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姉
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ホストクラブを出て、目の前を見ると確かに居酒屋があった。先ほどまでいた世界とはまるで違うような、焼き鳥や炭火焼きの煙が立ちこめている。
「またいらしてください。」
「えぇ。また。」
「あぁ。秋野さん。」
焼鳥屋に行こうとした二人のうち、春川に涼太は声をかける。
「どうしました?」
「名刺を渡していませんでした。」
涼太はそういってスーツの内ポケットから、名刺入れを取りだした。そして彼女に白い名刺を手渡す。
「すいません。ご丁寧に。」
彼女もバッグの中から名刺を取りだした。それはライターとしての名刺。携帯の番号もかいているが、もちろん仕事用の番号だ。
「また。」
「えぇ。」
そういって彼女は名刺をしまい、北川とともに居酒屋に入っていった。
履き慣れてない靴。つい股を開いてしまいそうな足。装っていてもきっと慣れていない。本来はそんな格好をする人ではないのだろう。このためにきっと綺麗にしたのだ。装ったそれが彼女の美しさだと思う人は、きっと浅はかだ。彼女はきっと普段は違う格好をしている。
その美しさに気がついたら、彼はまた恋が出来るのかもしれない。昔の面影を持つ彼女を。
二階の窓側に桂たちがいた。嵐のほかには、桂と達哉。そしてヒロといういつか飲みに行った若い男がいる。
桂も達哉も飲まないから、酒が好きなヒロを呼んだのだろう。
「おっ。来た来た。どうだった?初ホスト。」
「思ったよりもおもしろかったです。」
春川はそういって嵐の隣に座る。わざと桂とは距離を取ったのだ。この中で彼らの関係を知らないのは、ヒロという男だけだ。どこで何が漏れるかわからないのだから。
「元AV男優って言うのが二人いたわ。」
北川もなぜか達哉とは距離をとり、ヒロの隣に座った。まだ喧嘩をしているのだろうか。
「元ね。汁までいれるとどれくらいいるかなぁ。」
「履歴書とか送られてくるけど、大概がからかってるだけだろ?それかいざ現場に立ったら立たないだの、何だ、かんだでどっか行ってしまう奴らばかりだ。」
「どんな奴?」
嵐が興味ありげに春川に聞いてきた。すると彼女はさっき貰った名刺を取り出す。すると北川が不思議そうにそれを見た。
「それ、涼太さんの?」
「そうですけど。」
「何で白いの?あたし貰ったの黒いやつ。前に来たタカって人のやつも黒。」
「さぁ。何か意味があるのかしら。」
すると嵐が意味ありげに、その名刺を手に取る。
「ほら。」
「何ですか?」
名刺の裏には関連店舗がつらつらと書いてあった。しかしその一番下。そこには手書きの携帯番号が書いてある。
「あれ?携帯番号?表にも書いてあるけど……。」
「表はビジネス用。手書きはプライベートってことだろ?気に入られたなぁ。春川。」
その言葉に桂は不機嫌そうにそちらをみる。出来ればその名刺を手にして破ってしまいたいが、そうはいかないだろう。
「気に入られても、人妻ですが。」
「そうだったなぁ。おや。涼太か。体は元に戻ったのか?」
「体?」
「ヤクザにボコられて、半死半生だったろ?あいつ、玉一個潰されてるしさ。」
「げぇ。玉って潰されても生きていけるんだな。」
「まぁ復活はしないけど、子供も出来るって話は聞いたことあるな。でも一応二つあったモンが一つになるわけだし、結構元に戻るまではリハが必要だってさ。」
「自業自得なような気もしますけどね。」
桂はそういって焼き鳥に手を伸ばす。
「まぁな。女優に手を出しちゃ、お終いだよ。メーカーからも嫌われるし。桂なんかすげぇ断ってただろ?」
「若い頃ですよ。今は別にそこまでは……。」
「でもさ、いつかした元アイドルさ、桂さんに番号を教えようとして必死だったじゃん。」
「バカ。お前……。」
桂の長い足が達哉の足をわざと蹴る。春川を気にしていたのだ。しかし彼女は気にしないように、外をぼんやりと見ていた。その視線の先は、例のホストクラブがあった。涼太が気になるのだろうか。
「秋野さん。」
