セックスの価値

神崎

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正直な気持ち

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 食事は本当に美味しかった。レストランとか、居酒屋とかで食べるような食事ではないし、家政婦の幸が作るような食事ではない、本当に普通の家庭の味だった。
「美味しい。この酢物、どんな味付けなんですか?」
「じゃこ入っているでしょ?それで塩分は十分なのよ。」
 だが桂は少し複雑な顔をしている。
「ダイエット期なんだけどな。」
「男性にもあるんですか?」
「あぁ。一応体が資本の業種ですから。」
 彼が見ていたのはあじのフライなどの揚げ物のようだ。
「無理しなくて食べなくていいのよ。啓治は。」
「それに歳かな。揚げ物は食べたいとは思うけど、そのあと胃にもたれる。」
「おじさんみたいですね。そんなに若々しく見えるのに。」
「見た目より歳取ってるから。」
 その様子を見て、母が微笑む。
「春川さんは歳はいくつ?」
「二十五です。」
「若いのねぇ。啓治の嫁にって思ったけど、ちょっと若すぎるわ。」
 その言葉に桂は味噌汁を吹きそうになった。しかし春川は冷静にいう。
「そうですね。でも歳はあまり関係ないですよ。私の知り合いにも、五十代の男性と、二十代の女性の女性の夫婦もいらっしゃいます。」
「話は合うの?」
「お互いが歩み寄っています。いい夫婦に見えますよ。」
 それは自分たちのことだろうか。桂はそう思いながら、彼女を見ていた。
「お母さんは桂さんの仕事はどう思ってるんですか?」
「そうね……。最初は驚いたわ。あまり人様に言える仕事でもないでしょ?でも必要な仕事でもあるわ。それがないと性犯罪がどれだけ増えるでしょうね。学校では教えてくれないことだもの。」
「そうですね。」
「でもいつまでも続ける仕事ではないのは、自分でもわかっているのでしょう?」
「あぁ。」
「だったら尚更これからどうするか、早く決めてしまいなさいって思うけど。」
「……どうするんですか?」
「五十代までに考えるよ。まだ需要はあるようだし。」
 その言葉に母親は深いため息をついた。
「脳天気な子。」
 彼女はそう言って、ビールを一口飲む。

 食事を終えると、食器を片づけた。すると母親が荷物を持つ。
「それじゃ、ホテルへ行こうかしら。」
「ここ泊まればいいのに。」
「息子と一緒に寝るの?やーね。」
 そう言って彼女はでていこうとした。その姿に、春川が声をかける。
「あ、私送りますから。」
「春川さん。」
「いいんです。私もそのまま帰りますし。」
「そう?だったらお願いしようかしら。」
 そう言って彼女は桂の部屋を出て駐車場へ向かう。その後ろには桂の母が付いてきている。そして母を連れて車に乗り込むと、ホテルの方へ向かった。教えてくれたホテルはあまり離れていないビジネスホテルのようだ。
「春川さん。」
「はい?」
「息子をよろしくね。」
「え?」
「恋人なんでしょう?」
 違う。そう言いたかった。本当は、自分には旦那がいて、不貞していて、そんな関係なのだ。きっと離される。だけど離れたくない。その一心だった。
「まだ……恋人と言えるでしょうか。」
「あら、そうなの?だったら啓治があなたを好いているのね。」
「もったいないですよ。私、あまり女を感じないっていわれることが多いんで。」
「でもそんなところに啓治は惹かれてるわ。」
「お母さん。あのですね……。」
 もうだめだ。正直に言おう。そう思ったときだった。
「あ。ここよ。ホテル。ありがとう。」
 ホテルに着いてしまった。彼女はため息をついて彼女を見送る。
「あなたはもう少し正直になった方がいいわ。何が引っかかっているのかわからないけれど、言って後悔するよりも言わないで後悔する方がずっと残るのよ。」
 母親はそう言って、車から降りていった。彼女は少しため息をついて、車を走らせる。車をUターンさせると、信号で引っかかる。
 荷物から携帯電話を取り出した。そして彼に連絡を入れる。無事に送り届けたこと。そして……。
 春川はまた再び、彼の家のチャイムを鳴らした。すると彼はすぐに出てくる。
「ルー。どうしたんだ、帰りに寄るなんて。」
 まだルーと呼んでくれる。それが嬉しかったが、あえて表情には出さない。
「正直になったらここへ来たんです。」
 彼が玄関のドアを閉めると、彼女は部屋の中に入っていった。
「本当なら家に帰らないといけないんだろう?」
 すると彼女は頷く。
 旦那の元へ帰さないといけない。なのに帰したくない。
 旦那の元へ帰らないといけない。なのに帰りたくない。
 彼は震える手で、彼女を後ろから抱き寄せた。それに彼女は答えるように彼の腕に手をかける。
「帰りたくないんです。だめですね。一度正直になってしまったら、どんどんと欲張りになってしまって。」
「ルー。俺だって、ずっとこうしたかった。正直、仕事をしててもお前のことがちらついた。お前じゃなければ立たなかったらどうしようかとも思うし。」
 抱きしめる手に力が入る。
「啓治……。」
 彼女はその手を避けると、彼の方を振り返った。そして彼を見上げる。そして僅かに微笑む。
「あなたが好きよ。」
 その言葉に彼も微笑んだ。
「俺もだ。俺も好き。」
 そして彼は彼女をまた抱きしめる。
「セックスしているときの好きはきっと嘘だから。だからしてないときに言いたかったの。」
「そっか。」
 彼女の腕が彼の体に伸びる。そしてその腕を離すと、彼は彼女の頬に手を置いた。そしてその唇にキスをしようとしたときだった。
 彼女の荷物から携帯電話の音が鳴る。
 彼女はそれに手を伸ばそうとした。しかしそれを彼が止める。バッグが床に落ちて、彼はその顎にまた手を伸ばした。目を瞑ると吐息が唇にかかり、やがて柔らかな感触が唇を塞ぐ。
 少しそうして、それが離れた。
「好き。」
 そう言った瞬間、電話が切れた。彼の首に手をかける。そして彼は少し屈むと、唇に指を当てる。
「旦那からかもしれなかったな。心配してるのかもしれない。」
 口ではそう言ったが多分そうじゃない。きっと彼は何か気づいてる。だから滅多にすることのない電話をかけてくるのだ。
 指を彼は彼女の口元に当てると、その口の中にその指を入れた。ぞくっとするくらい色っぽいし、ぬめっとした感触が伝わってきてたまらない。まるで愛撫するように彼女も指を舐める。
「ん……。」
 指を離すと、彼はもう優しくできる自信はなかった。彼女を抱き抱えると、隣にあるベッドルームへ連れてくる。
 ベッドに彼女を寝かすと、その上に覆い被さるように彼は彼女に乗りかかってきた。
「啓治……。」
 桂のその視線にぞくっとした。それでも嬉しいと思う。力付くで抱かれてもかまわない。だけどそのリビングルームに置かれたバッグからだろうか、携帯電話の音がまた響いた。
「ごめん。やっぱり、電話に出なきゃ。」
「旦那か?」
「たぶん。」
 彼はそう聞くと、彼女の上から体を避けた。すると彼女は起き上がり、リビングルームへ向かっていった。
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