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もう一つの恋
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「真由ちゃん。口元に生クリームって、エロい女だな。」
竜はそう言ってビールに口を付けた。桂もそこにいたが、ウーロン茶を飲みながら、彼はぼんやりとその会話をただ聞いているだけだった。
女達が騒いでいるついたての向こうで五人ほどそろったAV男優の集まり。中には達哉もいる。彼もジンジャーエールを飲みながら、少し笑っていた。その腕には腕時計がはめられている。それは北川と出張デートをしたときのものだ。だが春川の言葉でその笑顔が消えた。そのことについてほかの男達が気づくことは無い。
「アリスってレズビアンだったんだな。」
「知らなかったのか。お前も鈍いな。」
ほかの男優はまだ新人とも言えるが、歳はもう二十五の裕樹や二十三のヒロという若い男たちだ。
「だってあんだけ濡れてたら、マジでノーマルかと思うじゃん。何でレズなんだろう。」
「気持ちと別ってことだろ?女ってのはそう言うことできるじゃん。男は無理って奴もいるけどさ。」
「男の方が繊細だな。」
「若いな。お前ら。」
そう言って桂はコップをおろす。
「何で?」
「デブだろうと、ブスだろうと、オバンだろうと突っ込んで喘がせてるのが俺らだろう?甘ちょろい事言ってんじゃねぇよ。」
桂のその言葉で若いAV男優達は黙ってしまった。
「それにしても遠慮のない会話だな。」
「まぁな。男がいないとそんなもんだろ?どうした?達哉。さっきから黙って。」
達哉は普段の明るさを忍ばせていた。そしておもむろに立ち上がると、ぐっと伸びをする。
「ちょっと俺、トイレ。」
「あ、俺も行くわ。どこだっけ?」
桂もそう言って立ち上がる。
「仲良く連れションかよ。」
「アハハ。」
桂はそう言って達哉と二人で廊下にでた。ドアを閉めると、達哉は桂の方を向く。
「桂さん。さっきの聞いた?春川さんの言葉。」
「何?」
「背中って。それって桂さんのことじゃないでしょ?」
その言葉に彼は少し黙ってしまった。
「……旦那のことじゃねぇの?」
「多分な。」
「あんた、遊ばれてるんじゃないの?」
それは聞いたときから押さえていたことだった。それでも否定したくない。
「違う。」
「寝て、気持ちいいからあんたについていってるんじゃ……。」
そのときとなりのドアから、一人の女が出てきた。それは春川の姿。彼らを見てふと笑う。
「何か勉強になりました?」
「あ……。」
彼女は知っていた。隣に彼らがいることも、会話を聞いていることも。ここをでたら二人がいたのは想定外だったが、誰かいて良かった。そろそろ下ネタにつきあうのも疲れてきたところだ。
「私は十分話聞けましたから、あとはみんなで飲んで大丈夫ですよ。あまりないんでしょう?」
AV男優とAV女優が一緒に飲んだり、遊んだりすることはない。恋人同士になれば、男優はほかの女優とも組んだりすることができず食いっぱぐれることになる。特に竜なんかはそれを知っているので、遊ぶことはあっても手を出すことはほとんどない。
その場にいる若い男たちはどうだか知らないが。
「春川さん。」
「私トイレに行きます。我慢してたけど、限界だから。」
「背中」といったその真意を聞き出すために話をしたい。それは達哉も同じだった。あのマンションで見た幸せそうな二人が、嘘だと思いたくない。
昔を思い出す。小学校からの帰り、劇団の練習も図書館もあいていなかったあの寒い冬の日。帰ってきた達哉は、男と重なり合う母親を見た。暴力を振るう父親の前とは違うあの幸せそうな顔。
きっと達哉は春川を母親に重ね合わせていたのだ。
トイレの前で二人が待っていると、トイレに入っていく女性たちが二人をまぶしそうな顔で見る。ホスト並の容姿に驚いていたようだった。その中には「一緒に飲みません?」と声をかけてくる女性もいる。しかし彼らはそれを丁重に断った。
「連れがいるから。」
しばらくすると春川がいつもの笑顔で出てきた。
「トイレ混んでます?」
「用は済ませたよ。」
「だったら行きましょう?あまり長く席を立つと怪しまれるし。」
「だったら一言だけ聞きたいことがあるんだけど。」
桂よりも達哉の方が食い下がるのが、奇妙だと思った。春川は少し訝しげな顔をする。
「何ですか?」
「「背中」って何をしているときの背中を見てドキッとするの?」
やはりその話題か。彼女は少しため息を付くと、彼を見上げた。
