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出張ホスト
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今日は幸さんが来ない日なので春川は、台所で祥吾の分の食事を用意していた。ひじきの煮物、鯖の味噌煮、冷や奴、なすの煮浸し、トマトの塩昆布漬け。野菜中心の食事は彼の好みだった。
その匂いに釣られてか、普段あまり部屋からでない祥吾が台所へやってくる。
「美味しそうだね。」
「えぇ。すいません。今日の夜はここにいれないので、お食事を一緒に出来ないんですけど。」
「かまわないよ。その食事を食べながら、君を思うことにしよう。」
息を吐くように甘い言葉を言うのが、彼の技なのかもしれない。七年前ならそれにいちいち頬を赤らめていたが、もう今はそう気にすることはない。
それに春川が居なければ、彼は別の女性をここに呼ぶのだから。
「「薔薇」が映画になると聞いたよ。」
「えぇ。もう話は進んでいて、脚本をこの間提出しました。あんなに若いときの作品が映像になると、あらが見えてきていやな作業でしたね。」
「私もそうだよ。そのときは出来たと思っていても、あとから見直せば「こうすれば良かった」「あぁすればよかった」と思うことが多々ある。」
「先生でもそう思われますか?」
その呼び名に、彼は少し微笑んだ。微笑みながら怒っているのだ。その様子に彼女はいったん口をつぐむ。
「すいません。先生と呼んでしまって。」
「春。その呼び名を変えなさいといったはずだ。私たちは夫婦だよ。君はいつまでたっても師弟だという考えが抜けないんだね。」
「すいません。あの……祥吾さん。」
「あぁ。そう呼んで欲しいな。」
彼はそういってテーブルの席から立ち上がった。そして彼女を後ろから抱きしめる。
「祥吾さん……。」
「君にずっと触れていないな。」
触れようともしなかったくせに、どうして今更こんな行動をとるのだろう。
「刃物を持ってますから、危ないですよ。」
「だったらそれを置いて。私の方を見るんだ。」
言われたとおり包丁をまな板の上に置く。そして彼の方を見上げた。優しい瞳はいつまでも変わらない。だけどこの瞳は自分だけのモノじゃない。
だけど抵抗できなかった。
彼はそっとかがむと、彼女の唇に軽く口づけをする。ざらっとした髭の感触が伝わった。
「どうしたんですか?急にこんな事を。」
「君は少し変わった気がしてね。色気が出た。春。どうか居なくならないでおくれ。」
「居なくなりませんよ。祥吾さんが好きですから。」
「私も愛しているよ。」
そういって彼はまた彼女の唇に口づけをした。ふわっと煙草の匂いがする。それは桂にはない匂いだった。
駅前の公園。達哉は出張ホストの時の格好でそこで待っていた。グレーのスーツに、赤い薔薇がキザだなと桂は思っていた。桂はいつもの格好とはいかないだろうと、スーツまでは着なかったが紺のジャケットを着ている。夕方になればだいぶ涼しいが、それでも長袖は暑い。
すると向こうの方で、見慣れた女性二人が話しながらやってきた。北川というのは一度会ったことがあるが綺麗系の女性で、前にあったときはグレーのスーツを着ていたが、今日は花柄のワンピースを着て、髪も綺麗にアップにしていた。
その横にいたのが春川。彼女はいつもジーパンとTシャツというラフな格好だったが、今日は違う。白いふわんとしたスカートと黒いシャツ。その上から短めのデニムの上着を着ていた。
まるで別人のような容姿だった。
彼女は彼を見つけると、彼に駆け寄る。
「すいません。お待たせしました。」
「いいや。そんなに待ってませんよ。」
正直どきまぎした。おそらくそんなに目立たないようにと、ほかの女性に足並みをそろえた格好をしているのだろうが、それでも可愛らしいのには変わりはない。
いつもサンダルだった足下も、可愛らしいピンクのミュールを履いているし、化粧もほんのりしているようだった。
「どうしました?」
「化粧をしているんですね。」
「あぁ。させられました。いつもの格好でいこうとしたら、北川さんから止められて。」
「似合ってます。」
その言葉に彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「それはどうも。」
