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人体改造の男
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二十時。春川は繁華街にいた。嵐に誘われて、AV撮影の打ち上げに来てみたのだ。これもネタになると、祥吾には正直にそれを伝えた。すると彼は表情を変えずに言う。
「飲み会が悪いというわけではないんだけどね。お酒は飲まないようにしてくれよ。君はお酒が弱いのを自覚しなければいけないのだから。そしてそう言う輩だ。酔った君に何をするかわからないのだよ。とことん付き合うことはない。取材が終わったら、帰ってきなさい。」
自分はそんな場所に行きたくはない。だけど彼女なら行ける。人付き合いは着かず離れずができる彼女だ。うまくやれるはずだろう。
だけど行かせたくない。どんな場所なのか気になるくせに、人前に出ることを拒否しているからだ。だからといって彼女をそんな場所に行かせたくないのは、もしかしたらあの男もいるかもしれないという焦りもあったのかもしれない。
そう思いながら、祥吾は携帯電話にメッセージをいれる。寂しさを慰めてくれる人なら彼女以外にもいるのだ。
夜の繁華街の中。彼女は居酒屋を通り過ぎ、コンビニの前に立った。そして桂に電話をする。
「もしもし。」
「あぁ。コンビニに着きました?」
「えぇ。」
「今迎えに行きます。そこで待っててください。」
周りは騒がしい。もうすでにみんな出来上がっているのだろう。
彼女はそこで待っていると、ホストらしい男や居酒屋の呼び込みが、彼女に声をかける。
「すいません。人を待っているんです。」
やんわりと断り、少し彼を待つ。すると向こうから人影がこちらに近づいてくる。それは桂の姿だった。
「桂さん。」
「待ちました?」
「いいえ。それほどは。」
「繁華街とかあまり来ないでしょ?」
「バイトは焼き肉屋ですることもありますけどね。」
「そうでしたね。」
そう言って二人は、コンビニを離れる。そして少し奥まったところに彼は連れてきた。そこは少し周りの雰囲気が違う。居酒屋というよりはバーやスナックが多い地域らしい。
「どこへ行くんですか?」
「穴場。うちらの打ち上げでよく使うんです。」
「焼き肉屋さんとかが多いのかと思いました。」
「嵐さんがお酒好きな人なんですよ。だけどお酒にこだわるので、この場所を。」
二人で並んで歩いていると、手を繋ぎたくなる。桂は手を差しだそうとした。だけどそれは出来ない。こんなところでそんなことをしたら、どんな人にすっぱ抜かれるかわからない。それを感じて彼は手を引っ込めた。
春川も今は装う。抱きしめてもらいたい。キスをしてもらいたい。そう思っているのだが、今は出来ない。彼に視線をあげる。だがすっとそれをそらせた。
やがてたどり着いたのは雑居ビルだった。あまり派手な看板はない。一階は居酒屋だったが、酔ったおじさんがいるような居酒屋ではないようだ。
その脇に階段がある。彼はそこへ上がっていく。五階建てのビルで、その五階は飲み屋ではなく録音スタジオになっているようだ。
「三階です。」
通っている人もおしゃれな人が多い。彼女のようにジーパンとTシャツでやってきている人はいないようだ。
階段を上がり、その一番奥の店の前で彼は足を止める。
「ここです。」
店の名前は「limit」。古めかしいドアで、音が漏れないように頑丈なドアがある。
「居酒屋とかではないのは、意外ですね。」
「えぇ。」
手をかけて彼はそこを開ける。すると煙草の臭いと、ジャズの音が聞こえてきた。中は黒を基調としたお洒落な店内。店員もきっちりとバリスタエプロンやベストを身につけていて、どことなく彼女は居心地が悪かった。
その店内に足を進める桂は、とても自然に見える。彼は本来こういうところにいる人なのかもしれないと、彼女は思っていた。
だが奥の部屋。おそらく予約の団体が取る部屋であろう、そこを開けると空気が一変した。
「おー。来た来た。」
「今日の一番の功労者。」
「桂さん。エスコートしてきてるよ。」
「マジ王子。あたしもエスコートしてぇ。」
「あはは。おめぇみたいなヤリマン。エスコートなんかできっかよ。てめぇで歩いてくんだろ?」
「何ですって?あんたなんか、ヤリマンでも相手にしてくれないじゃない。」
「喧嘩すんなよ。里香。鉄。」
