セックスの価値

神崎

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 ピコピコと大音量の音楽が鳴る店内。色とりどりの洋服たち。店内には、女性しかいない。女性専門の洋服屋さんなのだ。といってもギャルなんかはいない。だが店員はどこかのホステスかキャバクラ嬢のような格好をしている。
「あーそれもいいですねぇ。今年はやりなんですよぉ。」
 語尾が延びるのが気になる。春川はそう思いながら、北川に洋服を見積もって貰っていた。
「コートはファー付きですよねぇ。」
「です。です。中のニットに合ってますよぉ。お客さん、足綺麗だから、トレンカとかでもいい感じですねぇ。」
 北川に言わせれば、ホストクラブに行くのにジーパンとジャンパーは無いというのだ。だから少し早めに待ち合わせをして洋服を見積もって貰っていた。
 だが店内に入って、春川は五分で後悔していた。音楽がうるさい。店員の語尾も気になる。
「前の格好でいいのに。」
「前は夏だったでしょ?冬ですよ。今。」
 そう言って水色の綺麗なニットのワンピースを手に持たせた。
「さ、着替えてきてくださいよ。」
「え?」
「実際着てみないとわかんないでしょ?」
 試着室へ促されてカーテンを閉めると、ジーパンとセーターを脱いだ。下着姿になった自分の姿が姿見の鏡に映し出された。
「……。」
 体が丸くなった気がする。太ったとかそういうのではない。正確には、桂に会ってから。彼と体を重ねる度に角が取れていく気がする。
 それに祥吾は気が付いているのだろうか。あのとき以来、彼とは体を重ねていないが、彼女を逃したくないとしているのがわかる。だから帰ってきて欲しいと言った。
 それが彼女がしたい創作活動の妨げになっていると知っているのだろうか。それとも、桂のことについて疑っているのか。
 いや疑っているのは間違いない。桂が彼女に恋愛感情があることに気が付いているのだから。
「春川さーん?まだ?」
 声をかけられて、彼女はあわてたように洋服を身につけた。そしてトレンカも履く。思ったよりも温かい。
「どうですか?」
 カーテンを開くと、店員も北川も驚いたように彼女を見た。
「似合う。すごい。来たときと別人。」
「お客さん。スタイルいいですよねぇ。それにほら、このブレスと服が合ってるしぃ。」
 店員が注目したのは、彼女が左腕にしているブレスレットだった。ソレは桂が初めて彼女にプレゼントしたもので、どうしてもそれだけははずしたくなかったのだ。祥吾との指輪はあっさり取ったのに。

 桂は映画の撮影が、達哉はAVの撮影が終わり、指定された美容室の向かいにあるカフェにいた。サングラスをしている二人に、女性店員同士がこそこそと何か話している。
「芸能人だって。」
「モデルでしょ?すごいかっこいいもん。」
 どうやら二人を見て誤解をしているようだ。桂は元から雑誌なんかにでることがあったので、最近声をかけられることも多くなったが、達哉も女性向けの雑誌に載ることがあるので見たことがあると騒がれることがある。
 だが肝心の二人はどうでもいいようだ。桂はコーヒーをすすりながら、その美容室を見ていた。
「どうせ中に入れねぇんだから、こんなストーカーみたいな真似しねぇでもいいじゃねぇか?」
「でもさ、明日香の話じゃ、行くホストクラブって「prism」らしいですよ。」
「なんかあったっけ?」
「知らないんですか?桂さん。「prism」って涼太がいるんですよ。」
「涼太?」
「ほら、女優に手ぇ出して追い出された奴。」
「あぁ。出来ちまったヤツか。で、あれだ、女優のバックにいたヤクザにフクロにされそうになったヤツ。あいつ、ホストなんかしてんのか。良くできるな。」
「それから、汁男優だったヤツだけど隆彦って。」
「……誰だっけ?」
「どっかほら、すげぇいい大学の学生で……。」
「しらねぇな。」
 ばっさりと言う桂に、達哉はため息を付いてミルクティを口に含んだ。
 その時、美容室から二人の女性が出てきた。それは北川と春川だった。北川は出張ホストの時とあまり変わらないような格好だったが、いつも一つ結びだった髪型は綺麗に巻かれていたし、白いコートもよく似合っていた。
 しかし一番目を引いたのは春川だった。普段しない化粧をしているし、ファーのついている薄紫のコートも普段はみない格好だった。
「あれが春川ですか?すげぇ、いい女ですねぇ。」
 その態度に、桂はその長い足を伸ばして達哉の足をけっ飛ばす。
「なんですか?痛ぇな。」
 案の定、美容室を出て何歩も歩いていないのに、二人組の男に声をかけられていた。だが二人は首を横に振って去っていく。
「行きますか。」
 そういって達哉と桂は立ち上がる。
「しかし春川って思った以上に若いっすね。しかもあんな女があんな文章を書いているなんて、よっぽど経験豊富なのかな。」
「そうでもないだろ?」
「え?」
 桂の言葉に達哉は少し違和感を感じた。確かに対談をしたとは聞いたが、そんなことまで知っているのだろうか。桂もそれを感じて、誤魔化すように言った。
「……普通の女の人だ。経験豊富に見えるのは、取材のたまものだろう?俺にはそう聞こえたけどな。」
「ふーん。なんか取材ばっかしているって、ライターの春川さんみたいだな。あ、今名前違うんだっけ。」
「秋野。」
「秋野……。」
 後ろから見る二人。そのうちもう一人の女性にもう一度達哉は注目した。どこか似ている。化粧をしているが、格好も違うが、誰かに似ている。
「あっ!」
「うるせぇよ。お前。つけるんなら、もっと静かにしろ。」
 そんなことは聞いちゃい無い。達哉は思わず桂に詰め寄った。
「桂さん。あの女、春川って……。」
「やっと気が付いたか。お前、案外鈍いな。」
 少し笑い、彼は二人の後ろ姿を見ていた。
「ってことは……あれ?桂さん。あんた、何であの人のこと気になってないの?」
「何でって?」
「彼女でしょ?」
「……彼女のことについて、いちいち気にしていたら本当にストーカーになるだろ?だから気が進まないって言ったんだ。」
 やがて踏み入れた繁華街。彼女らはとけ込むように、その中を歩いていく。途中で居酒屋や、ホストクラブ、またはホステスの勧誘にあいながらも彼女らはどんどんと進んでいく。
 そしてたどり着いたのは、外装が黒塗りで固められた建物だった。入り口の上にはライトで照らされた看板。「prism」と書いてある。
 入り口にいた呼び込みの男に北川は少し話をしている。その顔は笑顔だった。
 それを見て達哉はぐっと我慢するように拳に力を入れる。
「ここでいいか。」
 桂だけは冷静に、そのホストクラブの向かいにある居酒屋に入っていこうとした。大きな窓がある店で、出てくるのもすぐわかるだろう。
 桂に不安がないわけじゃない。だがじたばたしても仕方ない。コレ以上の嫉妬をしないように、彼は願うだけだった。
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