セックスの価値

神崎

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「秋野さん。」
「はい?」
 オレンジジュースが運ばれ、春川はそれを受け取った。そして涼太はついに気になっていることを彼女に聞く。
「もしかしてなんですけど、お姉さんか何かいませんか?」
「……。」
 それは一番聞かれたくないことだった。だが彼女はふっと笑い、彼に聞く。
「誰かに似てますか?」
「昔の知り合いにね。」
「姉は確かにいますが、もう連絡は取り合っていません。どこにいるかもわかりませんね。」
 その時ほかのテーブルで、シャンパンコールが始まった。ホストが数人、シャンパンを開けて飲みあっている。それでお金を使わせようと言うわけだ。
 それが始まると春川は、涼太に興味がないようにそっちをじっと見ている。もう話しかけられないのかもしれない。
「明日香さんはホスト初めて?」
「えぇ。だから彼氏に怒られちゃって。」
「遊びなんだから気にしなくていいのに。」
「ですよねぇ。自分は女の子と毎日してるくせに。」
「してる?」
「あぁ。何もないの。気にしないで。」
「ナンパ師か何か?」
 おどけたように彼が聞くと、彼女は首を横に振った。
「そんなヒモみたいな人じゃないですよ。AV男優。」
「へぇ。現役の?誰だろ?俺もその世界に昔いたから。」
 案外引退してホストという人は多いのかもしれない。AV男優も気を使う仕事だ。確かにぴったりと言えばぴったりかもしれない。
「現役よぉ。もうアラサーのくせにさ。まだあっちはバリバリなんだから。」
「アラサーね。」
 若い男優だな。それでもトップにいれる人か。そうなってくると誰かは絞れてくる。
「昔は三十代くらいから始める人が多かったけど、今はアイドルみたいな男優も多いし若い人も多いね。」
「若い人の方が回数いけそうだけど。」
 シャンパンコールが終わって、春川はやっと涼太の方を向いた。
「回数いけたら技術がまだまだってこともあるし、若いと注目されると立たないって人も多いよ。」
「大変な仕事だと思いますよ。気持ちいいことして稼いでるって思われがちだけど、射精できることも少ないでしょうしね。」
「昔は疑似精液なんてものもありましたよ。」
「へぇ。そんなものが。」
 さっきのタカとはえらい違いだ。ハラハラしてみることはない。それだけ涼太が合わせてくれているのだろう。商売なのだから、合わせるのが当然なのだから。
「エロ本の編集って言ってたけど、まさか現場にも行った?」
「えぇ。何度か。」
「勇気あるねぇ。人のセックスおもしろい?」
「おもしろい。おもしろく無いじゃないんですよ。仕事ですから。」
「それもそうだね。」
 彼はそういって笑った。笑うとくしゃっとする顔。それがどことなく桂を思い出させる。それもあってか、春川もさっきよりはぎすぎすしていない。
「秋野さんってさ、ここだけの話。love juiceっていう雑誌のウェブページにコラムか何か乗せてない?」
 その言葉に、彼女はため息を付いた。
「偽名使えば良かった。」
「あぁ。やっぱりそうだったんだ。俺、あのページ好きでよく見てるんですよ。ほら、AVの現場を見に行ったとか、男優のこととか、女優のこととかすごい調べてるなって。」
「どうも。」
「じゃあ、コレももしかして取材か何か?」
「えぇ。代表の方には許可をいただいてますけど。」
「そっか。だったらさっきのタカのことは忘れてくれる?」
「何かありました?」
 少し面食らったような表情になったが、彼はワインに口を付けて少し笑う。
「現役の男優さんとはおつきあいがあるんですか?」
「まぁ、程々に。おつきあいなら、き……いいえ。明日香さんの方が詳しいかと。」
「あぁ。そうだった。男優だって言ってた。誰?」
「……最近人気でたからあまり言いたくないなぁ。」
「そうだね。昔は男優が写ることもなかったけど、今は男優メインのものもあるからね。達哉っていう男優が人気だ。それから、今度十八指定の映画にでるって言う桂とかね。」
 その名前に春川は頭を抱えた。参ったな。そう思っているようだ。
「そろそろ時間ですね。延長、どうします?」
 コレ以上いたらぼろが出そうだ。春川はそう思いながら、会計をしようとした。しかし北川がそれを止める。
「三十分だけいいですか?」
「えぇ。じゃあ延長で。」
 春川は心の中でため息を付く。また来ればいい。そう思っていたから、出ようと思っていたのに。すんなりと北川は延長を申し出た。
 その時春川の携帯電話が鳴った。彼女はそれを取りだして、相手をみる。それは嵐だった。
「嵐さん。」
 その名前に、今度は涼太が動揺していたようだった。
「もしもし。」
 電話に出ると、嵐はどうやらホストクラブに彼女らがいるのに気が付いて、向かいで飲んでいる桂や達哉と合流したらしい。終わったらこっちへ来いという誘いだった。
「嵐さんって……監督の?」
「ご存じですか?」
「うん。まぁね。」
 その会話に、北川が焦ったように言う。
「っていうか、達哉も来てんの?」
「えぇ。そりゃ、三人で楽しく飲んでるみたいですよ。」
「ったく……ストーカーじゃあるまいし。」
「心配なんですよ。幸せですねぇ。愛されてて。」
「人のことは言えないでしょ?桂さんだって……。」
 彼女はじっと北川をみる。それ以上言ってはいけないと。
「……まぁいいや。」
「ごめん。涼太さん。トイレに行きたいのだけど。」
「案内しますよ。敦。ちょっと席に付いてて貰えないか。」
 敦という酒を運んでいた男に、涼太が声をかける。すると彼は嬉しそうに席に着いた。そして涼太は春川を連れてといれに案内する。
 トイレで用を足し彼女が出てくると、涼太が壁にもたれてこちらを見ていた。
「……何?」
「あんた、やっぱり似てるよ。」
「誰に?」
「俺が昔好きだった人。女優だった。」
 すると彼女は少し笑う。そして彼を見上げた。
「つまり、あんたは女優と割り切ったつきあいが出来なかった人ってこと?」
「そうなるかな。バックに付いてたヤクザにボコられた。」
「可哀想な人ね。」
 口先だけだった。心の中では自業自得だと思っていたから。
「本名、何て言うの?」
「言えないわ。そういう契約をしてるから。」
「でも……。」
「時間ね。そろそろお会計してくれる?待っている人もいるから。」
 その場を去ろうとした彼女が、彼に振り向く。そして彼を見上げていった。
「本名、知りたかったらまず自分の本名を名乗ることね。」
 昔、桂とそうしたように、彼女はそれは彼にも求めたのだ。
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