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姉
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黒で統一されたシックな店内。そして入り口にある熱帯魚が入った水槽。天井からはシャンデリア。まるで別空間に見える。
革張りの黒いソファに案内される。ボックス席ではないのが気に入った。周りの様子がよく見えるからだ。
女性客ばかりの店内。スーツを着た男たち。みんな着飾り、酒を飲んだりしている。
当然、二人にも一人の男が席に着いた。背が高くひょろっとした体型だ。金色のメッシュの髪は綺麗にセットされ、AV男優のようだと春川は思っていた。
「初めまして。タカです。」
名刺を差し出された。黒地の名詞は、本当にホストクラブの人なのだと実感させる。
「明日香です。」
「明日香ちゃんって呼んでいいですか?」
「えぇ。そちらは?」
目の前の男ではなく、周りをきょろきょろと見ていた春川にもタカは声をかける。
「あ、すいません。秋野といいます。」
「秋野ちゃんでいいですか?」
「どうとでも。」
本当に目の前のタカにはあまり興味がないようだ。それよりも周りの客、ホストに目がいっている。それがタカにはあまりおもしろくないようだ。だが態度には出さない。彼もプロなのだ。
「何を飲みますか?リスト。こっちにありますけど。」
「あ、あたしワインがいいな。秋野さん。何を飲みますか?」
ふと彼女はその差し出されたリストに目を落とす。ノンアルコールが少ない。首を傾げて、彼に言う。
「トマトジュース。氷なしで。」
「飲まないんですか?」
「お酒飲めないんですよ。」
ホストクラブに来て、お酒を飲まない。男に興味がない。なぜここにきたのだろう。タカは少し奇妙に思っていた。
「そういえば、真由さんの紹介だって言ってましたね。」
「あ、そうです。」
「じゃあ、お二人も?」
AV女優なのか。そんな風には見えないが、いろんなタイプがいる世界だ。それなら金を落とすいい客になるはずだ。
「違いますよ。」
ずっと黙っていた春川が急に口を開いた。もう一通りいろんなものを見たのだろう。運ばれてきたトマトジュースに口を付けた。
「出版関係。それも男の人が喜ぶヤツ。」
「え?」
男の人が喜ぶ雑誌。それはエロ本だろう。エロ本の編集者というわけだ。
「職場の仲間か何か?」
「えぇ。まぁ。そんなものです。」
「タカさんはキャリアは長いんですか?」
すると彼は少し戸惑ったような表情になる。あまり自分のことを聞かれ慣れていないのだろう。
「半年です。」
「半年でテーブル付かせて貰うなんて、すごいじゃないですか。」
以前、クラブのホステスを取材したとき、そんな人はあまり見なかった。ホストならなおさら席に単独で着かせて貰うことなんか無いだろう。
「まぁ、違うキャリアもあったから。」
「違うキャリア?出張ホストか何か?」
「あー。違ってですよ。俺、前はAV男優だったんで。」
その言葉に春川は思わずトマトジュースを吹きそうになった。まさかAV男優がいるとは思っていなかったからだ。
「AV?」
「あー。引きます?」
「いいえ。特には。最近までそういったことに関わっていたから、ちょっと驚いてしまって。」
コースターにトマトジュースをおいて、彼女は彼をみる。見覚えはない。おそらく桂や達哉のように一本立ちしているAV男優ではないのかもしれない。
「そっか。エロ本の編集者ならそういう人とも繋がりがありますかね。」
「でも何で辞めて、ホストに?実入りいいんじゃないんですか?」
遠慮しないで彼女はタカに聞いてくる。それに北川ははらはらしながら聞いていた。
「あー。AVって言っても俺、女優と絡んだことはないんですよ。いわゆる汁男優。」
「なるほどですね。ぶっかけとかそういうヤツですか?」
やはり絶好調だ。遠慮しないで彼に聞いてくるし、口にはばかるようなことを開けっ放しで聞いてくる。AVの現場なら普通の会話だろう。しかしここはホストクラブだ。場をわきまえてほしい。北川はそう思っていたが、肝心のタカはちょっと驚いたような表情ではあったが、春川にもあわせて話をする。
