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撮影開始
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風呂から上がり、部屋に戻る。そして携帯電話を見ると、仕事用の電話に着信があった。相手は嵐。彼女はそれに折り返しの電話をする。
「もしもし。」
すぐに嵐は電話に出た。
「今大丈夫か?」
「えぇ。どうしました?」
「プロットをスタッフと見てたんだけどさ。」
「はい。」
「女子高生ものがいいって話になった。これで脚本書いてくれねぇかな。」
「あ……すいません。嵐さん。」
「んだよ。やっぱ出来ねぇって?」
「そうですね。ちょっと事情があって。」
「いいプロットだと思うんだよ。これを他の脚本家で作ったのなんかクソになるだろ?いいから書いてくれよ。」
もう誤魔化せない。そんな気がした。彼女はすっと息を付くと、震える手で電話を持ち直す。
「嵐さん。今お時間は?」
「今、ミーティングが終わって、帰ろうとしているところだ。」
「でしたら、少しお時間をいただけませんか。私すぐ出ますから。」
「会うってことか?うん。いいよ。どこがいい?」
「そうですね。どちらのスタジオにいらっしゃいましたか。」
詳しい話を聞き、結局少し離れているが二十四時間営業のファミレスで落ち合うことになった。
彼女は洋服を部屋着から着替えると、最低限の荷物を手にした。それでも他の人にしてみれば大荷物だろう。パソコン、資料、財布、携帯。それらは仕事をすると言ういいわけに出来るからだ。
「どこへ行くの?」
玄関で靴を履こうとしたら、祥吾に声をかけられた。
「すいません。仕事場に担当者が見えてるみたいです。」
「だったらすぐ帰れるね。あぁ。帰りに煙草を買ってきてくれないだろうか。」
「わかりました。」
お使いものがあるというのは、きっと彼女に煙草という名目とつけて部屋に呼ぶきっかけを作ろうというのだ。そのあと何をするかは、彼女でもわかることだ。
ファミレスにやってくると、禁煙席に嵐の姿があった。嵐は食事をしていなかったらしく、目の前にはカレーを食べた皿が綺麗に残っている。
「すいません。急にお呼び出しをして。」
「いいよ。」
周りにはあまり人がいない。平日だからだろうか。別れ話をしているカップルや、仕事帰りのサラリーマンなんかが疲れた顔をして食事をしている。
「すいません。ローズヒップティーを。」
「かしこまりました。」
「食事をしてきたの?」
「えぇ。」
「だったらケーキでも一緒に食べればいいのに。」
「あ、大丈夫です。甘いものは……。」
「苦手?」
「いいえ。好きなんです。でもこの時間に食べると太ってしまうから。」
「ストイックだね。今日の女優に聞かせてやりたいよ。」
「どうでしたか?」
「ちょっと情緒不安定というかね。ヤクザに売られるとばかり言ってたよ。まぁそういう女性も多いけどね。」
彼はコーヒーを飲みながら、ため息を付く。
「この世界に入ってくる子は様々な理由がある。里香は、子供のため。アリスは自分の性対象が女性だからまともな職に就けないから。真由は元々地下アイドルだったけれど、芽がでなくてね。それからこの世界だ。」
「男性も様々ですね。」
「あぁ。あんたの方が詳しかったかな。桂は特にあんたを気に入っているようだ。男優はあまり個人の部屋を割り当てられることはないが、あの日、あんたを部屋に呼んだ。特別な目で見てたんだろう?」
その日のことは今でも鮮明に覚えている。自分も桂を見て気になり、そして彼も彼女のことが気になっていた。
ウェイトレスがローズヒップティーをポットのまま運んでくる。空のカップとソーサーをおいて、彼女は去って行ってしまった。
「そうですね。そう言ってましたか。」
カップにお茶を注ぐと、ふわんと香りがたつ。ファミレスのものでも一応ハーブティーだ。綺麗な色をしている。
「聞いたのか?」
「えぇ。個人的に連絡先も知ってますし……。」
「まさか。でも……あんた人妻だって言ってたよな。」
「えぇ。私には旦那がいます。今年五十歳。作家の旦那です。」
「作家?誰だ。俺が知ってるかな。」
「活字を読まれますか?」
「小説はそんなには読まないがな。だがまぁ有名な作家なら。」
「冬山祥吾と言います。」
「冬山?マジか?」
彼は驚いて、コーヒーを思わず吹きそうになった。
「……そして私も作家をしています。彼の指導の元、本を量産している一人になります。」
「あんたも有名な作家ってことか?」
「えぇ。春山と言います。」
彼は髪をぐしゃぐしゃとかきあげると、頭を抱える。
「桂が出る映画のあの原作者か。」
「そうですね。」