下品な言葉が行き交う居酒屋状態になっているのを、春川は唖然としてみていた。
「まぁ。打ち上げなんてこんなモノですよ。どこの企業でも変わらない。」
彼は苦笑いをして、彼女を座らせた。
「何を飲みますか?」
彼女の隣には、達哉がいた。桂は少し離れたところに座っている。
「あ、じゃあジンジャーエールを。」
「飲まないんですか?」
「お酒、弱いんです。」
「飲めない訳じゃないんでしょ?桂さんや俺みたいに。」
「桂さんも飲めないんですか?」
「えぇ。アレルギーみたいですね。すげぇ顔が腫れるとか。」
「へぇ。見た目によらないんですね。」
彼女の前には嵐がいる。彼はワインを飲んでいるようだ。時間的にはもうだいぶ飲んでいるはずなのに、顔色一つ変えていない。
「春川さん。今日は助かったよ。」
「いいえ。私は特に特別なことをしたわけでは。」
「でも何となく俺、昔を思い出したんですよ。」
「昔?」
「俺、役者になりたかったんですよ。小さい頃からね。戦隊モノが好きで、あれになりたいって。だから役者の養成校にはいったけど芽が出なくてね。」
「よくある話だよな。金無くて、そのままAV男優なんてのも。」
だから達哉もそこそこ演技が出来たのだ。おそらくこの中で役がおぼつかなかったのは、里香だったはずだ。一番中心に映っていたはずなのに。
「春川さんは昔から物書きになりたくて?」
「そうですね。昔……あぁ。やめましょうか。この話。ちょっと暗い話になるし。」
その言葉に嵐は、ふっと笑う。
「別に良いよ。みんな好き好んでこの仕事をしている訳じゃねぇし、まぁ中にはそういうヤツもいるけどさ。訳ありだよ。あんただって、フリーライターでまともな記事が書きたかっただろうに、こんなAVみたいな記事しか書いてねぇんだろ?」
「面白いですよ。」
「変わった女。それでよく旦那が許すな。」
ジンジャーエールが運ばれ、彼女はそれに口を付ける。
「仕事だから。」
「でもあの発想力があれば、小説家でもやっていけんじゃないのか。」
嵐の言葉に、彼女は思わずジンジャーエールを吹きそうになった。
何も知らないのは恐ろしいことだ。
「いいえ。そんなことは出来ませんよ。」
「そうか?」
彼はそういってまたワインに口を付ける。
「チーズ美味しいですよ。珍しいチーズみたいで。」
「そうですね。あまり見たことない。」
「こらー。里香。暴れるな。鉄。もう飲ませんな。里香から酒を取り上げろ!」
嵐がそういって、鉄と呼ばれたスタッフは里香から酒を取り上げる。
「飲み会が悪いというわけではないんだけどね。お酒は飲まないようにしてくれよ。君はお酒が弱いのを自覚しなければいけないのだから。そしてそう言う輩だ。酔った君に何をするかわからないのだよ。とことん付き合うことはない。取材が終わったら、帰ってきなさい。」
自分はそんな場所に行きたくはない。だけど彼女なら行ける。人付き合いは着かず離れずができる彼女だ。うまくやれるはずだろう。
だけど行かせたくない。どんな場所なのか気になるくせに、人前に出ることを拒否しているからだ。だからといって彼女をそんな場所に行かせたくないのは、もしかしたらあの男もいるかもしれないという焦りもあったのかもしれない。
そう思いながら、祥吾は携帯電話にメッセージをいれる。寂しさを慰めてくれる人なら彼女以外にもいるのだ。
夜の繁華街の中。彼女は居酒屋を通り過ぎ、コンビニの前に立った。そして桂に電話をする。
「もしもし。」
「あぁ。コンビニに着きました?」
「えぇ。」
「今迎えに行きます。そこで待っててください。」
周りは騒がしい。もうすでにみんな出来上がっているのだろう。
彼女はそこで待っていると、ホストらしい男や居酒屋の呼び込みが、彼女に声をかける。
「すいません。人を待っているんです。」
やんわりと断り、少し彼を待つ。すると向こうから人影がこちらに近づいてくる。それは桂の姿だった。
「桂さん。」
「待ちました?」
「いいえ。それほどは。」
「繁華街とかあまり来ないでしょ?」
「バイトは焼き肉屋ですることもありますけどね。」
「そうでしたね。」
そう言って二人は、コンビニを離れる。そして少し奥まったところに彼は連れてきた。そこは少し周りの雰囲気が違う。居酒屋というよりはバーやスナックが多い地域らしい。
「どこへ行くんですか?」
「穴場。うちらの打ち上げでよく使うんです。」
「焼き肉屋さんとかが多いのかと思いました。」
「嵐さんがお酒好きな人なんですよ。だけどお酒にこだわるので、この場所を。」
