セックスの価値

神崎

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正直な気持ち

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 次の日から、また二人は会うことがない。寂しいと思う暇もないくらい忙しい日々が始まるからだ。
 春川も結局、やっと原稿を収めたと思ったら映画の製作会社や、出版社などに顔を出し、結局帰ってきたのはその日の深夜だった。
「このプロットの清書をお願いします。」
 北川に言われて差し出されたのは、出張ホストと企業の社長秘書の話だった。結局大幅なプロット変更になったし、社長秘書なんていう縁のない人たちのことも調べないといけなかった。
 だがそのお陰でやっと話の形はできあがった。
 車を家に置き、玄関を開ける。靴は祥吾のモノしかない。挨拶をしないといけないだろうな。彼も夜は遅くまで起きているのだし。
 部屋に荷物を置いて、彼の部屋の前に立つ。
「ただいま帰りました。」
「春?ちょっと入ってきてくれないかな。」
 意外な感じがした。しかし彼女がここで拒否をしたら、きっと怪しまれる。
 部屋に入ると、彼はいつものようにペンを走らせていた。
「ただいま帰りました。」
「春。お帰り。」
 どうやら今日は散髪へ行ったようで、髪が短くなっていた。
「髪を切りましたか。」
「あぁ。すっきりした。」
「よくお似合いです。」
「そう?短くしすぎた気がするよ。」
 たまに子供っぽいところがある。そこが可愛いと思えるのだが。
「「蓮の花」が映画になるそうですね。」
「あぁ。公開は来年の冬だ。」
「私もあの話は好きです。しかしあの主人公の奥様の役は、配役に困るでしょうね。」
「そうらしい。担当編集者から聞いたが、監督がそのキャストに一番困っているんだよ。凛とした日本人の女性の美しさと、場末の売春婦が両方演じれるような女性はいないだろうね。」
「……。」
「それからその息子のキャストにも困っているらしい。」
「どちらの?」
「次男だ。次々に家政婦を手込めにするような役まわり。最終的にはヒロポン漬けになり死ぬ。そんな役をしてくれる人をね。」
「さぁ。私にはあまりその業界の方とは懇意にしていませんから、口利きはできませんが。」
「出来るのではないのかな。」
「は?と言いますと?」
 ずっと机に向かっていた彼が振り返る。
「アダルトビデオの男優と仲がいいそうだね。」
 その言葉に彼女はドキリとした。そして視線を逸らす。
「いいえ。そんなことは……。」
「君の部屋にあったDVDを見せてもらったが、全て演技に見えた。もちろんあぁいう仕事は技術も求められるのだろうが、何より、女優を本気で好きになるような、そして憎んでいるような感じにとらえられた。フフ。彼と一度話してみたくなったよ。いい小説の題材になりそうだ。」
 机の上の煙草に火をつける。そして煙を吐き出した。
「担当者以外は、私か幸さんにしか会いたくないといっていたのに?」
「無駄な雑談をするくらいなら小説を書いていた方がいいと思ったからね。」
「すいません。私にお時間を取らせてしまって。」
 自分のこれも全て、無駄な時間なのかもしれない。そう思って彼女は部屋を出ようとした。そのときだった。
 ぎしっという音がした。そして彼女の体に手が回る。
「春。」
 煙草の臭いがした。それが彼の臭いだった。
「ごめんなさい。お風呂に入りたい。色々動き回ったので、汗をかいて……。」
「春。誰といた?」
「え?」
 その回された手に力が入り、彼の方に引き寄せられる。
「夕べ、担当の誰かが言っていたそうだ。春川は女で、旦那を缶詰になっているホテルに連れてきていたとね。」
 やばい。それはごまかすためにとっさに出た方便だったのに。
「誰も来ていませんよ。ただ、男の人をホテルの部屋に連れてくるのがイヤだったので。」
「それだけ?」
「えぇ……。」
「声が枯れているのに?」
「風邪を引いたのでしょう。ホテルはよく冷えていましたから。」
 嘘を嘘で重ねて、彼女は全てを誤魔化した。彼が納得していないのもわかる。だけど彼はそれ以上何も言わなかった。
 彼は彼女の体から離れると、優しく微笑んだ。
「今日はゆっくり休みなさい。明日、また持ってきてほしい資料がある。」
「わかりました。」
「お休み。」
「おやすみなさい。」
 彼女はそういって、部屋をあとにした。そして自分の部屋に向かう。ドアを閉めた瞬間ため息をついた。良かった。うまく誤魔化せた。
 彼が無理矢理抱くような男ではなくて良かった。無理矢理抱けばイヤでも桂が残した跡がわかってしまうのだろうから。
 だけど後悔していなかった。
 温かい手。彼女を見る目。そして彼女の名前を呼ぶ声。全てが愛しい時間だった。
 桂もそう思ってくれているのだろうと、彼女は少し微笑みお風呂にはいる前に汚れている洗濯物を仕分けることにした。

 そのころ桂は、長丁場になった撮影を終えて控え室に戻ってきた。今日の撮影は男優専用の控え室はなく、他のスタッフも一緒で騒がしいものだ。
 ロッカーの中からタオルをとりだして、シャワーへ行こうとしたときだった。
「桂。」
 呼び止められて、彼は足を止めた。それは嵐だった。
「あー。お疲れさまです。」
「昨日は悪かったな。うちの娘がよ。」
「いいえ。気にしてませんよ。」
 それにそれを一気に吹き飛ばしてくれるようなこともあった。それが一番嬉しい出来事だ。
「んでさ、今度、俺の現場に娘を連れていこうと思ってんだけど。お前の撮影の時でいいかな。」
「別にいいんじゃないんですか?いつですか?」
「あーほら、ちょっとベテランの域になるけどさ、里香って女の時。」
「あー。人妻のヤツですか?」
「そうそう。あれんとき。で、そん時ライターも来たいんだとよ。」
「ライター?誰だろ。芹沢さんですか?」
「いいや。いつかいただろ?お前の控え室で黙々と記事書いてた女。」
 その名前にさすがの彼も驚いた。
「春川?」
「そう。今度は里香に話が聞きたいんだとよ。ほんと、変わった女だな。」
 春川がくる。彼の撮影を見に。それだけで彼はまた期待をしそうになる。
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