「背中は好きですよ。広い背中に抱きつきたいと思います。」
その言葉に桂は少し笑う。
「達哉。取り越し苦労だ。」
「何で?絶対違うじゃん。」
「詳しいことはまた聞けばいい。とりあえず場に戻ろう。竜さんが心配だ。」
「酒癖悪いんですか?」
「えぇ。女がいたら尚更ですよ。」
「危険ですね。桂さん。押さえきれますか?」
「いっつも押さえてる。竜さんが行くって言う飲み会は、押さえる奴がいないからな。達哉もたまには竜さんの相手しろよ。」
「やだ。面倒じゃん。」
一度見た祥吾の背中。それが広いとは思えない。小さい彼女でもそれは思わないだろう。
彼女が抱きつきたいのは、きっと桂の背中だ。女を抱き上げて立位の体勢でセックスすることが多い彼は、それを長時間するためにその筋肉も鍛えている。それが彼女にとって大きな背中に見えたのだろうか。
部屋のドアを開けると、もうついたては取り外されていた。そして男たちと女たちは、酒を飲みながら話に花を咲かせている。
「やばいって。桂さん。助けてよ。」
予想通り、竜は気の強い里香やレズのアリスではなく、ロリ系の真由に迫っていた。
「今日、俺の超気持ち良かっただろ?」
「やーだー。酒臭い。」
「お前もくせぇよ。ヤニ臭い。」
「何だって?ごらぁ。」
それに食ってかかったのが里香だった。
「元ヤンでてるよ。里香。」
笑いながら、アリスはその様子を見ていた。北川はその裕樹という二十五歳の男と何か親密げに話をしている。歳が近い裕樹とは話が合うのかもしれない。
ヒロが竜を止めているのに、それはあんまりだろうと、桂は竜を止める。
「竜さん。女優に手ぇ出したらやばいって。」
「桂よぉ。固ぇこと言うなよ。」
思ったよりもヒドくはない。春川はそう思いながら、席に座り薄くなったウーロン茶を口に運ぶ。
「春川さんって言うんだって?」
隣に座ったのは、やっと竜の介抱が終わって一息付いたヒロという男だった。
「えぇ。」
「思ったよりも若いね。」
「あなたよりも歳はとってますよ。」
「いくつ?」
「二十五です。あぁ。裕樹さんと一緒くらいの歳ですか。」
ヒロはそういって、彼女の頬に指を伸ばした。
「何?」
驚いて、思わず振り払おうと手を伸ばす。
「ごめん。ゴミが付いてた。」
「あぁ。それはありがとうございます。」
彼女はそういって、素直に礼を言う。その様子を桂は見ていて、正直心の中は穏やかではなかった。
竜はそう言ってビールに口を付けた。桂もそこにいたが、ウーロン茶を飲みながら、彼はぼんやりとその会話をただ聞いているだけだった。
女達が騒いでいるついたての向こうで五人ほどそろったAV男優の集まり。中には達哉もいる。彼もジンジャーエールを飲みながら、少し笑っていた。その腕には腕時計がはめられている。それは北川と出張デートをしたときのものだ。だが春川の言葉でその笑顔が消えた。そのことについてほかの男達が気づくことは無い。
「アリスってレズビアンだったんだな。」
「知らなかったのか。お前も鈍いな。」
ほかの男優はまだ新人とも言えるが、歳はもう二十五の裕樹や二十三のヒロという若い男たちだ。
「だってあんだけ濡れてたら、マジでノーマルかと思うじゃん。何でレズなんだろう。」
「気持ちと別ってことだろ?女ってのはそう言うことできるじゃん。男は無理って奴もいるけどさ。」
「男の方が繊細だな。」
「若いな。お前ら。」
そう言って桂はコップをおろす。
「何で?」
「デブだろうと、ブスだろうと、オバンだろうと突っ込んで喘がせてるのが俺らだろう?甘ちょろい事言ってんじゃねぇよ。」
桂のその言葉で若いAV男優達は黙ってしまった。
「それにしても遠慮のない会話だな。」
「まぁな。男がいないとそんなもんだろ?どうした?達哉。さっきから黙って。」
達哉は普段の明るさを忍ばせていた。そしておもむろに立ち上がると、ぐっと伸びをする。
「ちょっと俺、トイレ。」
「あ、俺も行くわ。どこだっけ?」
桂もそう言って立ち上がる。
「仲良く連れションかよ。」
「アハハ。」
桂はそう言って達哉と二人で廊下にでた。ドアを閉めると、達哉は桂の方を向く。
「桂さん。さっきの聞いた?春川さんの言葉。」
「何?」
「背中って。それって桂さんのことじゃないでしょ?」
その言葉に彼は少し黙ってしまった。
「……旦那のことじゃねぇの?」
「多分な。」
「あんた、遊ばれてるんじゃないの?」
それは聞いたときから押さえていたことだった。それでも否定したくない。
「違う。」
「寝て、気持ちいいからあんたについていってるんじゃ……。」