そして彼女は北川と達哉の方を観察し始めた。薔薇を渡されて、彼女は頬を染めている。こんな演出をされたことはなかったのだろう。
「彼女は恋人が居るのですか?」
「えぇ。確か高校生の頃からつきあっている恋人が居るそうですよ。もう十年近くになるそうですが。」
「もう夫婦といってもいい頃の彼氏ですね。」
そして二人は腕を絡ませていってしまう。そのあとを彼女も追っていった。
商売でしているとはいえ、なかなか様になっているように見えた。だが、自分たちはどうだろう。何もない。目立たないようにとしてきたお洒落も、きっと自分の為じゃない。
あの夜。抱きしめた感触をまだ覚えている。それだけで数回は抜けた。欲張りなのかわからないが、やっぱりキスをしたい。そして喜ばせて、求められて、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
「食事の前にショッピングしてますね。」
北川の表情は今まで仕事をしてきた表情と違う。まるで女の表情だ。達哉も今までおばさんばかり相手をしていたので、新鮮だったのだろう。
「すごい。徐々に表情が変わっていく。やだなぁ。何かすごい嫌がってた割にはノリノリなんだから。」
「嫌がってたんですか?」
「えぇ。彼氏を裏切りたくないって。」
「裏切りに入らないでしょ?商売なんだから。」
「まぁね。」
腕に時計をつけると、一番の笑顔になった。その様子に彼女まで笑顔になる。
「時計ってベタなんですかね。」
「時計は達哉が好きだからでしょう。しかもアンティークのヤツ。」
「へぇ。でも買ってあげてますよ。」
「客から買ってもらったヤツは客持ちだけど、自分が客にプレゼントするのは経費。」
「なーるほど。」
ふと彼はその様子を見て、店の中に入っていった。そしてすぐに出てくる。
「春川さん。手出して。」
「手?」
言われたとおり左手を彼の前に出すと、彼はその手首に細いブレスレットを巻いた。
「何?」
「似合ってる。」
「わざわざ買ったんですか?」
「えぇ。」
「ダメですよ。こんな高価なもの。」
「いいから。しておいてください。」
そういって彼はその左手をつかみ、それに口づけをする。
「……桂さん。あなたもホストできますよ。」
彼女はそれを邪険に払うと、また達哉たちの方に視線を移す。
せっかく今日、祥吾からキスをされたのに。何年ぶりかのことだったのに。嬉しかったのに。なのに、どうして桂からの腕にされたキスの方が胸がときめくのだろう。
その匂いに釣られてか、普段あまり部屋からでない祥吾が台所へやってくる。
「美味しそうだね。」
「えぇ。すいません。今日の夜はここにいれないので、お食事を一緒に出来ないんですけど。」
「かまわないよ。その食事を食べながら、君を思うことにしよう。」
息を吐くように甘い言葉を言うのが、彼の技なのかもしれない。七年前ならそれにいちいち頬を赤らめていたが、もう今はそう気にすることはない。
それに春川が居なければ、彼は別の女性をここに呼ぶのだから。
「「薔薇」が映画になると聞いたよ。」
「えぇ。もう話は進んでいて、脚本をこの間提出しました。あんなに若いときの作品が映像になると、あらが見えてきていやな作業でしたね。」
「私もそうだよ。そのときは出来たと思っていても、あとから見直せば「こうすれば良かった」「あぁすればよかった」と思うことが多々ある。」
「先生でもそう思われますか?」
その呼び名に、彼は少し微笑んだ。微笑みながら怒っているのだ。その様子に彼女はいったん口をつぐむ。
「すいません。先生と呼んでしまって。」
「春。その呼び名を変えなさいといったはずだ。私たちは夫婦だよ。君はいつまでたっても師弟だという考えが抜けないんだね。」
「すいません。あの……祥吾さん。」
「あぁ。そう呼んで欲しいな。」
彼はそういってテーブルの席から立ち上がった。そして彼女を後ろから抱きしめる。
「祥吾さん……。」
「君にずっと触れていないな。」
触れようともしなかったくせに、どうして今更こんな行動をとるのだろう。
「刃物を持ってますから、危ないですよ。」
「だったらそれを置いて。私の方を見るんだ。」
言われたとおり包丁をまな板の上に置く。そして彼の方を見上げた。優しい瞳はいつまでも変わらない。だけどこの瞳は自分だけのモノじゃない。
だけど抵抗できなかった。
彼はそっとかがむと、彼女の唇に軽く口づけをする。ざらっとした髭の感触が伝わった。
