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海に叫ぶ
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結局早紀が調子を取り戻したのは夕方頃になり、桂の撮影が終わったのはもう夜遅い時間になった。明日は他の男優と絡むらしい。こんなに優しく優しく抱く男優が居るだろうか。
はっきり言って面倒くさい。だがやるのがプロだと思う。身支度を終えると、桂は乗ってきたバイクに乗り込んだ。
信号が赤になってバイクを停めた。ふと見るとカフェが見える。たぶんあそこがスーツの男と春川が居たところだろう。何をしていたのだろう。何を話していたのだろう。気になるのに、何も聞けなかった。
クラクションを鳴らされて、彼は我を取り戻した。そしてまたアクセルを握る。
家に帰る前に一汗かいていくかと、ジムへ立ち寄った。そこは深夜でもしているジムなので、いつでも行くことが出来る。しかも器具だけではなくて、プールもある。だがプールはカロリーは消費できるが脂肪が付くことがある。彼のように力業で攻めないといけない人は、体力も必要だが実用的な力も求められるのだ。
ランニングをしたり、器具で体を虐めていると、余計なことも忘れられる。
正直、今日の仕事はとにかく後味が悪かった。
中途半端に女性向けと言っている気がしてならなかった。だが東という女性はあまり人の話を聞かないで、一方的に話を進めてくるところもある。それがどうにも気に入らないし、女優も何となくイヤだった。
イヤ悪くはない。鈍感よりは敏感な方がいいに決まっているが、どことなく春川に似ている気がしたのだ。それが一番やるせない。
「桂さん。」
声をかけられて、彼はイヤフォンを取る。
「あー。達哉。」
彼も仕事帰りだろうか。もう一汗かいたような顔をしている。
「今日の相手、新人だって聞きましたよ。」
「もう二度はないな。」
「へぇ。珍しいっすね。桂さんがそんなことを言うの。」
「んー。何となくかな。相性ってのはどんな仕事でもあるだろ?すべての相手に合わせるのは俺らの仕事だけど、本気でまた相手にしたいって思う奴なんてあまりいないじゃん。」
「出張ホストもそんなもんですよ。本気でつき合おうかなって思ったな。この間の客。」
「へぇ。おばさん?」
「違いますよ。言ったと思うけど、出版社の女。」
「あぁ。」
春川とつけ回した時に、達哉とデートしていた北川のことだろう。春川の話では、彼女には恋人がいる。その可能性はまず無いだろうと、彼女は言う。彼もそれを知っているので、黙っていることにした。
「さてと、サウナ入って終わるかな。」
「よく入れますよね。あそこなんかゲイの人多いみたいで。」
「俺は違うって言い張れよ。まぁ、お前がゲイビにでたければそうすればいい。」
「マジ勘弁。」
そう言って彼はタオルを手にして、器具から降りた。
シャワーを浴びると、水着を着る。膝まである水着は、撮影できるような面積が小さいものではない。
シャワーは男性女性に分かれているが、なぜかサウナだけは男女兼用の為に水着を着るらしい。まぁ、こんな面積の大きな水着でも彼のモノは隠れない。
サウナに入ると、思ったとおり男ばかりだった。やはりゲイの人が多いのか、彼の見事な体に釘付けになっている。
ため息を付いて、彼は腰掛けた。すると男が横に座ってくる。距離を置いても無駄だった。その様子に彼はため息を付いて、彼を見下ろす。
「おっさん。近づいてくんじゃねぇよ。」
その雰囲気が怖いと思ったのか、じりじりと後ろに下がっていく。そして行ってしまった。
くそ。最近イライラしているのか、どうもヤクザっぽくなってきたと少し彼は頭をかいた。すると一人の女性が頭からタオルを被ってサウナの中に入ってきた。競泳用の水着を着ているところから、きっとプールで泳いできた人だろう。
彼女は彼の向かいに座ると、俯いて頭に手を置いた。どうにも似ている。彼はそう思ったが、昼間の例もある。彼女とは思うまい。そう思って、彼も目を瞑った。
しばらくするとどうも体が熱くなってきた。目を開けると、彼女はまだその体勢のまま動いていない。どうも様子がおかしい。
