セックスの価値

神崎

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 浜崎の奥さんはショックで破水し、今も病院にいる。母子ともに危険な状態だという。だが土方は春川にいった。
「あなたには何の責任もないと思いますよ。出版社の方からも、担当者が誰なのか伝えないとは伺っていますし。」
 奥さんにしてみれば、春川のせいで死んだと思うかもしれないのだ。その危険性から彼女を守るための行動ともいえよう。
「……土方さん。浜崎さんはどっち向きに倒れていたんですか?」
「どっち向き?」
「前から?後ろから?」
「あぁ。後ろ向きです。綺麗な死体でしたね。まるで眠っているような。」
「……不自然ですね。まるでもう今から死ぬことを想定していたかのような。」
「えぇ。それは警察も思っていたことです。彼の自殺は衝動的ではないのかもしれないと。」
 出口へ向かい、土方は足を止めた。
「春さん。」
「はい。」
「この件ではないのですが、あなたのお伝えしたいことがあります。」
「……姉の件ですか?」
「えぇ。」
「それは結構ですと言ったはずです。もう何も思いたくない。姉のことは生きていても、死んでいてもかまいません。」
「血の繋がりのある姉でしょう。」
「血の繋がり?」
 彼女は少し笑う。その顔は十年前、取り調べを受けていたあのときの顔だった。ぞっとして何も言えなかったのを覚えている。
「戸籍の繋がりとか、血の繋がりなんてどうでも良いです。私は私なりの幸せを見つけたんです。姉もそうしてくれればいい。そのうちに運命の糸が重なることはあるかもしれませんが、それ以上私は姉と関わりを持ちたくありません。」
「春さん。」
「もう警察なんかに関わりがなければいいのですがね。」
 そのとき外が騒がしくなった。パトカーや白バイが急に停まったのだ。
「何?」
「あぁ。今日でしたか。」
「……何か?」
「女優側に何の連絡もなく、強姦シーンをAVとして発売しようとしたメーカーに捜査が入ったんですよ。」
「つまり……本当にレイプしたということですか?」
「えぇ。この国でポルノを発売するには、ある程度の制約が必用ですがそれをすっ飛ばして発売しようとしたのでしょう。それも強姦モノですから、罪を犯していることを堂々と世に晒そうとしていたのですから、あまり頭が良くない。」
 嵐によると、そういう会社は少なくないらしい。嵐もフリーではあるから、会社にそういう作品を作って欲しいと言われれば撮ることもある。しかしそれはすべて女優の合意、男優の合意、ある程度の順番を経て作るものだ。
「道をあけてください。」
 ジャンパーを掛けられた男が数人、警察に引き連れられ彼女の前を通っていった。彼女はその姿を見て、ため息をつく。
「どうしました?」
「いいえ。そういうネタを私も書いたことがあります。官能小説ですし。こういう作品を書いて欲しいと言われれば黙って書くこともあります。ですが、勘違いする人も多いのでしょう。それを勘違いさせたのは、私の責任でもありますね。」
 その言葉に土方は初めて微笑んだ。
「一応、男には理性があります。あなたの作品を読んだからといって、強姦に走るような男は頭が足りないのですよ。」
「土方さんも案外、毒舌ですね。」
「そうですか?さぁ。遅くなってしまいましたね。送りましょうか?」
「いいえ。車で来てますから。」
「そのまま家に?あぁ、結婚していると言ってましたね。旦那様からは何もいわれませんでしたか。」
「仕事場にいましたので、連絡だけはしましたが。」
「まるで倦怠期の夫婦だ。」
「よく言われます。土方さんも早く再婚すればいいのに。」
「仕事ばかりしていたら、逃げられたんです。再婚しても同じことになるのは目に見えてます。」
 警察署を出て行く春川を見て、土方はため息をつく。笑顔は変わらない。彼女は昔から笑顔で、事実だけを語り、その笑顔の裏は誰にも見せることはなかった。誰よりも疑われて、誰よりも苦しんだはずなのに。
 だからこそ彼女を疑う人も多かった。だが今は違う。彼は携帯電話を取り出した。その携帯電話にある写真。そこにはある女優が写っている。

 祥吾からの連絡はない。眠っているのか、セックスをしているのかわからないがとりあえず既読はつかない。
 一応そっと彼女は家に帰る。すると玄関が見えた。そこには祥吾の下駄と、可愛らしいパンプスがある。それを見て彼女はそっと玄関を閉めて、また家を出ていった。
 マンションにつくと、一応彼女は祥吾にメッセージを送る。取り調べが終わったこと、そして担当が土方だったこと。
 そしてもう一件メッセージを送る。それは啓治にだった。彼の返信はすぐに来る。
「部屋で待ってる。」
 彼女は少し笑う。まるで啓治の方が夫のようだと。きっと祥吾は手にいれたモノに、興味がないのかもしれないのだ。だからちらっと男の影が見えたら、取られるかもしれないとセックスをした。それで満足しているらしい。
 そんなものじゃない。彼女のセックスの価値はそんなものじゃないのだ。
 彼女は啓治の住んでいる階数にやってくると、その部屋のドアのチャイムを鳴らす。すると彼はすぐに出てきた。
「思ったより早かったな。」
「うん。知り合いの警察の人だった。」
 すると彼は玄関ドアを閉めると、彼女の体を抱きしめた。
「あー。やっとあんたとセックスできると思ったのに。」
 すると彼女は少し笑う。
「あぁ。もしかしてオナニーでもした?」
「するだろ?裸で抱き合って、いざって時だったんだし。」
「だったらまだ出来るの?昼もしたんでしょう?」
「俺が満足できなくても、あんたを満足させたい。それで俺が満たされるから。」
「まるで聖人ね。お風呂、入っていい?」
「だーめ。匂いかぎたい。」
「やめてよ。変態。」
 そう言って彼女は彼から離れようとした。
「だったら一緒に入ろうか。」
 離れようとしたその手をつかみ、彼女の着ていたパーカーを脱がせようと手をかける。そしてその指輪を外した。
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