セックスの価値

神崎

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もう一つの恋

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 映画の話が来たからといって、桂に仕事が来ないわけではない。ただ前よりは現場の仕事はセーブしている。
 だが彼の周りの状況は変わりつつある。映画のクランクインの記者会見で彼の姿を見た女性たちが騒ぎ始めたのだ。
「あの人、初めて見る俳優ね。」
「カッコいい。」
「AV男優だって。すごい。あの人にされた人、超羨ましい。」
 なんていう声が高まっているようだった。
 それでも桂は前と変わらない。淡々と仕事をこなし、たまにくる取材に笑顔で答えたおかげでその仕事は増えた気がする。だが気は使う。イメージがあるのだからと、危ういことは言えない。
 それに取材場所はだいたい出版社の一室であることから、ほのかな期待が彼の足を向かわせる。彼女がいるかもしれないという期待だった。
「さすが女性の扱いに長けてますね。」
 その日も女性の記者の質問に答えていた。内容は薄っぺらくて笑顔で答えながら、心でため息をついている。
 彼女はテーブルの上の録音機に手を伸ばす。そして資料をみる。
「あぁ。桂さん。」
「はい。」
「うちの文芸誌なんですけど、「読本」という雑誌知ってます?」
「あぁ。知ってますよ。普通の文芸誌とは少し違う感じの雑誌ですよね。」
「そうです。小説だけじゃなくて、マンガや写真集まで扱う月刊誌なんですけど、その編集部があなたと対談させたい人がいると。」
「へぇ。誰ですか。」
「冬山祥吾さんというのですが、ご存じですか。」
 その名前に彼は少し驚いた。
「はい。本を読んだ事ありますよ。」
「気難しい人であまり外にでることもないんですけど、あなたとなら対談をしてもいいと。まぁ、今度新刊もでますからね。それで宣伝もあってですが。いかがですか。」
「……そうですね。楽しみにしてますとお伝えください。」
「わかりました。予定が組めればそちらの編集部から連絡がいくと思います。」
 手に汗をかいているのがわかる。前に出版社の廊下で立ち話はしたことがあるが、こんなにがっつりと対談することがあるのだろうか。
 いずれにしてもぼろが出ては終わりだ。もし祥吾が春川と彼の関係に気がつけば、きっと力づくで離そうとするだろう。もっとも彼がそれほど彼女に執着しているとは思えないが。

 出版社を出ると、もう夕方になっていた。これからは仕事もない。ジムにでも行って、食事でもしようかと思っていたときだった。
 桂のバッグに入っている携帯電話が鳴る。竜からの着信だ。
「もしもし。」
「おー。お前今日仕事?」
「現場じゃないんですけど。仕事ありました。」
「これからは?」
「別に、ジムでも行こうかと思ってましたけど。」
「ちょっと飲み会に顔をださねぇ?」
「飲み会ですか?何の飲み?」
「同業者の飲み会。つーか実はな、今日の俺の相手が真由って奴だったんだけど。知ってる?」
「あー。なんかおぼろげに。」
 確かロリ系の女優だったのを覚えている。年の割に、小学生みたいな体つきをしていたはずだ。
「そいつがさ、飲み会が今日あるって言い出してさ。」
「ふーん。それで飲みたくなったんですか。」
「そうそう。どんな話してっか気になるじゃん。」
「そんな聞き耳立てるようなこと……。」
 あきれたように彼は言うと、竜は慌てたように言う。
「違うって。なんか取材兼飲み会らしいぜ。」
「取材?何の?」
「ほら、嵐さんが気に入ってるさ、春川っているじゃん。」
 ドキリとした。彼女とはあのウィークリーで体を重ねて以来会っていない。
「ライターでしたっけ?」
「そうそう。春川がさ、もしかしたら嵐さんが今度監督する女向けのポルノの、脚本書くかもしれねぇんだってさ。だから女が萌えるのってどんな感じなのか聞きてぇんだってさ。」
「ふーん。で、俺らに何の関係があるんですか?」
「お前には関係ねぇかもしれねぇけどさ、そう言うの勉強してぇじゃん。」
「へぇ。竜さんでも思うんですね。」
「ばーか。俺、結構勉強熱心だって。」
 下心が見え見えのような気がするが、悪い話じゃない。それに自分も下心がないわけじゃないのだ。春川に会えるかもしれない。そしてあわよくばという考えがある。
「わかりましたよ。どこいけばいいんですか。」
「さすが、桂だな。えっと、どこだっけか。達哉、どこだっけ?」
 達哉が側にいるらしい。すると達哉の声で、後でメッセージ送りますと聞こえてきた。
「二十時からな。」
「了解です。」
 電話を切る。まだ少し時間があるかと、彼は当初の目的であるジムへ向かうのに、バイクに近づいた。

「真由ちゃん。可愛いね。そんなに顔を赤くさせて。」
 そう言って真由の顎をくいっと上げる細い指には、派手なマニキュアがしてあった。
 真由の側にいるのは、この間桂と達哉に失神するまでイカされていた里香だった。挑発的な視線で、彼女を見ている。
 それを唖然としてみていたのは北川だった。笑いながら見ていたのは同業者のアリスという売れっ子のAV女優。
「なるほどね。顎クイってやつ?」
「ベタだけどね。女の子で、夢見るような子はこういうの好きじゃん。」
 そう言って里香は真由から離れた。春川はノートとペンを出して、それをメモする。
「女性向けのAVね。レズものじゃだめなのかな。」
 アリスはそう言って、煙草に火をつけた。ロングヘアの黒髪で、彼女はコスプレをすることが多いらしい。胸は大きいが里香ほど大きくはないだろう。
「そういうのじゃないみたい。だいたい、レズものって結局男が乱入するパターンじゃん。」
「まぁ、そうだよね。」
「本気のレズものでAVがあったらあたし出るわ。」
「あーそうね。」
 アリスは本来、レズビアンで男性とのセックスは完全に仕事だと割り切っているらしい。実際、彼女の恋人は女性だ。
「男性のどんな仕草が好き?」
 ウーロン茶を飲みながら、春川は彼女らに聞く。すると里香は少し考えて言う。
「あたしネクタイかなぁ。」
「ネクタイ?」
「ネクタイほどく仕草。キュンッてきちゃう。」
「アハハ。里香ってたまに乙女だよねぇ。」
「あたし、口元かな。」
「エロいー。真由ってばそんなロリ系なのにエロいよねぇ。」
「えー?でも生クリームとかついてるの拭ったりしたら、やばくない?ねぇ。北川さんそう思わない?」
 急に話を降られた北川は、驚いた表情でこちらを見た。そして四人は期待した目で見ている。言わなければいけないだろう。
「腕かな。」
「腕?またフェチなとこ付くよね。」
「腕時計を外すとこ。」
「あー。何となくわかる。」
 真由はそう言ってうなづいた。彼女もそういう仕草にときめくらしい。
「春川さんは?」
「え?私はいいよ。聞きたいだけだから。」
「みんな言ったよー?言ってよ。」
 ふとアリスの方を見た。おもしろそうに春川を見ている。だが彼女も言っていないと思って、彼女に言ってみた。
「アリスさん。言ってないじゃん。」
「あたしレズだからないよ。男でときめいたことないし。」
 しまった。そうだった。春川は仕方なく彼女らに言う。
「背中かな。」
「背中?」
 その言葉に四人は不思議そうな顔をしている。
 それでも幼いときの春川はそうだった。高校生の頃、祥吾のところへ行き、彼が小説を書いているその背中が好きだった。何を書こう、どんな言葉を選ぼうと思案しているその背中が好きだった。
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