「だったら何でプロットなんて書いたんだ。あんた、希望を持たせてやめさせるのが好きなのか?あぁ、そうだろうな。桂にも希望を持たせて捨てるつもりか?」
「そんなつもりはありません。」
「だったら何だ。人妻だって言っておきながら、何であいつに手を出す?冬山があんたを満足させないのか?そんなわけ無いだろう?あいつが……。」
やはり知り合いだったのか。彼女はため息を付いて、カップに口を付ける。
「……レスなのは真実です。だからといって桂さん……いいえ啓治に手を出したわけじゃないんです。」
「……。」
「最初は無理矢理でした。でも徐々に惹かれていった。でも私には祥吾さんがいる。祥吾さんがどれだけ女性に手を出しても、耐えるのが妻のつとめだと思っていたから。」
いつの間にか妻だと言うことだけで自分を保っていた。
「そうじゃないって気が付かせてくれたのか。」
彼女はカップをじっと見て、彼に言う。
「私、セックスが怖かったんです。」
「怖い?どうしてだ。」
「姉が……義理の父に性暴力をふるわれてたのを見ていたので。」
泣き叫ぶ姉の悲鳴が今でも耳に残る。祥吾に組み敷かれると、それをどうしても思い出して震えてしまった。
平気になったのは、結婚して半年が過ぎようとしていた頃だった。
「父は母を殺しました。そのあと自分も死にました。そして姉はどこかへ行きました。でもあの声だけは未だに思い出すことがある。」
「……そう言うネタを撮ったことはあるが、実際そう言う場面にでるとそりゃトラウマになるだろうな。」
嵐はそう言って手を伸ばす。そして彼女の頭に手を当てて、撫でた。それは桂でも祥吾でもない、それでも温かい手だった。
「よく頑張ったな。」
すると彼女の目から涙がこぼれる。こうして撫でられ誉められたことがなかったのだろう。
「だけど桂は平気なのか?」
「……正直怖いときもあります。でもそれよりも彼が好きだという気持ちが強い。だから彼しか見ないことにしてます。」
それだけ彼を思う気持ちが強いのだろう。嵐はため息を付いて、バッグから封筒を取り出した。それは彼女が書いたプロットだ。
「こいつは他の脚本家に持って行くことにしよう。」
「すいません。嵐さん。」
「いいや。気にするな。あんたには「薔薇」が公開されたあとに、また頼むことにしよう。たぶん、そのころには別れきれてるといいんだがな。」
「どっちとですか?」
いつも通りの笑顔になる。彼は笑っていった。
「あんたはどっちと別れたいんだよ。」
「もしもし。」
すぐに嵐は電話に出た。
「今大丈夫か?」
「えぇ。どうしました?」
「プロットをスタッフと見てたんだけどさ。」
「はい。」
「女子高生ものがいいって話になった。これで脚本書いてくれねぇかな。」
「あ……すいません。嵐さん。」
「んだよ。やっぱ出来ねぇって?」
「そうですね。ちょっと事情があって。」
「いいプロットだと思うんだよ。これを他の脚本家で作ったのなんかクソになるだろ?いいから書いてくれよ。」
もう誤魔化せない。そんな気がした。彼女はすっと息を付くと、震える手で電話を持ち直す。
「嵐さん。今お時間は?」
「今、ミーティングが終わって、帰ろうとしているところだ。」
「でしたら、少しお時間をいただけませんか。私すぐ出ますから。」
「会うってことか?うん。いいよ。どこがいい?」
「そうですね。どちらのスタジオにいらっしゃいましたか。」
詳しい話を聞き、結局少し離れているが二十四時間営業のファミレスで落ち合うことになった。
彼女は洋服を部屋着から着替えると、最低限の荷物を手にした。それでも他の人にしてみれば大荷物だろう。パソコン、資料、財布、携帯。それらは仕事をすると言ういいわけに出来るからだ。
「どこへ行くの?」
玄関で靴を履こうとしたら、祥吾に声をかけられた。
「すいません。仕事場に担当者が見えてるみたいです。」
「だったらすぐ帰れるね。あぁ。帰りに煙草を買ってきてくれないだろうか。」
「わかりました。」
お使いものがあるというのは、きっと彼女に煙草という名目とつけて部屋に呼ぶきっかけを作ろうというのだ。そのあと何をするかは、彼女でもわかることだ。
ファミレスにやってくると、禁煙席に嵐の姿があった。嵐は食事をしていなかったらしく、目の前にはカレーを食べた皿が綺麗に残っている。
「すいません。急にお呼び出しをして。」
「いいよ。」
周りにはあまり人がいない。平日だからだろうか。別れ話をしているカップルや、仕事帰りのサラリーマンなんかが疲れた顔をして食事をしている。
「すいません。ローズヒップティーを。」
「かしこまりました。」
「食事をしてきたの?」
「えぇ。」
「だったらケーキでも一緒に食べればいいのに。」
「あ、大丈夫です。甘いものは……。」
「苦手?」
