セックスの価値

神崎

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正直な気持ち

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 どんなに優しくされても桂を消すことは出来ない。目の前にいるのは祥吾だ。自分が好きな人。自分の旦那。自分の……。
 唇を離すと、祥吾の手が止まった。
「どうして泣いているの?」
「え?」
 春川は、自分の頬に手をやる。そこは濡れていた。
「……どうして……。」
 おそらく無意識だった。桂ではない相手とこんなことをしていること。そして祥吾にとって彼女は一人ではないこと。
 彼が彼女を求めているのなら、それに答えるのが妻の役目だろう。彼が不貞していようと、何をしようと、彼女には関係ない。
 だがどこかで、拒否したかった。そして桂を思い浮かべている自分がいる。
「春。君は……。」
 そのとき彼の仕事机の上に置いてあった携帯電話が鳴る。彼は立ち上がると、その携帯電話を手に取った。僅かに舌打ちをしたと思う。
「もしもし。」
 彼はそのまま手原稿用紙を手にして、眉をひそめる。
「わかった。そうしよう。」
 眉をひそめたまま彼は携帯電話を切り、そのまま机の上に置く。
「春。君の仕事は急がないといけないかな。」
「いいえ。そこまでは。」
「だったら今日は私の仕事を手伝ってくれないだろうか。今日中に新聞社の原稿の修正をして欲しいのだという。」
「わかりました。パソコンを持ってきます。」
 ベッドから起きあがり、彼女は部屋を出ていった。風はまだ強く吹いている。雨戸に雨の音も聞こえた。きっと峠は越しているが、まだ警戒しなければいけないレベルなのだろう。
 部屋に彼女は戻り、バッグの中からノートパソコン、モバイルWi-Fiルーターを取り出す。そしてついでに仕事用の携帯を手にした。その中には仕事の話は入っていない。だが自分のプライベートの携帯電話を手にした。そこにはメッセージが入っている。
”都合がいいときに、また連絡をいれる。”
 愛しているとか好きとか、そんなことをよこさないのは、きっと桂の優しさだ。春川の携帯を祥吾が見ることはないが、どんなことで見られるかわからない。そのとき「愛している」とかそんな文言が入っていれば、いくら何でも彼との関係に気がつくだろうと思うから。
 彼女もメッセージを送った。
”こちらからも連絡をいれます。”
 それだけで愛していると言っているようだった。携帯電話を胸に抱き、それを机の上に置いた。そして仕事用の携帯電話を手にすると、彼女は部屋を出ていく。仕事をするためだった。

 台風が過ぎ去り、桂は撮影や映画のためのレッスンなど、忙しい日々を送っていた。
 春川も、取材や執筆活動、祥吾の助手としての資料集めなど、忙しい日々だった。二人が会えるときはなかなか無いし、メッセージすらままならない日々が続く。
 そしてその日、春川はあるハウススタジオの前にいた。
 それは桂が撮影する日だったからだ。白い軽自動車を停めて、彼女はその中に入っていく。そしてスタッフの一人に声をかけた。
「フリーライターの春川と言います。」
「あぁ。春川さん?話、聞いてます。監督のとこ、まず行きますか?」
「そうですね。まずは挨拶します。」
 靴を脱いで、そこに入ろうとしたときだった。ガチャン!という何か割れる音がした。
「ん?」
「あぁ。やっぱりか。」
 スタッフは呆れたように、その方向を見ていた。
「ちょっと今はまずいかもしれませんね。先に里香さんとこ行きます?」
「……でも最初に監督の所に行かないと、問題になりそうですので。」
「でも……ちょっとごたごたしてますよ。娘さん来てるし。」
「娘?あぁ……なんか話聞いてますよ。」
「プライド高くて……。」
「そんなことまでは聞いてませんけど。まぁいいです。とりあえず挨拶行きますね。どこですか?」
「あ、奥です。」
 そう言って男は、彼女を案内する。そしてドアをノックした。
「すいません。入っていいですか?」
「あぁ、いいよ。」
 ドアの向こうから嵐の声が聞こえる。思ったよりも声が穏やかだ。ドアを開けると、嵐と女性の姿があった。女性は、春川よりも少し年上と行ったところだろうか。ショートカットが男性にも見えるような人に見える。
「春川さん。」
「本日はお世話になります。」
 そう言うと、女性は少しいぶかしげな顔をした。
「父さん。女性を連れてきてどうするの?今日男性二人の3Pだと思ってたけど女性二人なの?」
「いいや。この人は記者だ。」
「記者?」
「フリーライターの春川と言います。」
 こういうときのために、春川は名刺を作っていた。それを女性に渡す。すると彼女はそれを見て、腕を組む。
「どういう現場かわかっているのですか?」
「えぇ。何度か取材をさせていただきました。本日は女性のお話を聞かせていただこうと思いまして。」
「本日は女性?ということは、前は男性の方を?」
「えぇ。」
 ますます訝しげな表情になる。胡散臭いとしか思っていないのだろう。あまり取材などされない現場に、しかも女性が来るということはあり得ないと思っているのかもしれない。
「春川さん。今日は里香の方なのか?」
「えぇ。キャリアの長い方だと聞きました。男性を取材させていただいたときも、キャリアの長い方で良かったです。」
「桂があんたをよっぽど気に入っていたんだろうな。控え室に入らせるなんて。あんた、桂の相手役で出演したらどうだ。」
 すると春川は笑いながら言う。
「嵐さん。冗談よしてくださいよ。私の体が売り物になるわけ無いじゃないですか。」
「いいや。今度男が主体で撮ろうと思ってな。」
「男性が?あぁ。女性のためのポルノですか。そう言ったモノも撮られるんですね。」
「そういうのも今は必要らしい。そして桂とかまぁ、若いけど達哉なんかは見た目もいいし、売れるんじゃねぇのかなと会社で検討してるよ。」
 そんなモノなのかと、春川は首を傾げた。まぁ、自分の小説が女性にも手を取ってもらえる時代だ。そういうことがあってもいいのかもしれない。
「父さん。そんなことまでライターさんに言うの?まだ企画段階だって……。」
「それを無理矢理お前が通して、結局ポシャったんだろ?フイルムの無駄遣いしやがって。」
「それは……。」
「女優の見極めを付けてからやれよ。桂だって後味悪いだろ?あんな撮影されちゃ。」
 また彼女はぐっと黙った。
「お前は、AV男優を軽く見すぎだ。奴らは女優に比べて数が少ねぇし、いつでも発射できるように自分で調節してる。お前みてぇに道具のように扱われちゃたまらんよ。悪いことは言わねぇから、普通の会社に勤めろ。」
 すると彼女は怒ったような口調で言う。
「出来ないわよ。父さんがこんな仕事をしているから!AVの監督の娘だって!どこ行っても言われるんだから!」
 そういって彼女はドアをバタンと音を立てて外に出て行った。
「ありゃ。本音だな。」
「えぇ。そういう風に見えました。」
 春川はそういって少し笑う。
「面白そうですね。」
「何がだ?」
「女性向けポルノ。まだ企画段階ですか?」
「あぁ。ストーリーがな。女がどんな風な目線で、ポルノを観るのかわからない。あんた、意見を出してくれないか。」
「私でお役に立てれば。」
 何か書いてやろうか。そういう気になるくらいの企画だった。
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