「すいません……。」
声をかけても彼女の反応はない。脱水症状にでもなっているのだろうか。彼は彼女に近づいて、肩に触れた。すると彼女は顔を起こす。
「何?」
その顔を見たとき、彼は言葉を失った。
「春川さん?」
「……桂さん。あなただったんですか。」
彼女は伸びをして、立ち上がる。
「こんなところで何をしているんですか。」
「ジムに来て、勉強はしないでしょ?たまに来るんですよ。すいません。もう出ますね。暑くなっちゃった。」
「春川さん。」
「あなたも出たらどうですか?脱水症状になりますよ。」
彼女の後を追うように彼も外に出た。
「春川さん。ちょっと待ってくださいよ。」
女性用のシャワー室へ行こうとした彼女を止めた。すると彼女は彼の方を振り向いたが、その表情はいつもと違って笑顔はない。
「ごめん。今日は話しかけないでください。」
「どうしたんですか。」
「……自分のことなんで。」
そう言って彼女は、また彼に背を向けようとした。しかしそれを彼は止める。
「春川さん。」
「……とりあえず、着替えますから。」
「はい。」
「出たところに自販機ありますよね?そこで待っててください。」
そう言って彼女は女性用の更衣室へ入っていった。
水を飲みながら、春川は壁にもたれた。
夏は過ぎ去り、そろそろ秋になろうとしている。この時期が嫌いだった。
春川はこの時期になると思い出すことがある。
深夜のことだった。あまり裕福ではなかった春川の家は、義理の父が横暴で、よく母が泣いていたのを覚えている。そして泣いていたのは母だけじゃない。五つ上の姉も父が帰るとまた泣いていた。
彼女は見てみない振りをしていた。姉が泣き叫びながら、父に組み敷かれているのを。きっと自分にも降りかかる。わずかな膨らみの胸が姉のように、母のように、大きくなったら、彼は彼女も手に掛けるのだろう。その日が来るのを怯えていたから、彼女は初潮も来るのが遅かった。
だがその日。彼女は下腹部に痛みを感じた。それは彼女が十四歳の頃だった。それを必死に隠したけれど、結局見つかってしまった。
それを知った父は、その秋の日。彼女の部屋にやってきた。もうセックスが出来る時期なのだろうと。
水をもう一口飲んだとき、男子更衣室から人が出てきた。それはいつもの姿の桂の姿。春川はそれを見て弱々しく笑う。
はっきり言って面倒くさい。だがやるのがプロだと思う。身支度を終えると、桂は乗ってきたバイクに乗り込んだ。
信号が赤になってバイクを停めた。ふと見るとカフェが見える。たぶんあそこがスーツの男と春川が居たところだろう。何をしていたのだろう。何を話していたのだろう。気になるのに、何も聞けなかった。
クラクションを鳴らされて、彼は我を取り戻した。そしてまたアクセルを握る。
家に帰る前に一汗かいていくかと、ジムへ立ち寄った。そこは深夜でもしているジムなので、いつでも行くことが出来る。しかも器具だけではなくて、プールもある。だがプールはカロリーは消費できるが脂肪が付くことがある。彼のように力業で攻めないといけない人は、体力も必要だが実用的な力も求められるのだ。
ランニングをしたり、器具で体を虐めていると、余計なことも忘れられる。
正直、今日の仕事はとにかく後味が悪かった。
中途半端に女性向けと言っている気がしてならなかった。だが東という女性はあまり人の話を聞かないで、一方的に話を進めてくるところもある。それがどうにも気に入らないし、女優も何となくイヤだった。
イヤ悪くはない。鈍感よりは敏感な方がいいに決まっているが、どことなく春川に似ている気がしたのだ。それが一番やるせない。
「桂さん。」
声をかけられて、彼はイヤフォンを取る。
「あー。達哉。」
彼も仕事帰りだろうか。もう一汗かいたような顔をしている。
「今日の相手、新人だって聞きましたよ。」
「もう二度はないな。」
「へぇ。珍しいっすね。桂さんがそんなことを言うの。」
「んー。何となくかな。相性ってのはどんな仕事でもあるだろ?すべての相手に合わせるのは俺らの仕事だけど、本気でまた相手にしたいって思う奴なんてあまりいないじゃん。」
「出張ホストもそんなもんですよ。本気でつき合おうかなって思ったな。この間の客。」