桂から声をかける。すると彼女は振り返った。いつもとは違う。綺麗にしている化粧。洋服。すべてが可愛い。
「はい?」
「気になります?ホストクラブ。」
「いいえ。ホストクラブと言うよりは……。」
やはり気になっているのは涼太なのだろうか。涼太とは一度か二度くらい四、五人で絡んだ。そのうちの一人だった気がする。
あまり人と混ざらない人で、飲みに行くとか言っても「いや俺は」とは何とか言っていつも断っていた。つきあいの悪い男といった印象だったが、彼もまた女性の逆指名が多い男だと思っていた。
ヤクザと関係する女優に入れ込んで、半死半生のまま引退したといっていたが、ホストになっていたとは思ってもなかった。
「あの入り口にあった水槽の手入れが大変そうだろうと思ってました。」
「は?」
「水槽?あったっけ?そんなの。」
「ありましたよ。大きな水槽。ほらなんていったかな。アロワナ?すっごい大きいのがいて……。あれ?何ですか?」
その言葉にその場にいた人が、頭をみんなで抱えた。春川がマイペースすぎて、みんなが驚いていたのだ。
「ホストには興味がもてませんでした?」
「そんなことはないですよ。ただ、私が気になっていたのがホストと言うよりは出張ホストなんで、やっぱり世界が違うなと思ったんです。まぁ、経験としては良かったですが。」
思ったよりも興味がなさそうだ。桂はほっとして、彼女を見ていた。だが、その時彼女の携帯電話が鳴る。それは仕事用の携帯だった。
「もしもし。あぁ、先ほどはお世話になりました。えぇ……。あっ。そうですか……。すいません。すぐお伺いしてもいいですか?」
彼女は携帯を切ると、ため息をついた。
「どうした?」
「イヤリングを一つお店に忘れてたみたいです。いやね。普段しないと。気にならなくて。」
そういって彼女はコートをまた羽織る。
「ついて行こうか?」
桂はそういってくれたが、彼女は首を横に振る。
「結構ですよ。取ってくるだけですし、お店の前で待ち合わせてます。中にはいるとまた料金発生しますからね。」
目に届くところなら安心かと、桂は立ちかけたがすぐにまた腰を下ろす。そして春川はいってしまった。
「……なんか桂さん、惚れてるみたいな感じですね。」
「惚れてんだろ?」
ヒロがそういうと、彼は今度はヒロの足を蹴り上げた。
「またいらしてください。」
「えぇ。また。」
「あぁ。秋野さん。」
焼鳥屋に行こうとした二人のうち、春川に涼太は声をかける。
「どうしました?」
「名刺を渡していませんでした。」
涼太はそういってスーツの内ポケットから、名刺入れを取りだした。そして彼女に白い名刺を手渡す。
「すいません。ご丁寧に。」
彼女もバッグの中から名刺を取りだした。それはライターとしての名刺。携帯の番号もかいているが、もちろん仕事用の番号だ。
「また。」
「えぇ。」
そういって彼女は名刺をしまい、北川とともに居酒屋に入っていった。
履き慣れてない靴。つい股を開いてしまいそうな足。装っていてもきっと慣れていない。本来はそんな格好をする人ではないのだろう。このためにきっと綺麗にしたのだ。装ったそれが彼女の美しさだと思う人は、きっと浅はかだ。彼女はきっと普段は違う格好をしている。
その美しさに気がついたら、彼はまた恋が出来るのかもしれない。昔の面影を持つ彼女を。
二階の窓側に桂たちがいた。嵐のほかには、桂と達哉。そしてヒロといういつか飲みに行った若い男がいる。
桂も達哉も飲まないから、酒が好きなヒロを呼んだのだろう。
「おっ。来た来た。どうだった?初ホスト。」
「思ったよりもおもしろかったです。」
春川はそういって嵐の隣に座る。わざと桂とは距離を取ったのだ。この中で彼らの関係を知らないのは、ヒロという男だけだ。どこで何が漏れるかわからないのだから。
「元AV男優って言うのが二人いたわ。」
北川もなぜか達哉とは距離をとり、ヒロの隣に座った。まだ喧嘩をしているのだろうか。
「元ね。汁までいれるとどれくらいいるかなぁ。」
「履歴書とか送られてくるけど、大概がからかってるだけだろ?それかいざ現場に立ったら立たないだの、何だ、かんだでどっか行ってしまう奴らばかりだ。」
「どんな奴?」
