セックスの価値

神崎

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 タクシーを呼んだと、祥吾は春川の送迎を断った。きっと帰るのは家ではない。珍しく外に出たのだ。女の所へでも行くのかもしれない。
 タクシーに乗り込んだ祥吾。そのタクシーのテールランプを見送り、彼女はまたマンションの中に入っていった。そして家の中にはいる。ダイニングテーブルの上には二人で食べたケーキの箱や皿がまだ置いてあった。
 彼女はそれを手にして、キッチンへ向かう。
 その時、玄関のドアが開く音がした。彼女はキッチンから玄関の方を見るとそこには桂がいる。
 彼は少し怒ったような表情だった。そのまま彼女の方へ近づいてくる。
「何?」
 思わず体を後退させた。それを追いかけるように彼がどんどんと近づいてくる。
 壁に追い込まれ、彼は彼女の手首をつかんだ。そして壁にその手首を押しつけると少し屈み、その唇にキスをする。軽く触れ、それを何度も繰り返す。
 ちゅっちゅっと音はするが、激しい行動の割にはそれ以上のことはしない。正直、もどかしい。
「啓……。」
 言葉を発しようとしても、また唇を奪ってくる。
「ちょ……。」
 思わず顔を下に向けた。するとつかんでいる両手のうち、片手を離すと、顎の下に手を置かれる。そして上を向かされると再び唇を合わせてきた。
 軽く一度キスをしたあと、今度は唇自体を舐めあげてくる。
「んっ……。」
 その行動に思わず顔をしかめてしまった。すると彼はますます不機嫌そうに彼女をのぞき見る。
「何かされたのか?」
「え?」
「だからイヤなのか?」
「祥吾さんに?」
「旦那だもんな。しても仕方ないかもしれないが……。」
 すると彼女は首を横に振る。
「何も……いいえ……。」
 彼には正直でいたかった。だから彼女は正直に言う。
「頬にキスをされた。」
「それだけ?」
「それだけ。」
 寝たと言っていた。だからここでセックスをしたのかと思ったのに、思った以上に彼は淡泊だったのか。彼は少しため息を付いてその手を離す。
「悪かった。妙な勘ぐりをして。」
「無理もないわ。でも……携帯を見られたの。」
「携帯を?」
 そういうことに備えて連絡は最小限にしておいたし、文面だけでは連絡を取り合っているようには見えないようにしていた。だから関係を疑われることはないと思ったのだが。
「祥吾さんも……疑っているのね。きっと。」
「……春。やはり……。」
 こんな関係をやめよう。そう言われると思った。だから覚悟した。
 この関係は不倫だろう。いくら愛していると言っても、彼女には旦那がいる。別れ切れなければ、彼とはずっと堂々と手を繋いで歩くことも出来ないのだ。
 その時彼の手が彼女の頬に触れた。
「まだ泣くな。」
「え?」
 涙を拭い、彼はその頬に唇を合わせる。そして耳元で言う。
「祥吾さんに言う。俺にお前を貰えないかって。」
「貰うって?」
「愛しているから、一緒になりたい。そう思うのは当たり前だ。」
 予想していた言葉の逆を言われた。その言葉に彼女は呆然と彼を見る。
「……え?」
「バカの子のように同じことを聞くな。」
 恥ずかしそうに彼は横を向いた。
「一緒に……?」
「そう。一緒になる。イヤか?」
「……。」
 不倫の関係がうまくいくはずがない。それがうまくいけば、ドラマにも映画にもならないのだ。
 だけど一緒になりたい。
 彼女は返事をするかわりに、彼の胸に倒れ込むように体を寄せた。
「イヤなわけ無いわ。」
 すると彼は彼女の体をぎゅっと抱きしめる。
「春……。」
「けど……道のりは険しい。」
「そうだな。」
「祥吾さんにはいつ言うかしら。」
「その時はお前も謝るか?」
「そうね。その時は悪いことをしました。でもお互い様ですねって言うわ。」
 その言葉に彼も少し笑った。
「辛口だな。」
 体を離し、彼を見上げる。彼も彼女を見下ろした。
「優しくキスして。」
「欲求不満が顔にでてる。もっと激しいのくれって言ってるようだ。言葉とは反対だな。」
「やだ。そんな表情をみないで。」
 彼女の後ろ頭を支えるように手を置いた。そして彼女のは背伸びをして彼の首に手を回す。徐々に顔が近づいていく。お互いの唇が少し開いていて、その唇が重なるその時だった。
 携帯電話が鳴る。静かな部屋にいきなりなり響いて、二人は思わず目を開けてしまった。
「何?」
「誰だ。こんな夜中に。」
 時計を見ると、三時を回っている。こんな時間に誰が連絡をしてきたのだろう。
 彼は彼女を離し、バッグから携帯電話を取り出す。しかし彼の電話ではない。しかし彼女はその着信音に聞き覚えがあった。自分の携帯電話ではない。そっと着信音が聞こえるところに足を進める。
 そこはダイニングテーブルの下だった。
 見覚えのある携帯電話。それを手にする。それは祥吾のものだった。そしてその着信の主は自宅。きっと祥吾が鳴らしているのだろう。
「出るわ。いたずらしないでね。」
「保証はしない。」
 電話の通話を押すと、祥吾の声がした。
「もしもし。」
「祥吾さん。私です。」
「春。携帯を君の職場に忘れていったようだ。悪いが、使う用事がある。持ってきてくれないか。」
 もうそのまま自宅にいろと言うことだろう。桂のことを信用したように見せかけて、結局何も信用していない。
「わかりました。もう少ししたら帰ります。」
「頼んだよ。」
 結局今日は何も出来なかった。でも収穫はある。彼女は振り返り、桂の体にもたれ掛かった。
「帰らなきゃ。」
「だったらもう少しだけ、こうさせてくれないか。」
「うん。」
 彼の太い腕が彼女の体を包む。ずっとこうしていたい。何度も抱きしめたし、何度もキスをした。しかし抱きしめる度に、胸が張り裂けそうになるほど鼓動が激しくなる。離したくなくなる。それは彼女も同じだった。
「啓治。」
 苦しそうに彼女が名前を呼ぶ。力が入りすぎたかもしれない。そう思って彼は少し離した。すると彼女は腕を首に回し、彼も少し屈むと優しく唇を合わせた。
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