セックスの価値

神崎

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出張ホスト

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 せめてものお礼と、春川は桂を家まで送り届けることにした。再び乗ることになった軽自動車は、相変わらず狭くて後ろの席には人が乗らないくらい荷物がある。いつでも家出をしてもいいようにだろうか。だったらその受け口は自分にはならないのだろうか。いや、いっそ奪えないだろうか。だけど彼女がきっとそれを拒否するだろう。
 それくらい深く愛しているのだろうか。
「一人暮らしですか?」
「えぇ。」
 ずっと沈黙を貫いていたのに、急に彼女が話を振ってきた。
「両親は?」
「兄夫婦が見てますよ。俺はこんな仕事だから、あまり信用されてなくて。」
「そうですか。」
「母親はたまにこっちに来ますよ。そのときは観光につき合ったりしますけどね。」
「親孝行は出来るうちにしておいた方がいいですよ。」
 彼女はそうって買った缶コーヒーを一口飲んだ。
「あなたの実家は?」
「両親はもう居ませんし、育ったのはもっと田舎です。海辺の漁村というか。」
「居ない?」
「えぇ。居ないんです。」
 だから冬山省吾に転んだのか。年上の、父親ともいえる男に。ファザコン気味なのだろうか。
「……すいません。本当は、ろくでもない両親なんですよ。」
 信号で停まり、彼女はため息を付いた。
「父親が母親を殺したんです。そのあと父親も自殺をして、姉が居ますけど姉は行方不明になりました。音信不通です。」
「……え?」
「楽しい話じゃないでしょ?だからあまり言いたくはなかったんです。」
「だったら何で俺に……。」
「さぁ、どうしてですかね。旦那に話した以来です。」
 彼女は少し微笑み、そしてまた車を走らせた。
「どっちでしたっけ。」
「あ、そこ右折で。」
「はい。」
 ウィンカーを出して、車が曲がっていく。と、急に渋滞が始まった。
「何?」
「あー事故ですかね。迂回できませんか。」
「無理ですね。」
 帰るのが遅れるのは都合がいいだろう。省吾もあまり早く帰ると都合が悪いだろうし。
「……春川さん。」
「何ですか?」
「そこ大きなマンションあるのわかります?」
「あー。それですか?えぇ。」
「そこなんです。だから……。」
 歩いて帰れる距離だ。だが離れたくなかった。彼女はじっとそのマンションをみる。
「いいえ。駐車場まで送りますよ。」
「でも……。」
「桂さん。自分がどういう立場なのかわかりますか。」
「え?」
「今はただのAV男優かもしれないですね。でもこれからもしかしたら俳優さんになるかもしれない。そのとき既婚者の女性の車から出てきた。何て事がすっぱ抜かれたら困るんですよ。」
 その言葉に桂はムッとしたように言う。
「今日のは、結構すっぱ抜かれる話だと思いますけど。」
「誰がデートに見えますか。あんなモノ。」
 あんなモノ?あんなに楽しい気持ちにさせてくれたのに、それをあんなモノで片づけられるのだろうか。そう思うとだんだんイライラしてきた。
「動いた。はーっ。でもどれくらいも動いてないですね。どれくらいかかるだろ。」
 ハンドルにもたれ掛かり、彼女は恨めしそうに前を見る。
 彼女は何も思わない。むしろ彼を思っての言葉だった。涼しい顔をして、またコーヒーに口をつける。
 そしてやっとマンションの地下駐車場にたどり着いたとき、帰るまでに持つだろうと思っていたコーヒーはすでに無くなっていた。
「お疲れさまでした。」
 彼女がそういうと、彼はシートベルトを外す。そして彼女を見る。その視線はなぜか挑発的だった。
「春川さん。ちょっと降りません?」
「え?」
「話があるんです。」
 そういうときは決まっている。三度目はない。彼女はそう思い、エンジンをかけた。
「話なら電話でも。」
「旦那が居るからあまりかけないでくれって言ったのはあんただろ?」
 その言葉に彼女はちらりと彼をみる。何かわからないが怒っているようだ。こんな彼を初めて見る。怖い。そう思った。このまま無理矢理拉致されそうな勢いだ。
「……甘いコーヒーでしたね。お茶でももらえます?」
「わかりました。」
 エンジンを再び切ると、彼女は車を降りた。そして彼の背中について行く。