嵐が興味ありげに春川に聞いてきた。すると彼女はさっき貰った名刺を取り出す。すると北川が不思議そうにそれを見た。
「それ、涼太さんの?」
「そうですけど。」
「何で白いの?あたし貰ったの黒いやつ。前に来たタカって人のやつも黒。」
「さぁ。何か意味があるのかしら。」
すると嵐が意味ありげに、その名刺を手に取る。
「ほら。」
「何ですか?」
名刺の裏には関連店舗がつらつらと書いてあった。しかしその一番下。そこには手書きの携帯番号が書いてある。
「あれ?携帯番号?表にも書いてあるけど……。」
「表はビジネス用。手書きはプライベートってことだろ?気に入られたなぁ。春川。」
その言葉に桂は不機嫌そうにそちらをみる。出来ればその名刺を手にして破ってしまいたいが、そうはいかないだろう。
「気に入られても、人妻ですが。」
「そうだったなぁ。おや。涼太か。体は元に戻ったのか?」
「体?」
「ヤクザにボコられて、半死半生だったろ?あいつ、玉一個潰されてるしさ。」
「げぇ。玉って潰されても生きていけるんだな。」
「まぁ復活はしないけど、子供も出来るって話は聞いたことあるな。でも一応二つあったモンが一つになるわけだし、結構元に戻るまではリハが必要だってさ。」
「自業自得なような気もしますけどね。」
桂はそういって焼き鳥に手を伸ばす。
「まぁな。女優に手を出しちゃ、お終いだよ。メーカーからも嫌われるし。桂なんかすげぇ断ってただろ?」
「若い頃ですよ。今は別にそこまでは……。」
「でもさ、いつかした元アイドルさ、桂さんに番号を教えようとして必死だったじゃん。」
「バカ。お前……。」
桂の長い足が達哉の足をわざと蹴る。春川を気にしていたのだ。しかし彼女は気にしないように、外をぼんやりと見ていた。その視線の先は、例のホストクラブがあった。涼太が気になるのだろうか。
「秋野さん。」
桂から声をかける。すると彼女は振り返った。いつもとは違う。綺麗にしている化粧。洋服。すべてが可愛い。
「はい?」
「気になります?ホストクラブ。」
「いいえ。ホストクラブと言うよりは……。」
やはり気になっているのは涼太なのだろうか。涼太とは一度か二度くらい四、五人で絡んだ。そのうちの一人だった気がする。
あまり人と混ざらない人で、飲みに行くとか言っても「いや俺は」とは何とか言っていつも断っていた。つきあいの悪い男といった印象だったが、彼もまた女性の逆指名が多い男だと思っていた。
ヤクザと関係する女優に入れ込んで、半死半生のまま引退したといっていたが、ホストになっていたとは思ってもなかった。
「あの入り口にあった水槽の手入れが大変そうだろうと思ってました。」
「は?」
「水槽?あったっけ?そんなの。」
「ありましたよ。大きな水槽。ほらなんていったかな。アロワナ?すっごい大きいのがいて……。あれ?何ですか?」
その言葉にその場にいた人が、頭をみんなで抱えた。春川がマイペースすぎて、みんなが驚いていたのだ。
「ホストには興味がもてませんでした?」
「そんなことはないですよ。ただ、私が気になっていたのがホストと言うよりは出張ホストなんで、やっぱり世界が違うなと思ったんです。まぁ、経験としては良かったですが。」
思ったよりも興味がなさそうだ。桂はほっとして、彼女を見ていた。だが、その時彼女の携帯電話が鳴る。それは仕事用の携帯だった。
「もしもし。あぁ、先ほどはお世話になりました。えぇ……。あっ。そうですか……。すいません。すぐお伺いしてもいいですか?」
彼女は携帯を切ると、ため息をついた。
「どうした?」
「イヤリングを一つお店に忘れてたみたいです。いやね。普段しないと。気にならなくて。」
そういって彼女はコートをまた羽織る。
「ついて行こうか?」
桂はそういってくれたが、彼女は首を横に振る。
「結構ですよ。取ってくるだけですし、お店の前で待ち合わせてます。中にはいるとまた料金発生しますからね。」
目に届くところなら安心かと、桂は立ちかけたがすぐにまた腰を下ろす。そして春川はいってしまった。
「……なんか桂さん、惚れてるみたいな感じですね。」
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