「いいえ。好きなんです。でもこの時間に食べると太ってしまうから。」
「ストイックだね。今日の女優に聞かせてやりたいよ。」
「どうでしたか?」
「ちょっと情緒不安定というかね。ヤクザに売られるとばかり言ってたよ。まぁそういう女性も多いけどね。」
彼はコーヒーを飲みながら、ため息を付く。
「この世界に入ってくる子は様々な理由がある。里香は、子供のため。アリスは自分の性対象が女性だからまともな職に就けないから。真由は元々地下アイドルだったけれど、芽がでなくてね。それからこの世界だ。」
「男性も様々ですね。」
「あぁ。あんたの方が詳しかったかな。桂は特にあんたを気に入っているようだ。男優はあまり個人の部屋を割り当てられることはないが、あの日、あんたを部屋に呼んだ。特別な目で見てたんだろう?」
その日のことは今でも鮮明に覚えている。自分も桂を見て気になり、そして彼も彼女のことが気になっていた。
ウェイトレスがローズヒップティーをポットのまま運んでくる。空のカップとソーサーをおいて、彼女は去って行ってしまった。
「そうですね。そう言ってましたか。」
カップにお茶を注ぐと、ふわんと香りがたつ。ファミレスのものでも一応ハーブティーだ。綺麗な色をしている。
「聞いたのか?」
「えぇ。個人的に連絡先も知ってますし……。」
「まさか。でも……あんた人妻だって言ってたよな。」
「えぇ。私には旦那がいます。今年五十歳。作家の旦那です。」
「作家?誰だ。俺が知ってるかな。」
「活字を読まれますか?」
「小説はそんなには読まないがな。だがまぁ有名な作家なら。」
「冬山祥吾と言います。」
「冬山?マジか?」
彼は驚いて、コーヒーを思わず吹きそうになった。
「……そして私も作家をしています。彼の指導の元、本を量産している一人になります。」
「あんたも有名な作家ってことか?」
「えぇ。春山と言います。」
彼は髪をぐしゃぐしゃとかきあげると、頭を抱える。
「桂が出る映画のあの原作者か。」
「そうですね。」
「だったら何でプロットなんて書いたんだ。あんた、希望を持たせてやめさせるのが好きなのか?あぁ、そうだろうな。桂にも希望を持たせて捨てるつもりか?」
「そんなつもりはありません。」
「だったら何だ。人妻だって言っておきながら、何であいつに手を出す?冬山があんたを満足させないのか?そんなわけ無いだろう?あいつが……。」
やはり知り合いだったのか。彼女はため息を付いて、カップに口を付ける。
「……レスなのは真実です。だからといって桂さん……いいえ啓治に手を出したわけじゃないんです。」
「……。」
「最初は無理矢理でした。でも徐々に惹かれていった。でも私には祥吾さんがいる。祥吾さんがどれだけ女性に手を出しても、耐えるのが妻のつとめだと思っていたから。」
いつの間にか妻だと言うことだけで自分を保っていた。
「そうじゃないって気が付かせてくれたのか。」
彼女はカップをじっと見て、彼に言う。
「私、セックスが怖かったんです。」
「怖い?どうしてだ。」
「姉が……義理の父に性暴力をふるわれてたのを見ていたので。」
泣き叫ぶ姉の悲鳴が今でも耳に残る。祥吾に組み敷かれると、それをどうしても思い出して震えてしまった。
平気になったのは、結婚して半年が過ぎようとしていた頃だった。
「父は母を殺しました。そのあと自分も死にました。そして姉はどこかへ行きました。でもあの声だけは未だに思い出すことがある。」
「……そう言うネタを撮ったことはあるが、実際そう言う場面にでるとそりゃトラウマになるだろうな。」
嵐はそう言って手を伸ばす。そして彼女の頭に手を当てて、撫でた。それは桂でも祥吾でもない、それでも温かい手だった。
「よく頑張ったな。」
すると彼女の目から涙がこぼれる。こうして撫でられ誉められたことがなかったのだろう。
「だけど桂は平気なのか?」
「……正直怖いときもあります。でもそれよりも彼が好きだという気持ちが強い。だから彼しか見ないことにしてます。」
それだけ彼を思う気持ちが強いのだろう。嵐はため息を付いて、バッグから封筒を取り出した。それは彼女が書いたプロットだ。
「こいつは他の脚本家に持って行くことにしよう。」
「すいません。嵐さん。」
「いいや。気にするな。あんたには「薔薇」が公開されたあとに、また頼むことにしよう。たぶん、そのころには別れきれてるといいんだがな。」
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いつも通りの笑顔になる。彼は笑っていった。
「あんたはどっちと別れたいんだよ。」
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