セックスの価値

神崎

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 地図を片手に春川は隣に充を乗せて軽自動車を進めていく。横に乗るのが桂ではなく、充というのが春川にとって不満だった。だが彼は正確に道案内をしてくれる。
「いて良かったな。」
 上機嫌に彼が聞いてくるのを聞いて、納得はしたがそれを素直に「そうね」というのはしゃくに障る。
「でもこの道で合ってるの?どんどん山奥になるけど。」
「いいんだよ。限界集落っつーの?それも通り越した無人の集落をスタジオにしてるところがあってさ。和室とかを撮りたいときはそういうところを借りたりするんだとさ。」
「そんなものなのね。」
「何だよ。お前風俗ライターの割にはそんなこともしらねぇのか?」
 そういう一言がかちんと来るのだ。
「SMは初めて見るわ。」
「お前、Mっぽいけどな。」
「そんな趣味はないわ。打たれたり縛られたりして何が楽しいのかしら。」
「それだけじゃねぇよ。言葉責めとかさ。鼻フックとかさ。」
「なんか辛そうね。」
「やってみればいいさ。新しい世界が開かれるかもな。」
「イヤよ。そんな世界開きたくない。ここ、どっち?」
 分かれ道に繋がり、彼女は彼に道を聞く。
「左。」
「OK。」
 やがて集落にたどり着く。つい最近まで人が住んでいたのだろう。畑も、田圃もそこそこあるが手入れはされていない。雑草が生い茂っている。
 その中の一つの家。集落の中でもちょっと大きな家だった。庭もあれば、その先にはちょっとした畑もある。誰かが今でも住んでいる家のようだと彼女は思った。
 その少し横に見覚えのある白いワゴン車と白い車が停まっていた。その横に彼女も車を止めて、荷物を出す。充もそれに習って荷物を出した。彼の荷物はカメラなんかもある。写真も撮るのかと、彼女は見てみないふりをした。
 充はどこかの出版社に籍を置いているようではないようだ。撮ったり書いたりして、出版社に売るらしい。
 春川の場合は少し違う。彼女は出版社に籍を置いていないが、出版社の方から依頼が来て取材に行くスタンスを持っている。そっちの方が、取材といういいわけが出来るからだ。
 今回の取材は確かに春川が望んだものだ。確かにハードなSMは彼女の望むところではないが、ノーマルなものはワンパターンになりがちだ。そこで少しスパイスを入れるつもりでこの仕事を受けたのだが、早くも後悔しそうだった。
 玄関を入り、スタッフに案内された監督の所。監督は嵐だった。彼はいつも通りのテンションに見えたが、机の上には極太のバイブや浣腸まである。
「スカトロする気ですか?」
「明日な。今日はドラマシーンと絡みはあるけど、そこまでハードじゃねぇよ。」
 充は置いてあるプロットや台本に手を伸ばす。そして彼は驚きの目でそれを見た。
「明奈じゃん。」
「お?お前なら知ってると思ったぜ。」
「有名な女優さん?」
「お前しらねぇの?少し前までAVで大人気だったんだぜ。清楚系でさ。復帰作ですか?」
「あぁ。あんなことになっちまったら、こういうことでもしないと取ってくれる事務所がなかったんだろ?」
「こんなこと?」
「あぁ。なんかヤクザに入れ込んでさ、ヤク中にされたって。執行猶予が終わって、病院からも退院できたからから復帰作ってトコなんだろ?」
「その通りだよ。まぁ、一度ケチの付いた女優だし、もう歳なんだからな。」
「いくつだっけ?」
「プロフィールでは二十七って言ってるけど、もう三十くらいじゃねぇかな。」
 嘘だらけの世界だ。そういえば里香も歳をごまかしていると言って笑い飛ばしていた。そんなものなのかもしれない。
「それにしても二人で来るとはな。いつの間に仲良くなったんだ。」
「仲良くありませんよ。」
 そういって春川は横を向いた。それをおかしそうに嵐は見ている。あまり力の入らない相手のようだ。桂とは違う意味で、彼女が楽になれるだろう。だが彼女は何も思っていない。きっと充のことは眼中にもないのだ。
「楽屋の中見て良いですか?」
「あー。今準備していると思うけど、あんまり邪魔にならねぇなら。」
「ちなみに男優誰ですか?」
「竜と史也って奴。あと汁男優が明日来るけどな。」
「へぇ。竜さんね。竜さんがメイン?」
「そうそう。あいつSM慣れてるからな。」
 そんな言葉を後ろで聞きながら、彼女は部屋を出ていく。引き戸のドア。監督の部屋とはいえ四畳半くらいしかなかった。女優の部屋はもっと広いはず。未亡人の役なら、きっと和装の喪服を着るはずだ。
 脱がせやすいようにきっと着付けるはずだ。どんな感じで着ているのだろう。気になる。
 だがさっきの充の言葉も気になるところだ。
「ヤク中の女優の復帰作だ。」
 薬に手を出すような女優だ。きっと精神も不安定になってる。そんな相手とは関わらない方がいいだろう。
 山の上にあるここは、少し曇れば雪になるかもしれない。気温だって平地より格段に寒いのだ。そんな集落に住む人たちはどんな人たちだったのだろう。
 きっと自分たちと何の変わりもなく、平凡に暮らしていたのだろう。だけど都会の方が何かと便利だ。それに引き寄せられてここを去っていったのだろうか。
「……春?」
 声をかけられて、春川は振り返った。そこには一人の女性が喪服を着て立っている。それが明奈だった。
「……。」
 しかし彼女はその人に声をかけられなかった。
「……春なの?」
「……違います。」
 顔を逸らし、彼女は否定した。だがその人を彼女は知っている。
「……春。」
「違うって言ってるでしょ?」
 手が震える。春川は廊下を駆けだして、嵐の部屋へ向かった。そしてドアを開けるとすぐに部屋にはいる。
「どうしたんだ。春川。顔色が真っ青だぞ。」
「すいません……。ちょっと体調が優れなくて……。」
「休むか?」
「いいえ。帰ります。すいません。誘っていただいたのに。また今度お願いします。」
 するとその横でバイブを手にしていた充が春川を心配そうに見る。
「どうしたんだ。」
「何でもないわ。あなたはゆっくり取材をして。」
 バッグを持つと、彼女は部屋を出ていった。
「春。」
 か細い女性の声が後ろから聞こえる。しかし春川はそれを無視して、車に乗り込んだ。エンジンをかけると、充も助手席に乗り込んでくる。
「何で?」
「別に良いだろ?あんた、あの道を一人で帰るつもりか?」
「何とでもなるから、あなたはここにいて良いわ。」
「遭難する気か?」
 それだけじゃない。春川の様子が明らかにおかしい。それを見捨てるほど、充も無慈悲ではなかったのだ。
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