「ですね。汁だと金にならないから。何発抜いても一律五千円とか。」
「それだけじゃ生活できないでしょう?」
「えぇ。だからホストを。」
「なるほどね。出来ないなら見切りつけても良かったかもしれませんね。」
「だいたい、あれですよ。AVなんてしている人は、ちょっと頭おかしいですから。」
その言葉に、北川もかちんときたようだった。
「どうしてそう思います?」
だが春川は冷静だった。
「あんな人がいるところで立つなんて、普通の人じゃ出来ないから。」
じゃあ何か?達哉や桂は普通じゃねぇのか?北川は思わず持っていたワインをかけてやろうかと思った。しかし春川の言葉は彼女の行動を止める。
「それはプロだからでしょ?がんがんライト当たって、女優によってはスタッフだけですごい人数がいて、それで勃起させられるプロなんですよ。あなたはそれが出来なかった。それだけのことです。」
タカはその言葉にぐっと詰まってしまった。その時後ろから、一人の男が近づいてきた。
「タカ。指名きてる。」
「あ、すいません。涼太さん。すいません。ちょっと席外します。」
「どうぞ。あ、すいません。オレンジジュースください。氷なしで。」
タカが席を立って、代わりに一人の男が席に座った。この男も背が高いが、どうやら筋肉質のようでスーツの上からでもそれがわかる。髪が長く後ろで一つに結んでいたが横や後ろは刈り上げていて、まるで侍のようだと春川は思った。
「すいませんね。タカが失礼なことを言ったでしょう?」
そういって彼は名刺を差し出した。同じ黒地の名刺だ。名前に「涼太」と書かれている。
「……気にしてませんよ。」
すると涼太はふと春川の方を見て、表情を一瞬変えた。
「俺も飲んでいいですか?」
「えぇ。ワインでいいの?」
「えぇ。」
グラスを持ってきて、彼はワインを注ぐ。グラスを三人であわせ、口を付ける。
「秋野さんは飲まないんですか?」
「飲めないんですよ。弱くて。」
「無理に飲まなくてもいいですよ。ホストクラブだからお酒を飲まないといけないなんてルールはありませんし。」
さっきのタカとは全く違う大人の人に見える。柔らかい物腰で、下手に出てくる。
だが涼太は春川を見て、少し昔の女に似ていたことで動揺していたようだった。
革張りの黒いソファに案内される。ボックス席ではないのが気に入った。周りの様子がよく見えるからだ。
女性客ばかりの店内。スーツを着た男たち。みんな着飾り、酒を飲んだりしている。
当然、二人にも一人の男が席に着いた。背が高くひょろっとした体型だ。金色のメッシュの髪は綺麗にセットされ、AV男優のようだと春川は思っていた。
「初めまして。タカです。」
名刺を差し出された。黒地の名詞は、本当にホストクラブの人なのだと実感させる。
「明日香です。」
「明日香ちゃんって呼んでいいですか?」
「えぇ。そちらは?」
目の前の男ではなく、周りをきょろきょろと見ていた春川にもタカは声をかける。
「あ、すいません。秋野といいます。」
「秋野ちゃんでいいですか?」
「どうとでも。」
本当に目の前のタカにはあまり興味がないようだ。それよりも周りの客、ホストに目がいっている。それがタカにはあまりおもしろくないようだ。だが態度には出さない。彼もプロなのだ。
「何を飲みますか?リスト。こっちにありますけど。」
「あ、あたしワインがいいな。秋野さん。何を飲みますか?」
ふと彼女はその差し出されたリストに目を落とす。ノンアルコールが少ない。首を傾げて、彼に言う。
「トマトジュース。氷なしで。」
「飲まないんですか?」
「お酒飲めないんですよ。」
ホストクラブに来て、お酒を飲まない。男に興味がない。なぜここにきたのだろう。タカは少し奇妙に思っていた。
「そういえば、真由さんの紹介だって言ってましたね。」
「あ、そうです。」
「じゃあ、お二人も?」
AV女優なのか。そんな風には見えないが、いろんなタイプがいる世界だ。それなら金を落とすいい客になるはずだ。
「違いますよ。」
ずっと黙っていた春川が急に口を開いた。もう一通りいろんなものを見たのだろう。運ばれてきたトマトジュースに口を付けた。
「出版関係。それも男の人が喜ぶヤツ。」
