セックスの価値

神崎

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海に叫ぶ

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 二人とも立ったままキスを繰り返していた。一度離してもどちらからともなく、またそれを繰り返す。そしてやっと離されて、春川は桂の胸に倒れ込むように体を寄せる。すると彼はその体を抱きしめた。
「ルー。一度でいい。好きと言ってくれませんか。」
「本心じゃないかもしれないのに?」
「わかってます。でも聞きたい。」
 すると彼女は彼の胸から顔を上げて、彼を見る。そして震える唇でいった。
「好き。大好きよ。」
 それだけで彼は彼女の体を抱きしめる力を強めた。たくましい体は、どれだけの女を抱いたのだろう。だがそれを考えても仕方ない。彼の仕事はセックスをすること。そして彼女の仕事はセックスを書くこと。
 それが彼らのお互いのセックスの価値なのだから。
 だがこれからすることはどんな価値にでも変えられない。誰にも話すことはできないのかもしれないが、離れることなどできないのだ。
「桂さん。」
「だめだな。柄にもなく緊張してる。」
「本当。こんなにどきどきしてますね。」
 胸に耳を当てて彼の心臓の音を聞く。
「だけど抱きたい。ルー。いい?」
「今更聞くんですか?」
「不感症だと言ってたのに?」
「そういわないと……こういう業界は経験豊富だと思われるから。」
「じゃあ、感じる?ここ。」
 そういって彼は彼女を少し離すと、シャツ越しに胸に触れた。一度触れたことがある。あのときは一瞬だったが、今は手を当てても彼女は拒否しない。
「はい。」
 思ったよりも大きな胸だ。それに張りがあって心地いい。乳房に触れた手を動かすと彼女の頬が赤くなる。そして吐息が漏れてきた。
「感じてるんですね。」
「……んっ。」
 もうだめだ。じらすようにシャツ越しに触れていたけれど、もっと触れたい。もっと感じさせたい。
 彼は彼女をベッドに腰掛けさせると、再びキスをしてそのまま首元に唇を這わせた。
「あっ!」
 高く声を上げる。ずっと触れられていない、ずっと誰にも触れられていなかったからかもしれない。思ったよりも敏感になっている。
「ルー、声抑えないで。感じるとこ全部教えて。」
 シャツを脱がそうと、その白いシャツに手をかけた。そのときだった。
 携帯電話の着信音が聞こえた。
「……。」
 無視してそのシャツに手をかけようとした。しかし彼女がそれに首を横に振る。そしてベッドから立ち上がると、自分の携帯電話を取り出した。
「……違いますね。あなたのモノでしょうか。」
 その言葉に彼は少しため息を付く。この空気をぶちこわしたヤツを殺してやりたい。それくらい思う。
 バッグの中から携帯電話を取り出すと、数件の着信があった。それにかけ直すと、すぐに相手は出た。
「桂。久しぶりだな。嵐だけど。」
「お疲れさまです。」
「今日大変だったろう?」
「えぇ。色々と。」
「悪いけど、今日のヤツ商品にならねぇらしいんだわ。ギャラは振りこんどくけど、その売り上げのマージンははいんねぇから。それだけ言おうと思ってな。」
「わかりました。」
「東も、これでわかったと思うけどな。そんなに甘いもんじゃねぇって。」
「娘さんだって言ってましたね。」
「あぁ。考え方はご立派だけど、それにはまだ経験がたりねぇ。いつかはなれるかもしれねぇけど、お前そん時は出演してやれよ。」
「俺がまだやれるかわかんないっすよ。」
「やれるだろ?五十代でもやってるヤツいるからさ。おまえまだ若く見えるし。」
「はぁ。」
「じゃあ、明日な。」
 そういって電話を切られた。そしてため息を付く。別に明日でもいい話題だったのではないかと思えて仕方ない。
 彼女の方を振り返ると、彼女は机においてあった資料を眼鏡をかけてみていた。仕事モードに入ったのだろうか。もうさっきまでの甘い時間は戻らないのだろうか。そう思うと、また彼女に近づきたくなる。
「ルー。」
「あ、終わりました?」
「別に出ても出なくてもいい電話だったのに。」
「私の方だったら、仕事のためにここを取ってもらっているのに出ないわけにはいきませんよ。」
 資料を置いて、彼を見上げる。すると彼は彼女に近づいて眼鏡を取った。
「……度、あまり入ってないですね。」
「軽い遠視なんですよ。少しならいいけど、長時間になると目が疲れてきて。」
 眼鏡をテーブルに置くと、彼はその手にまた触れてきた。
 そしてまた唇にキスをする。今度は初めから舌を入れた。彼女もそれに答えるように舌を絡ませてくる。彼女の頬に手を触れて、激しく吸い上げる。
「んっ……。んっ……。」
 苦しそうに彼女は声を上げた。そんなキスをされたことがなかったのだろうか。
 唇を離し彼は彼女を抱き抱えると、ベッドに押し倒した。ふかっとしたベッドは彼女の体を包み込む。その上に彼が覆い被さり、シャツに手をかける。するとその下から白い下着が、その胸を押さえている。白くて、おそらく光に当たったことのないような白い肌だった。
「ルー。触るよ。」
 下着の中に手を入れようとしたときだった。
 今度は部屋のチャイムが鳴った。彼はぽすっと彼女の首の横に顔を埋めた。
「すいません。担当者かも。」
「こんな夜に?」
「校了前だっていってたから。」
 彼女はシャツをまた身につけると、テーブルの上の封筒を手にした。
「はい。あぁ。浜崎さん。すいません。わざわざ取りに来ていただいて。」
 浜崎という名前に、おそらくあのときデートをつけていた人ではないことを思い出させた。
「今、ちょっと中は……えぇ……。旦那が少し来ていて。いいえ。すいません。取っていただいている部屋なのに。」
 ドアを閉める音がした。そして彼女はベッドに腰掛ける。
「タイミング合いませんね。」
「俺らにはこのときしかないのに。お互い仕事が邪魔をするな。」
「邪魔をされているのかもしれませんね。」
「え?」
 彼女は少し微笑んだ。そして彼を見上げる。
「神様が一緒になるなっていってるみたいです。」
「ルー。誰が祝福しなくても、俺はあんたを抱きたい。」
「……桂さん。」
「おまえも俺を求めてるか?」
「……はい。」
 少し戸惑ったのがわかる。きっと旦那の顔がよぎったのだろう。
「ルー。正直に。」
「……私も、ずっと前からあなたに抱かれたいと思ってましたよ。覚えてます?仕事のあと、体を触ったの。」
「あぁ。べたべた触ってた。」
「誤魔化すために触ってました。そんなこと気づかれたら終わりだって。」
「終わりじゃない。ルー。触って。」
 彼はそういってシャツ越しに彼女の手を掴むと自分の胸に当てた。
「手からもわかりますね。すごくどきどきしてる。」
「お前だから。」
 そして彼は、その彼女のシャツを脱がせた。そして背中のホックをはずす。もう戻れない。彼女はそう思いながら、それでも彼を信じるようにまたキスを重ねた。
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