そのときとなりのドアから、一人の女が出てきた。それは春川の姿。彼らを見てふと笑う。
「何か勉強になりました?」
「あ……。」
彼女は知っていた。隣に彼らがいることも、会話を聞いていることも。ここをでたら二人がいたのは想定外だったが、誰かいて良かった。そろそろ下ネタにつきあうのも疲れてきたところだ。
「私は十分話聞けましたから、あとはみんなで飲んで大丈夫ですよ。あまりないんでしょう?」
AV男優とAV女優が一緒に飲んだり、遊んだりすることはない。恋人同士になれば、男優はほかの女優とも組んだりすることができず食いっぱぐれることになる。特に竜なんかはそれを知っているので、遊ぶことはあっても手を出すことはほとんどない。
その場にいる若い男たちはどうだか知らないが。
「春川さん。」
「私トイレに行きます。我慢してたけど、限界だから。」
「背中」といったその真意を聞き出すために話をしたい。それは達哉も同じだった。あのマンションで見た幸せそうな二人が、嘘だと思いたくない。
昔を思い出す。小学校からの帰り、劇団の練習も図書館もあいていなかったあの寒い冬の日。帰ってきた達哉は、男と重なり合う母親を見た。暴力を振るう父親の前とは違うあの幸せそうな顔。
きっと達哉は春川を母親に重ね合わせていたのだ。
トイレの前で二人が待っていると、トイレに入っていく女性たちが二人をまぶしそうな顔で見る。ホスト並の容姿に驚いていたようだった。その中には「一緒に飲みません?」と声をかけてくる女性もいる。しかし彼らはそれを丁重に断った。
「連れがいるから。」
しばらくすると春川がいつもの笑顔で出てきた。
「トイレ混んでます?」
「用は済ませたよ。」
「だったら行きましょう?あまり長く席を立つと怪しまれるし。」
「だったら一言だけ聞きたいことがあるんだけど。」
桂よりも達哉の方が食い下がるのが、奇妙だと思った。春川は少し訝しげな顔をする。
「何ですか?」
「「背中」って何をしているときの背中を見てドキッとするの?」
やはりその話題か。彼女は少しため息を付くと、彼を見上げた。
「背中は好きですよ。広い背中に抱きつきたいと思います。」
その言葉に桂は少し笑う。
「達哉。取り越し苦労だ。」
「何で?絶対違うじゃん。」
「詳しいことはまた聞けばいい。とりあえず場に戻ろう。竜さんが心配だ。」
「酒癖悪いんですか?」
「えぇ。女がいたら尚更ですよ。」
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「いっつも押さえてる。竜さんが行くって言う飲み会は、押さえる奴がいないからな。達哉もたまには竜さんの相手しろよ。」
「やだ。面倒じゃん。」
一度見た祥吾の背中。それが広いとは思えない。小さい彼女でもそれは思わないだろう。
彼女が抱きつきたいのは、きっと桂の背中だ。女を抱き上げて立位の体勢でセックスすることが多い彼は、それを長時間するためにその筋肉も鍛えている。それが彼女にとって大きな背中に見えたのだろうか。
部屋のドアを開けると、もうついたては取り外されていた。そして男たちと女たちは、酒を飲みながら話に花を咲かせている。
「やばいって。桂さん。助けてよ。」
予想通り、竜は気の強い里香やレズのアリスではなく、ロリ系の真由に迫っていた。
「今日、俺の超気持ち良かっただろ?」
「やーだー。酒臭い。」
「お前もくせぇよ。ヤニ臭い。」
「何だって?ごらぁ。」
それに食ってかかったのが里香だった。
「元ヤンでてるよ。里香。」
笑いながら、アリスはその様子を見ていた。北川はその裕樹という二十五歳の男と何か親密げに話をしている。歳が近い裕樹とは話が合うのかもしれない。
ヒロが竜を止めているのに、それはあんまりだろうと、桂は竜を止める。
「竜さん。女優に手ぇ出したらやばいって。」
「桂よぉ。固ぇこと言うなよ。」
思ったよりもヒドくはない。春川はそう思いながら、席に座り薄くなったウーロン茶を口に運ぶ。
「春川さんって言うんだって?」
隣に座ったのは、やっと竜の介抱が終わって一息付いたヒロという男だった。
「えぇ。」
「思ったよりも若いね。」
「あなたよりも歳はとってますよ。」
「いくつ?」
「二十五です。あぁ。裕樹さんと一緒くらいの歳ですか。」
ヒロはそういって、彼女の頬に指を伸ばした。
「何?」
驚いて、思わず振り払おうと手を伸ばす。
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