セックスの価値

神崎

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対面

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 桂と絹恵のシーンは誰もが息を飲んだ。美しい裸体は背中のみだったが、それは白く艶めかしく、男たちは前屈みになる人も多かった。
 そして桂の裸体はいつも通り綺麗だった。それだけではなく、絹恵の演技に押されないように必死に演じている。それを見る春川は、ぎゅっと拳を握っていた。牧原だけが冷静に、OKの声を出す。それでやっとみんなが我に返った。
「綺麗。超色っぽいねぇ。」
「マジでしてるかと思った。すげぇな。」
 パンツだけは穿いていた絹恵に、スタッフがバスローブを持ってくる。桂は上半身しか露出していないのでそのままセットを離れた。
 そこには玲二の姿もあった。彼はぐっと唇を噛んでいるようだった。彼もまた「たかがAV男優だ」と思っていた一人なのだろう。
「桂さん。」
 絹恵が彼に声をかける。
「どうしました?」
「今日はOKが出たけれど、あまりベッドシーンでアドリブ入れないで頂戴。」
「あ、すいません。つい癖で。」
「いいの。でも若い男とアレコレするなんて、久しぶりだったから若返ったようだったわ。」
 微笑んだ彼女は本当に色気のある人だった。
「失礼ですけど、おいくつでしたっけ?」
「女性に歳を尋ねるものじゃないわ。まぁでも良いわ。牧原より十歳上。もう今年で五十になるの。」
「でも肌は二十代でしたよ。」
「お上手ね。」
 そういって彼女は少し笑い、楽屋の方へ歩いていった。
 五十といえば祥吾と一緒の歳だ。春川はそう思いながら、そのセットをぼんやりと見ている。
 もしかして、祥吾は彼女と何かあったのだろうか。だから何もかも知っているのだろうか。
 そのとき彼女のお尻のポケットにに入れておいた携帯電話のバイブが鳴り出す。それに我を取り戻して、彼女もスタジオを後にした。

