セックスの価値

神崎

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海に叫ぶ

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 身よりのない波子を小説家である譲二が引き取るところから物語は始まる。屈託のない純粋な波子と、人に裏切られ続けていた譲二は、薔薇の咲くその家でただの叔父、ただの姪として二人で暮らしていく。
 その関係がいつまでも続けば良かった。しかし彼は十三歳になった波子の自慰をしているところを聞いてしまう。しかもその名前を呼ぶのは譲二の名前だった。
 そこから彼の人生が変わってしまう。
 波子に手を出すまいと、次々に彼はほかの女性と関係を持つ。どこかのカフェーの給仕。芸子。遊女にまで入れ込んだ。全ては波子を忘れるため。
 だが波子はそのときでも変わらずに、まるで咲きたての薔薇のように美しく成長していく。そしてある日、彼女はある男性を連れてくる。それは譲二とあまり歳の変わらない男だった。
「結婚したいの。」
 皮肉なことに波子を忘れるためにしていた行動は、彼女を他の男に目を向けさせるきっかけになっていったのだ。
 そして彼は病に倒れる。女遊びがすぎて、淋病になっていたのだ。

 時代は大正時代の設定を当初、現代劇にアレンジするつもりだったのだという。無茶苦茶だ。だから作品に歪みが出たのだろう。
 春川はそれを元の時代設定に戻し、脚本を作り直した。そしてそれを提出した彼女は、その日、映画の製作会社に呼び出されている。
 残暑が厳しい。彼女は相変わらず大きな荷物でその会社を訪れた。
 出版会社がたてたその大きなビルの中に、それはある。出版会社には足繁く通ったのでそう後ろ指を指されることはないが、さすがに映画の製作会社のフロアにはいると、いろんな人から希有の目で見られているようだった。
「すいません。春川と言います。」
 受付の女性に声をかけると彼女は驚いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに取り次いでくれた。少し待つと一人の男が彼女の前に現れる。一度会ったことのある男性だった。まだ若い人だが、もう数件の映画に携わっている。
「春川さん。」
「お久しぶりです。斎藤さん。」
「脚本良かったです。監督もすごく気に入ってて……。」
「でもあれでしょ?スポンサーがうんって言わないんじゃないんですか?」
「まぁ……それで呼び出したのもあるんですけど。とりあえず来てくれませんか。」
 彼女はそう言われて、フロアに案内された。壁には大きな映画のポスターが貼られている。中には大ヒットしたモノもある。この中に「薔薇」が入るとはとうてい思えない。映画にするには少し暗い話だからだ。
 フロアの片隅に会議をするための部屋がある。他の人には聞かせられないような内容の話もするので、防音はきっちりしているらしい。
「お待たせしました。」
 その中には、三人の男。監督の牧原。もう何点か映画を手がけ、そのうちの「黒い夢」は大ヒットし、次作の期待を寄せられている。そしてスポンサーの男たち。彼らは胡散臭そうに春川を舐めるように見ていた。
「原作者の春川さんです。」
「女性ですか。まぁ、こんな若い人があんな本を書くとはね。世も末だ。」
「自信の体験談かね。あのベッドシーンは。」
「そうだとしたら、かなりの経験者ですよ。」
 スポンサーの男たちの下品な言い回しに、彼女は斎藤を見上げる。彼も苦笑いをしていた。
「まぁ、いい脚本でしたよ。お嬢さん。」
 そう言ってくれたのは監督の牧原という男だけだった。
「どうも。」
「脚本はいいんですよ。ただ、キャストがね。」
「はぁ。」
「決めたのは私たちだし、いいんですよ。でもね、どうもあのAV男優を使うというのがね。」
 桂のことだろうか。彼女は少しいぶかしげな顔をする。
「……別に私がキャストを選んだわけでは。」
「そう。選んだのは私だ。あの男優はいいと思う。演技力も問題ない。元々は俳優志望らしいしね。」
 監督は肯定的に見える。しかしスポンサーが黙っていない。
「その程度の役者ならいるでしょう。」
「なんでわざわざAV男優なんかを。」
「ベッドシーンを見せたいだけなら、ピンク映画で上映すればいい。」
 とまぁ、そう言うわけだった。原作者はどう思うかという意見を聞きたいので、彼女を呼びだしたわけだった。
「……他に出来る方がいらっしゃるんですか。私の書いた脚本では、彼の役は波子の婚約者の役です。そのベッドシーンから始まりますが、裸体をさらけ出し本気でセックスをしているようなそんなシーンを撮れる役者さんがいらっしゃるのだったら、その方で結構ですよ。」
「……。」
 その言葉にスポンサーはぐっと黙ってしまった。
「私は彼らの仕事を見たことがあります。本気で演じて、本気でセックスを見せようとしているんです。それが彼らのセックスの価値ですから。」
 彼女の言葉に彼らは何も言えなかった。それほど言い切れるのは、彼女が見てきた、感じてきたことを言ったまでのことだ。全ては小説のネタのため。リアリティのためだった。しかしそれを侮辱されるのは許せない。
「……生意気な。」
「えぇ。自分でも思います。だけどそれがいやなら、私はこの脚本を他の会社に持って行きますから。」
 そう言って彼女はテーブルに置いてある脚本を手にした。
「今ならどこでも買い取ってくれます。そしてたぶん、どこの会社でもこの役はAV男優にしか勤まらないと判断するでしょうね。」
「春川さん。」
 焦ったのは斎藤だった。もう映画化すると発表してしまったモノを、もう出来ないといえば大きな信用問題になるだろう。

「言い切りましたね。」
「えぇ。あぁでも言わないと、引き下がれないと思ったからですね。」
 近所の喫茶店にやってきた斎藤と春川は、スポンサーが歯ぎしりをしながら帰っていったのを話し合っていたのだ。
「それにしても……春川さんAVの撮影の現場を見てきたんですか。」
「えぇ。夏の初めですかね。牧原監督さんがあの役に桂というAV男優を使いたいというのを聞いて、話をしてみたいと思ったんです。それから実際話してみてさらに興味がわきましたよ。」
 その表情はまるで惚れている女性だ。女の顔をしている。あのスポンサーの前で啖呵を切っていた女性と思えない。もしかして、彼女は……。
 だが彼女の左手の薬指には、銀色の指輪がある。それは結婚している証拠だ。
「実際見てみてどうでしたか?」
「やはりプロですね。女優はどう写ったら綺麗に見えるかというよりも、どう官能的に見えるかを重視していますし、男性は……。」
 ふと桂の顔を思い出した。あのキスをして以来会っていない。連絡は取り合うことはあるが、お互い忙しすぎたのだ。
「どうしました?」
「いいえ。あくまでわき役で、あくまで女性を盛りたたせるために徹してましたよ。面白いですよね。あんなに尽くしているのに、DVDになれば名前すら出ないし、顔が写ることも少ないなんて。」
 コーヒーを一口飲み、彼女は微笑んだ。
「失礼かと思ったんですけど、聞いてみたいことがあるんです。」
「どうぞ。」
「ベッドシーンって想像ですか?それにしては……。」
「あぁ、実体験ですかって事ですか?あり得ないから。だいたいセックスで女性が気絶するなんて、どこのファンタジーですか。見たこともない。AVでも演技ですよ。フェラチオが美味しいなんて、あり得ない。ただの肉ですよ。」
「春川さん。声が……。」
 焦ったように斎藤は彼女を押さえた。その辺の羞恥心がないのが彼女だったから。
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