セックスの価値

神崎

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対面

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 自分にも非がある。だから今日のことはすべて忘れましょうと、春川は気にしている浜崎に言った。このことがきっかけで彼が彼女の担当を「降りたい」と言っても仕方ないだろう。
 コーヒーカップを片づけて、彼女は仕事場へ向かった。そして資料を取り出す。今度は北川のところの仕事をしなければいけない。
 秘書の方の情報は資料で何とかなった。知り合いの秘書の人に、話も聞くことが出来たし、実際の仕事もだいぶ見せてもらえた。
 だが出張ホストは一度見たきりだ。やはりそれだけでは資料が足りない。彼女はため息を付いて携帯電話のウェブページを開いた。
「自分で雇うしかないか。」
 面倒だな。さっきの浜崎の例もある。だが彼らにはきっと理性があるだろう。
 知っている顔ではなくて、全く知らない人がいい。だが検索すればするほど、AV男優というのは少ない。思った以上に人がいないのだ。
 確かにあのライトの中、大勢の人に好奇の目で見られ、勃起させて女をヨガらせる。そんなことが出来る人は限られてくるだろう。おそらく昼間に見た「薔薇」の主役である玲二には出来そうにない。確か彼にもベッドシーンはふんだんにあるが、桂のように演じきれるのだろうか。
 英子のように「降りる」と言いかねないだろう。それくらい桂を起用したというのは、あらゆる意味でチャレンジだったのかもしれない。
「ホストクラブねぇ。」
 ホストクラブにはいるかもしれないな。出張ホストをするような人が。
 彼女は仕事用の携帯電話を手にすると、電話を始めた。しかし出ない。北川は忙しいのかもしれない。あきらめて携帯電話を置く。
 そのとき電話が鳴った。相手は北川だった。
「もしもし。」
「すいません。ちょっと手が放せなかったのですが、どうしました?」
「この間のホストクラブの話なんですけど。」
「行く気になりました?」
「出張ホストの情報が乏しいので、ノーマルなホストクラブなんかにもそういう方がいるかもしれないと思ってですね。」
「わぁ。同期に好きな子がいるんで、良いところがあるか聞いてみます。楽しみですね。」
「えぇ。出来れば話が聞けるようなところがいいんですけど。」
「任せてくださいよ。」
「頼もしいですね。では宜しくお願いします。」
 北川はそういって電話を切った。まだ仕事が終わらず、彼女はまだ職場にいたのだ。だが仕事が終わるめどが全く立たない。
「あー。疲れたー。肩バキバキ。」
 肩に手をおいて首を回す。必要な書類は明日の昼だ。いっそ明日朝残業して、仕上げてしまおうかと思う。時計を見ると二十一時。夕御飯も食べていないし、缶コーヒーだけではお腹が空いた。
「あれ?まだいたの?」
 続き部屋になっているオフィスだ。北川の職場の隣はゴシップ紙で、そこには青木の姿がある。
「あ、お疲れさまです。」
「仕事終わらないの?」
「うーん。めどが立たなくって。」
「打ち込むだけだろ?さっさとやってしまえばいいのに。」
「始めたのが就業時間じゃ、終わりませんよ。」
 そういって彼女はまた画面に目を移す。
「どれ?」
「何ですか?終わったんでしょ?もう帰るんじゃないんですか?」
「手伝うよ。」
「大丈夫です。」
「無理だよ。こんな量だし。君、残業時間今月何時間付いてると思ってんだよ。」
 そういって青木は隣にあるパソコンの電源を入れた。
「パスワードってデスク番号だっけ?」
「そうです。」
 起動が終わると、彼は慣れた手つきでデータを入れていく。早いし、正確だ。見た目はチャラいが出来る人だというのは本当で、スクープ記事だけではなくこういった事務作業も得意なのだろう。
「……このデータはいつの?」
「二年前にさかのぼって出してくれってことだったんで。」
「そう。それと一年前、今年の対比か。まぁ部数は伸びてるよね。うちの会社でも珍しいけど。」
 無駄話をしていても手は早い。
「それにしてもどうしてこんな作業をしてるの?」
「ここの部署の事務担当がずさんな会計報告して、退社したんですよ。その尻拭いです。」
「なんて言うか……君も貧乏くじを引くねぇ。誰もしてないじゃん。」
「イヤならしなくても良いですけど。」
「別にかまわないよ。仕事は嫌いじゃないし。」
 あくまで爽やかだ。人気があるのもわかる。
 自分一人では終わるかわからなかったその作業は、やっと二時間後、やっと終わった。
「あー。終わった。」
「お疲れ。頑張ったね。」
 そういって彼はパソコンの電源を切る。
「もう十一時か。疲れたー。」
「北川さんお腹空かない?飯行かないかな?」
「……青木さんと行ったら噂になりますから遠慮します。このお礼はいずれ。」
「気にする必要ないよ。何だったらつき合えばいいじゃん。」
「青木さんと?彼女いたじゃないですか。」
「別れたんだよ。あたしと仕事どっちがいいのって。」
「何その今時の小説でもないような台詞。」
 思わず笑ってしまった。その笑顔に、青木は少しドキリとした。同期の中でも仕事が出来て、難しいと言われている春川の担当だけではなく、ライターの面倒も見ている北川。いつも難しい表情をしていると思ったのに、こんな笑顔を浮かべることが出来ると思ってなかった。
「……どうしたんですか?」
「つき合おうか。」
「何、冗談言ってんですか。さてと、帰りましょうか。」
 荷物をまとめて、バッグに入れた。するとその手を青木が掴む。
「何?」
「冗談じゃないって。君のこと気になってたんだから。」
「やです。彼氏がいるし。」
「別れたんだろ?聞いたことあるよ。」
 元彼のことを言っているのだろうか。そんな人、もう心のどこにもいない。彼女は達哉とセックスをしたあの夜。彼氏の連絡先を消してしまった。それにその連絡先からは、着信拒否をしている。
「……違う人とつき合ってるんで。」
 言葉ではそういっている。だが達哉からの連絡は相変わらずない。きっと他の女の股に、自分を入れ込んでいる。それを知っているが、それが彼の仕事なのだ。
「誰?この会社の人?」
「違います。青木さんの知らない人です。」
「俺の知らない人?それにつき合ってるって……結構、最近?別れてあまりたってないのに?本当に好きなの?そんな人。」
「好きですよ。」
 あぁ。何でこんなことを言わないといけないんだろう。早く帰りたいのに。終電に間に合わなかったら、タクシー代を請求してやろうか。そう思ったときだった。振り払った手を再び捕まれる。
「やめてください。」
「やめない。」
 彼はその手を引っ張ると、彼女の体を包み込むように抱きしめた。
「やだ。冗談じゃす……。」
 ぐっと顎を捕まれて、上を向かされる。そして彼の顔が近づいてくる。拒否しないと。何をしてでも拒否しないといけない。彼女は彼の体に手のひらで押す。衝撃で彼は彼女から離れた。
「やめて。」
 そのときオフィスのドアが開いた。警備員が見回りに来たらしい。
「まだいらっしゃいましたか。」
「すいません。もう出ます。」
 北川はバッグを手にすると、いすを元に戻して出口へ向かっていく。その後ろを青木もついて行くように向かっていった。
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