二人で並んで歩いていると、手を繋ぎたくなる。桂は手を差しだそうとした。だけどそれは出来ない。こんなところでそんなことをしたら、どんな人にすっぱ抜かれるかわからない。それを感じて彼は手を引っ込めた。
春川も今は装う。抱きしめてもらいたい。キスをしてもらいたい。そう思っているのだが、今は出来ない。彼に視線をあげる。だがすっとそれをそらせた。
やがてたどり着いたのは雑居ビルだった。あまり派手な看板はない。一階は居酒屋だったが、酔ったおじさんがいるような居酒屋ではないようだ。
その脇に階段がある。彼はそこへ上がっていく。五階建てのビルで、その五階は飲み屋ではなく録音スタジオになっているようだ。
「三階です。」
通っている人もおしゃれな人が多い。彼女のようにジーパンとTシャツでやってきている人はいないようだ。
階段を上がり、その一番奥の店の前で彼は足を止める。
「ここです。」
店の名前は「limit」。古めかしいドアで、音が漏れないように頑丈なドアがある。
「居酒屋とかではないのは、意外ですね。」
「えぇ。」
手をかけて彼はそこを開ける。すると煙草の臭いと、ジャズの音が聞こえてきた。中は黒を基調としたお洒落な店内。店員もきっちりとバリスタエプロンやベストを身につけていて、どことなく彼女は居心地が悪かった。
その店内に足を進める桂は、とても自然に見える。彼は本来こういうところにいる人なのかもしれないと、彼女は思っていた。
だが奥の部屋。おそらく予約の団体が取る部屋であろう、そこを開けると空気が一変した。
「おー。来た来た。」
「今日の一番の功労者。」
「桂さん。エスコートしてきてるよ。」
「マジ王子。あたしもエスコートしてぇ。」
「あはは。おめぇみたいなヤリマン。エスコートなんかできっかよ。てめぇで歩いてくんだろ?」
「何ですって?あんたなんか、ヤリマンでも相手にしてくれないじゃない。」
「喧嘩すんなよ。里香。鉄。」
下品な言葉が行き交う居酒屋状態になっているのを、春川は唖然としてみていた。
「まぁ。打ち上げなんてこんなモノですよ。どこの企業でも変わらない。」
彼は苦笑いをして、彼女を座らせた。
「何を飲みますか?」
彼女の隣には、達哉がいた。桂は少し離れたところに座っている。
「あ、じゃあジンジャーエールを。」
「飲まないんですか?」
「お酒、弱いんです。」
「飲めない訳じゃないんでしょ?桂さんや俺みたいに。」
「桂さんも飲めないんですか?」
「えぇ。アレルギーみたいですね。すげぇ顔が腫れるとか。」
「へぇ。見た目によらないんですね。」
彼女の前には嵐がいる。彼はワインを飲んでいるようだ。時間的にはもうだいぶ飲んでいるはずなのに、顔色一つ変えていない。
「春川さん。今日は助かったよ。」
「いいえ。私は特に特別なことをしたわけでは。」
「でも何となく俺、昔を思い出したんですよ。」
「昔?」
「俺、役者になりたかったんですよ。小さい頃からね。戦隊モノが好きで、あれになりたいって。だから役者の養成校にはいったけど芽が出なくてね。」
「よくある話だよな。金無くて、そのままAV男優なんてのも。」
だから達哉もそこそこ演技が出来たのだ。おそらくこの中で役がおぼつかなかったのは、里香だったはずだ。一番中心に映っていたはずなのに。
「春川さんは昔から物書きになりたくて?」
「そうですね。昔……あぁ。やめましょうか。この話。ちょっと暗い話になるし。」
その言葉に嵐は、ふっと笑う。
「別に良いよ。みんな好き好んでこの仕事をしている訳じゃねぇし、まぁ中にはそういうヤツもいるけどさ。訳ありだよ。あんただって、フリーライターでまともな記事が書きたかっただろうに、こんなAVみたいな記事しか書いてねぇんだろ?」
「面白いですよ。」
「変わった女。それでよく旦那が許すな。」
ジンジャーエールが運ばれ、彼女はそれに口を付ける。
「仕事だから。」
「でもあの発想力があれば、小説家でもやっていけんじゃないのか。」
嵐の言葉に、彼女は思わずジンジャーエールを吹きそうになった。
何も知らないのは恐ろしいことだ。
「いいえ。そんなことは出来ませんよ。」
「そうか?」
彼はそういってまたワインに口を付ける。
「チーズ美味しいですよ。珍しいチーズみたいで。」
「そうですね。あまり見たことない。」
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