 十階立てのマンションの七階。そこが桂の部屋だった。シンプルな部屋だと思った。あまりモノがない。
 白を基調とした部屋に、エアロバイクなどの体を鍛える器具がある。これで自慢の体を鍛えているのだろうか。
 桂はジャケットを脱ぐと、ハンガーに掛けてクローゼットの中にいれようとした。しかし彼女がそれを止める。
「ジャケットにカビが生えますよ。またすぐ着るんですか?」
「いいや。着る予定はありませんけど。」
「だったらクリーニングに出して……。」
 そのハンガーにかかったジャケットを壁にかけようとした時だった。
 壁に向かっている彼女の背中に温かいモノが触れてくる。それはやがて彼女の体を包み込むように手が伸びてきた。
「春。」
 低い声は省吾のモノじゃない。だけど春と呼ぶ。胸が張り裂けそうだ。
「今日、俺楽しかったんですよ。だけど……「あんなモノ」呼ばわりされて、ちょっとショックだったんです。」
 するとその言葉に堪え切れない彼女は少し笑う。
「ちっちゃい男。」
「は?」
 イラついている彼に、油を注ぐ行動かもしれない。だが、彼女は笑いながら言った。
「だったらそう言ってくれればいいのに。ここで別れたからって、ずっと会わない訳じゃないでしょう?」
 彼女はその腕を放すと、彼の方を向いた。
「そうでしょう?今日のお礼は、改めてします。」
「また……会ってくれます?」
「何もしないでくださいね。」
「保証しませんよ。今だって、あなたを抱きたいのに。」
 その言葉に彼女は、顔をひきつらせる。そして隙があれば逃げようとした。
「ダッシュで帰ります。」
「帰らせない。ここをどこだと思ってるんですか。」
 逃げられない壁を背にした彼女を抱き寄せる。抱き心地のいい体だ。どんな女優でもこんな気持ちにならない。どきどきして心が破裂しそうだ。
「キスしたい。」
「ダメです。これだけでも私は不貞した妻ですよ。」
「したい。」
「ダメです。」
 少し体を離し、顎を持ち上げた。すると彼女の手がその唇を塞ぐ。
「ダメですって。」
 すると彼は力付くでその手を離す。両腕を捕まれ壁に押し当てられた。そして彼は少し屈み、彼女の唇に唇を触れさせた。最初は軽く。ちゅっと音をさせる。
「ダメ。」
 唇を離すとわずかにそう言った。だけど抵抗している腕に力がすっと抜けていく。それを感じ、彼はもう腕を掴むのをやめた。そして彼女の後ろ頭に手を当てて、唇を重ねる。何度も軽いキスをして、そして舌で唇を割る。すると彼女もぎこちなくそれに答えてきた。
 彼の首にも彼女の腕が回される。細い腕だ。そしてその一つ一つがとても愛しい。
 唇を離されると、思わず彼女はうつむいた。
「どうしたの?」
「舌がしびれそうで……。」
「じゃあ、もっとしていいですか?」
「ダメっていってもするんでしょう?」
「わかってるんだ。春。赤くなってて可愛い。」
 頬に手を置かれて、その手がまた顎に置かれた。そのたびにびくっと体が震える。
 怖い。本当に怖かった。彼が怖いんじゃない。その行動の一つ一つに反応してしまう自分が怖かった。だけど彼が顎に置かれた手が、上を向けなくても自然と彼の方を向いてしまう。そして背伸びをして、彼の唇にまた触れる。
 今度は自然とそれをする事が出来た。何度も何度も繰り返し、まるで覚えたてのように彼らはそれを繰り返した。
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