「どうしたんですか?急にこんな事を。」
「君は少し変わった気がしてね。色気が出た。春。どうか居なくならないでおくれ。」
「居なくなりませんよ。祥吾さんが好きですから。」
「私も愛しているよ。」
そういって彼はまた彼女の唇に口づけをした。ふわっと煙草の匂いがする。それは桂にはない匂いだった。
駅前の公園。達哉は出張ホストの時の格好でそこで待っていた。グレーのスーツに、赤い薔薇がキザだなと桂は思っていた。桂はいつもの格好とはいかないだろうと、スーツまでは着なかったが紺のジャケットを着ている。夕方になればだいぶ涼しいが、それでも長袖は暑い。
すると向こうの方で、見慣れた女性二人が話しながらやってきた。北川というのは一度会ったことがあるが綺麗系の女性で、前にあったときはグレーのスーツを着ていたが、今日は花柄のワンピースを着て、髪も綺麗にアップにしていた。
その横にいたのが春川。彼女はいつもジーパンとTシャツというラフな格好だったが、今日は違う。白いふわんとしたスカートと黒いシャツ。その上から短めのデニムの上着を着ていた。
まるで別人のような容姿だった。
彼女は彼を見つけると、彼に駆け寄る。
「すいません。お待たせしました。」
「いいや。そんなに待ってませんよ。」
正直どきまぎした。おそらくそんなに目立たないようにと、ほかの女性に足並みをそろえた格好をしているのだろうが、それでも可愛らしいのには変わりはない。
いつもサンダルだった足下も、可愛らしいピンクのミュールを履いているし、化粧もほんのりしているようだった。
「どうしました?」
「化粧をしているんですね。」
「あぁ。させられました。いつもの格好でいこうとしたら、北川さんから止められて。」
「似合ってます。」
その言葉に彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「それはどうも。」
そして彼女は北川と達哉の方を観察し始めた。薔薇を渡されて、彼女は頬を染めている。こんな演出をされたことはなかったのだろう。
「彼女は恋人が居るのですか?」
「えぇ。確か高校生の頃からつきあっている恋人が居るそうですよ。もう十年近くになるそうですが。」
「もう夫婦といってもいい頃の彼氏ですね。」
そして二人は腕を絡ませていってしまう。そのあとを彼女も追っていった。
商売でしているとはいえ、なかなか様になっているように見えた。だが、自分たちはどうだろう。何もない。目立たないようにとしてきたお洒落も、きっと自分の為じゃない。
あの夜。抱きしめた感触をまだ覚えている。それだけで数回は抜けた。欲張りなのかわからないが、やっぱりキスをしたい。そして喜ばせて、求められて、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
「食事の前にショッピングしてますね。」
北川の表情は今まで仕事をしてきた表情と違う。まるで女の表情だ。達哉も今までおばさんばかり相手をしていたので、新鮮だったのだろう。
「すごい。徐々に表情が変わっていく。やだなぁ。何かすごい嫌がってた割にはノリノリなんだから。」
「嫌がってたんですか?」
「えぇ。彼氏を裏切りたくないって。」
「裏切りに入らないでしょ?商売なんだから。」
「まぁね。」
腕に時計をつけると、一番の笑顔になった。その様子に彼女まで笑顔になる。
「時計ってベタなんですかね。」
「時計は達哉が好きだからでしょう。しかもアンティークのヤツ。」
「へぇ。でも買ってあげてますよ。」
「客から買ってもらったヤツは客持ちだけど、自分が客にプレゼントするのは経費。」
「なーるほど。」
ふと彼はその様子を見て、店の中に入っていった。そしてすぐに出てくる。
「春川さん。手出して。」
「手?」
言われたとおり左手を彼の前に出すと、彼はその手首に細いブレスレットを巻いた。
「何?」
「似合ってる。」
「わざわざ買ったんですか?」
「えぇ。」
「ダメですよ。こんな高価なもの。」
「いいから。しておいてください。」
そういって彼はその左手をつかみ、それに口づけをする。
「……桂さん。あなたもホストできますよ。」
彼女はそれを邪険に払うと、また達哉たちの方に視線を移す。
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