる。
「桂さん。」
「春川さん。あなたも帰りですか?」
「えぇ。桂さんはどうやってここまできました?」
「バイクなんですよ。でもこの雨だったら電車で来れば良かった。くそ。」
「今日の予定あります?」
「え?もう今日はジム行くくらいで終わりですね。」
「わぁ。良かった。ね?提案なんですけど。」
 その提案に彼は少し驚いた。

 軽自動車の助手席に乗ったのなんて、どれくらいぶりだろう。桂はそう思いながら、外を見ていた。そしてちらりと春川をみる。彼女は機嫌良さそうに、運転している。
「道、合ってます?」
「えぇ。」
「でもタイミングばっちりでしたね。計ったよう。」
「そんなに計算高くないですよ。」
「それもそうですね。あぁ。今度、また撮影を見に行く予定になってるんです。」
「え?どこの現場ですか?」
「何か、痴漢モノとかですね。何ならエキストラで出てもいいって言われて、あー間近で見れるのかぁ。ちょっと楽しみ。」
 その言葉に彼は呆れたように言葉を発する。
「変わった人だな。」
「え?」
「普通の人なら他人のセックスなんて興味ないでしょ?」
 その言葉に彼女は少し笑う。
「そうですね。でも、私今書いてるの、ほとんど第三者の目から見た目線で書いているんですよ。一人称で書くなら、自分が体験した方がいいのかもしれないけど、他人が見てるんなら他人のセックスを見た邦画よりリアリティでると思いません?」
「……それでか。」
「え?」
「あんたの本読んだんです。」
 桂の言葉に初めて彼女は頬を赤らめた。
「どうも。」
「生々しいというのが第一印象。それが他人のセックスを見て感じたことなんでしょう?」
「まぁ、そうですね。まさか隣の家族のところへ行って「セックス見せてもらえませんか」なんて言えませんから。まぁそれまでは、参考資料はAVでしたけど。」
 羞恥心は無いようだ。小説の為なら何でもするという彼女の考えらしい。だが、その考えに彼は水を差す。
「……俺らのしてることなんて、擬似セックスですよ。愛なんか無いし、嘘の言葉ばかり並べてる。それでもいいんですか。」
「本当にそうなら、生で見たいなんて言いませんよ。」
 信号で止まり、彼女は彼の方をみる。
「仕事に真剣に愛そうとしてるのが見えるから、あなたのセックスが見たいと思ったんです。」
「あなたの指名で?」
「えぇ。初めて観たAVはあなたが出てました。それから興味がわきましたよ。「薔薇」に出演する事も聞いて、対談させて欲しいと私から頼みました。」
 意識をしてもらっていた。それだけで嬉しかった。まるで中学生だ。彼はそう思って笑顔になる。
「やだ。何笑ってるんですか。気持ち悪い。」
「あんただって笑ってるでしょ?」
「ははっ。」
 いつも通りに彼女は笑い、青になった信号でまた車を走らせる。
「でもまぁ……どんなにガンバっても三千円の価値しかないセックスですよ。レンタルで安いときには百円。それくらいの価値です。」
「卑下しないでいいですから。あなたはこれからですよ。まだ若いんだし。」
「四十五ですよ。若くもない。」
「早く結婚すればいいのに。」
「結婚生活がいいもんですか。」
 その問いに彼女は少し黙った。だがすぐに少し笑う。
「いいものですよ。」
 そういって指定されたジムの地下の駐車場に入っていく。
「ありがとうございました。」
「いいえ。また。お会いできたら、お会いしましょう。」
 次があるかわからない。だから、後悔したくなかった。彼はシートベルトをはずすと、彼女の肩に手をかけた。
「え?」
 素早く唇にキスするつもりだった。だが反応は彼女の方が早い。手で彼の口をふさぐ。
「何をするつもりですか。」
 その目に笑いはない。
「そんなつもりで送ったわけではありません。二度はありませんよ。」
「……。」
 手のひらをはずされて、彼は少し微笑んだ。
「どうですかね。少なくとも、俺はあなたとキスがしたかった。」
「私はしたくありません。旦那がいますから。」
「そうですか。」
 彼を拒否してまで、旦那に操を立てる。その旦那とはどんな人物なんだろう。
 冬山祥吾。それが彼女の旦那だという。作家で、人嫌い。そんな噂がある。そして聞き捨てならない噂も。
 その男よりも自分は劣っているのだろうか。

 春山は帰ってくると、見慣れないローファーの靴があった。おそらく担当編集者なのだろう。彼女は邪魔をしないように、そっと帰ると台所にいる幸という年老いた家政婦に声をかける。
「幸さん。」
「あら。奥様。お帰りなさい。珍しいですね。昼にここにいるのは。」
「えぇ。仕事が早く終わって。旦那様はお話中?」
「えぇ……。」
 言いにくいようだ。その理由はわかる。彼女は少しうつむくと、また笑顔になった。
「お茶、私ももらおうかな。仕事したいし。」
「えぇ。淹れますよ。あとで持って行きましょうか?」
「いいえ。大丈夫。お茶くらい自分で淹れれるわ。」
 そういって彼女はお茶を淹れる。そして荷物の中から祥吾に渡してくれというお使いモノを取り出した。
「幸さん。悪いけど、これをあとで旦那様に渡して置いてくれる?」
「奥様。」
「頼んだわよ。」
 旦那が若い女が好きで、しかもとっかえひっかえしているのは知っている。だけどそれに文句を言わない彼女がとても可愛そうに見えた。
 耐え、しのぶのが美徳な妻など、化石になっていると思っていた。だが彼女はずっとそうしている。もう七年になるのだ。
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