「へぇ。おばさん?」
「違いますよ。言ったと思うけど、出版社の女。」
「あぁ。」
春川とつけ回した時に、達哉とデートしていた北川のことだろう。春川の話では、彼女には恋人がいる。その可能性はまず無いだろうと、彼女は言う。彼もそれを知っているので、黙っていることにした。
「さてと、サウナ入って終わるかな。」
「よく入れますよね。あそこなんかゲイの人多いみたいで。」
「俺は違うって言い張れよ。まぁ、お前がゲイビにでたければそうすればいい。」
「マジ勘弁。」
そう言って彼はタオルを手にして、器具から降りた。
シャワーを浴びると、水着を着る。膝まである水着は、撮影できるような面積が小さいものではない。
シャワーは男性女性に分かれているが、なぜかサウナだけは男女兼用の為に水着を着るらしい。まぁ、こんな面積の大きな水着でも彼のモノは隠れない。
サウナに入ると、思ったとおり男ばかりだった。やはりゲイの人が多いのか、彼の見事な体に釘付けになっている。
ため息を付いて、彼は腰掛けた。すると男が横に座ってくる。距離を置いても無駄だった。その様子に彼はため息を付いて、彼を見下ろす。
「おっさん。近づいてくんじゃねぇよ。」
その雰囲気が怖いと思ったのか、じりじりと後ろに下がっていく。そして行ってしまった。
くそ。最近イライラしているのか、どうもヤクザっぽくなってきたと少し彼は頭をかいた。すると一人の女性が頭からタオルを被ってサウナの中に入ってきた。競泳用の水着を着ているところから、きっとプールで泳いできた人だろう。
彼女は彼の向かいに座ると、俯いて頭に手を置いた。どうにも似ている。彼はそう思ったが、昼間の例もある。彼女とは思うまい。そう思って、彼も目を瞑った。
しばらくするとどうも体が熱くなってきた。目を開けると、彼女はまだその体勢のまま動いていない。どうも様子がおかしい。
「すいません……。」
声をかけても彼女の反応はない。脱水症状にでもなっているのだろうか。彼は彼女に近づいて、肩に触れた。すると彼女は顔を起こす。
「何?」
その顔を見たとき、彼は言葉を失った。
「春川さん?」
「……桂さん。あなただったんですか。」
彼女は伸びをして、立ち上がる。
「こんなところで何をしているんですか。」
「ジムに来て、勉強はしないでしょ?たまに来るんですよ。すいません。もう出ますね。暑くなっちゃった。」
「春川さん。」
「あなたも出たらどうですか?脱水症状になりますよ。」
彼女の後を追うように彼も外に出た。
「春川さん。ちょっと待ってくださいよ。」
女性用のシャワー室へ行こうとした彼女を止めた。すると彼女は彼の方を振り向いたが、その表情はいつもと違って笑顔はない。
「ごめん。今日は話しかけないでください。」
「どうしたんですか。」
「……自分のことなんで。」
そう言って彼女は、また彼に背を向けようとした。しかしそれを彼は止める。
「春川さん。」
「……とりあえず、着替えますから。」
「はい。」
「出たところに自販機ありますよね?そこで待っててください。」
そう言って彼女は女性用の更衣室へ入っていった。
水を飲みながら、春川は壁にもたれた。
夏は過ぎ去り、そろそろ秋になろうとしている。この時期が嫌いだった。
春川はこの時期になると思い出すことがある。
深夜のことだった。あまり裕福ではなかった春川の家は、義理の父が横暴で、よく母が泣いていたのを覚えている。そして泣いていたのは母だけじゃない。五つ上の姉も父が帰るとまた泣いていた。
彼女は見てみない振りをしていた。姉が泣き叫びながら、父に組み敷かれているのを。きっと自分にも降りかかる。わずかな膨らみの胸が姉のように、母のように、大きくなったら、彼は彼女も手に掛けるのだろう。その日が来るのを怯えていたから、彼女は初潮も来るのが遅かった。
だがその日。彼女は下腹部に痛みを感じた。それは彼女が十四歳の頃だった。それを必死に隠したけれど、結局見つかってしまった。
それを知った父は、その秋の日。彼女の部屋にやってきた。もうセックスが出来る時期なのだろうと。
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