「え?」
男の人が喜ぶ雑誌。それはエロ本だろう。エロ本の編集者というわけだ。
「職場の仲間か何か?」
「えぇ。まぁ。そんなものです。」
「タカさんはキャリアは長いんですか?」
すると彼は少し戸惑ったような表情になる。あまり自分のことを聞かれ慣れていないのだろう。
「半年です。」
「半年でテーブル付かせて貰うなんて、すごいじゃないですか。」
以前、クラブのホステスを取材したとき、そんな人はあまり見なかった。ホストならなおさら席に単独で着かせて貰うことなんか無いだろう。
「まぁ、違うキャリアもあったから。」
「違うキャリア?出張ホストか何か?」
「あー。違ってですよ。俺、前はAV男優だったんで。」
その言葉に春川は思わずトマトジュースを吹きそうになった。まさかAV男優がいるとは思っていなかったからだ。
「AV?」
「あー。引きます?」
「いいえ。特には。最近までそういったことに関わっていたから、ちょっと驚いてしまって。」
コースターにトマトジュースをおいて、彼女は彼をみる。見覚えはない。おそらく桂や達哉のように一本立ちしているAV男優ではないのかもしれない。
「そっか。エロ本の編集者ならそういう人とも繋がりがありますかね。」
「でも何で辞めて、ホストに?実入りいいんじゃないんですか?」
遠慮しないで彼女はタカに聞いてくる。それに北川ははらはらしながら聞いていた。
「あー。AVって言っても俺、女優と絡んだことはないんですよ。いわゆる汁男優。」
「なるほどですね。ぶっかけとかそういうヤツですか?」
やはり絶好調だ。遠慮しないで彼に聞いてくるし、口にはばかるようなことを開けっ放しで聞いてくる。AVの現場なら普通の会話だろう。しかしここはホストクラブだ。場をわきまえてほしい。北川はそう思っていたが、肝心のタカはちょっと驚いたような表情ではあったが、春川にもあわせて話をする。
「ですね。汁だと金にならないから。何発抜いても一律五千円とか。」
「それだけじゃ生活できないでしょう?」
「えぇ。だからホストを。」
「なるほどね。出来ないなら見切りつけても良かったかもしれませんね。」
「だいたい、あれですよ。AVなんてしている人は、ちょっと頭おかしいですから。」
その言葉に、北川もかちんときたようだった。
「どうしてそう思います?」
だが春川は冷静だった。
「あんな人がいるところで立つなんて、普通の人じゃ出来ないから。」
じゃあ何か?達哉や桂は普通じゃねぇのか?北川は思わず持っていたワインをかけてやろうかと思った。しかし春川の言葉は彼女の行動を止める。
「それはプロだからでしょ?がんがんライト当たって、女優によってはスタッフだけですごい人数がいて、それで勃起させられるプロなんですよ。あなたはそれが出来なかった。それだけのことです。」
タカはその言葉にぐっと詰まってしまった。その時後ろから、一人の男が近づいてきた。
「タカ。指名きてる。」
「あ、すいません。涼太さん。すいません。ちょっと席外します。」
「どうぞ。あ、すいません。オレンジジュースください。氷なしで。」
タカが席を立って、代わりに一人の男が席に座った。この男も背が高いが、どうやら筋肉質のようでスーツの上からでもそれがわかる。髪が長く後ろで一つに結んでいたが横や後ろは刈り上げていて、まるで侍のようだと春川は思った。
「すいませんね。タカが失礼なことを言ったでしょう?」
そういって彼は名刺を差し出した。同じ黒地の名刺だ。名前に「涼太」と書かれている。
「……気にしてませんよ。」
すると涼太はふと春川の方を見て、表情を一瞬変えた。
「俺も飲んでいいですか?」
「えぇ。ワインでいいの?」
「えぇ。」
グラスを持ってきて、彼はワインを注ぐ。グラスを三人であわせ、口を付ける。
「秋野さんは飲まないんですか?」
「飲めないんですよ。弱くて。」
「無理に飲まなくてもいいですよ。ホストクラブだからお酒を飲まないといけないなんてルールはありませんし。」
さっきのタカとは全く違う大人の人に見える。柔らかい物腰で、下手に出てくる。
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