 祥吾は最近機嫌が良い。おそらく春川と久しぶりにセックスをしたからだろう。彼女が打ち合わせをして、そのまま仕事場で仕事をするといってもあまり文句を言わなかった。
 その日も食事を一緒にして、そのまま片づけを終えると家をでた。
 編集者との約束の時間が迫っている。彼女は車を走らせて、マンションへ向かう。そして駐車場に着くと、荷物を手にしてエレベーターへ向かった。駐車場から直で部屋に上がれるのはとても便利だ。
 そして部屋にたどり着くと、電気をつけてエアコンをつけた。夜はだいぶ冷えるようになったからだ。そしてお湯を沸かす。その間、春川は携帯電話を手にした。そして牧原絹恵のことを検索する。
 すると離婚歴があるらしい。一度目の結婚は小説家だった。著名な小説家だったが、もう亡くなっている。未亡人になった彼女に声をかけたのは牧原らしい。どうやら年下の男が好きらしく、その小説家も年下だった。
「……遠藤守?」
 その小説家はよく知っていた。ミステリー作家で、彼女も何冊か本を持っている。シリーズ化された髭の五郎はわくわくしながら読んだものだ。
 人気絶頂だったが、どうしてか自殺をしている。それを見つけたのが妻であった絹恵。そしてたまたま彼の元を訪れていた祥吾だった。
 それで知っていたのか。彼女は納得した。しかしどうして祥吾がその場にいたのかはわからない。彼の口から遠藤守の話を聞いたことはないし、ましてや絹恵の話は聞いたことがない。
 お湯が沸いて、携帯電話をおいた。そしてそれをポットに入れ、余ったお湯でコーヒーを入れる。そして仕事場へ向かい、ノートパソコンをリビングに持ってきて電源を入れた。そのときチャイムが鳴る。
 彼女は席を立つと、玄関を開けた。そこにはグレーのスーツを着た男が立っている。
「浜崎さん。どうぞ。」
「お邪魔します。」
 いわゆる細マッチョという感じの地味な男。本来なら官能小説などの担当は的外れなのだろう。本来ならスポーツ関係の雑誌の担当になりたかっただろうに。
 彼は体が鍛えられているという理由だけで、夏頃からここの担当になった。その前はゲイのための雑誌の担当で、よくお尻を狙われたと笑いながら言っていたのを覚えている。
「部屋を借りて貰って良かったですよ。ホテルもそんなにとれるわけでもないし、内容が内容なだけに外で話すようなことでもないですから。」
「そうですね。最近何となくわかってきましたよ。」
「やっとわかりましたか。」
 彼はそういってソファに座る。彼女はコーヒーをもう一杯入れると、彼に差し出した。
「どうぞ。」
「あ、すいません。ありがとうございます。」
「まだ若いんだし、夜でもコーヒーいけますよね。」
「そうですね。」
 彼はコーヒーを一口飲むと、テーブルにカップを置く。春川はその向かいに座り、ソファの上に足をのせる。そしてバッグからデーターの入ったメモリースティックを取り出すと、彼に渡した。
「拝見します。」
 彼もバッグから小型のパソコンを取り出すと、それを起動する。彼女はパソコンを膝にのせた。そしてさっきまでしようとしていた文字のチェックを始める。
 細い腕、細い足。それが惜しげもなく彼の前にさらされる。そしてここは密室。男と女の二人きりなのだ。その状況に彼は思わず生唾を飲んでしまう。
「どうしました?」
「いいえ。何でも。」
 まずい。まずい。家に帰れば、彼には妻がいる。妻は妊娠八ヶ月。随分妻の肌に触れていないが、はちきれそうに大きくなったお腹には自分の子供がいるのだ。愛の結晶。それを無碍には出来ないのだ。
「先生。この表現なんですが。」
 文字のチェックをしていた彼が、彼女に声をかける。すると彼女は身を乗り出して、彼に近づこうとする。しかしテーブルが邪魔で思ったよりも近づけない。
 すると彼女は立ち上がり、彼の隣に座った。
「どれですか?」
 眼鏡をかけている。いつもはかけていないし、パーカーを羽織っているとはいえ、シャツは襟があいていてその距離から白いものが見えそうだ。
「あぁ。そうですね。その表現だと伝わりにくいかも。すぐ修正します。」
 彼女には旦那がいるという。詳しい話は聞いていないが、随分年上でしかもセックスレスらしい。彼女はそれでかまわないといっていたが本当にそれでいいのだろうか。
 自分より年下。だが二十五歳だという。自分がそれくらいの時には、最初に入った会社で先輩の言いつけで慣れないナンパをしてその場限りの関係を繰り返していたこともある。
 男と女にその差があるのかもしれないが、女に性欲がないというのは嘘だ。証拠に彼女が書くその小説の読者は、半分くらいは女性なのだ。文章だけで想像し、自慰をするために読んでいるのだろう。
「先生。」
 名前を呼ぶ。その声に彼女は手を止めて、彼の方を向く。もうすでに向かいではなく、横に座っていてまるで恋人のような距離感だった。
「何ですか?」
 彼はパソコンをテーブルに置くと、彼女の膝の上にあったそのパソコンもテーブルに置く。急にパソコンを取られて、彼女も驚いた表情だ。
 急に彼の大きな手が彼女の細い手首を掴んだ。
「何っ?ちょっと……何ですか?」
「そんな格好をして、誘ってるんですか?」
「何言ってんですか?馬鹿じゃないの?」
 手首をふりほどこうとして、彼女はその捕まれた手を振り払おうとした。しかし男の力だ。それをふりほどくことは出来ない。
「やめて!」
 だが彼はそれを止めない。そして彼女の手首ごと体をソファに押しつけると、その唇に唇を重ねた。
「んっ……。」
 キスをすればきっと彼女はあきらめる。ぐっと閉じていた唇を舌であけて、舐め回すようにキスをした。
 だが唇を離したとたん彼女は手首を振り払うと、彼の頬を叩く。
「やめろって言ってんだろ?この馬鹿!性欲の抑制も利かない編集者なんて、いらないんだよ!」
 その言葉に彼はぼんやりと彼女を見た。
「……子供が産まれるんですよね?」
「……すいません。」
 絞り出すように彼は謝る。彼女はため息を付くと、ダイニングテーブルの方を見る。
「そっちでしましょう。私も無防備すぎたかもしれませんし。」
 ダイニングテーブルに彼を案内すると、彼女もパソコンを向かいでまた開いた。
「それにしても……。」
 向かいに座る浜崎を見て、彼女は心の中で笑う。
「どうしました?」
「いいえ。何でも。」
 稚拙すぎて驚いた。やはり桂や祥吾のようなキスはこんな一般の人には出来ないのだろう。
 彼は本当に今日来るのだろうか。あの後撮影もあると言っていた。今日は来れないかもしれない。
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