セックスの価値

神崎

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 春川はホストクラブの前にやってくると、その入り口から涼太の姿を見た。彼は笑顔でポケットからイヤリングを取り出す。
「コレは君のだろう?」
「えぇ。ありがとうございます。普段しないと、どうでも良くって。」
「装飾品は嫌い?」
「そうですね。あまり進んで付けようとは思いませんが。」
「付けてあげようか?」
 まだ彼の手の中にあるそれを、彼女に見せる。
「いいえ。もう必要ないですし、一つ取れたのだったらもう一つ取りますから。」
 その答えに彼は少し驚いたような表情になる。そう返ってくるとは思わなかったからだ。
「しかしそのブレスレットはセンスがいいね。」
「頂き物です。」
 あくまで塩対応だ。そして男の匂いをさせる。その手でおそらく男を近づけまいとしているのだろう。そういうところもよく似ている。
 そして彼女の手にイヤリングを渡される。すると彼は何かを言おうとした。しかし彼女はそのまま居酒屋に戻ろうとしている。それはきっと誰かいるのだろう。男か。男が待っているのだろうか。
「それでは。また。」
「秋野さん。」
「何ですか?」
「誰といるのですか?」
「……あなたが良く知っている人だと思いますが。」
 その時居酒屋の入り口から、一人の男が出てきた。それは桂だった。
「桂さん……。」
「もう会計するっていってるから、戻ったらどうですか。」
「ありがとう。すぐ行きます。」
 まるで守るかのように桂は春川を連れて行ってしまった。もしかして、彼女の男が彼なのだろうか。桂が彼女の男だとしたら……。ぐっと拳に力が入る。
 女の影が全くない男だった。本当はゲイなんじゃないかと噂まであった男。キャリアは彼よりも下だったはずだ。だがゲイビに出たこともないし、男の恋人の話も聞いたことはない。
 完璧に仕事をこなし、体も売り物だからとケアを怠ることもない。ストイックそのものな男。逆を言えば融通が利かないはずだ。
 もし彼女が彼の男だったら、彼女はきっと縛られているはずだ。その証拠に彼らは待ち合わせたようにこの店の向かいにある居酒屋にいる。監視するかのように。
 ふと昔を思い出した。それは春川ににた女を好きになったときのことだった。彼女とはもう会うこともない。
「涼太さん。中戻ってきてくださいよー。恵美子さんが呼んでますよ。」
 中からタカが呼んできて、彼はすぐに戻っていった。

「何?マジで涼太だったの?」
 会計どころか、まだ酒を頼んでいた嵐は驚いたように桂の話を聞いていた。
「キャリアはお前より上だっけか。」
「そう聞いてますよ。竜さんと同じ位じゃなかったっけか。」
 今度はうまく春川は桂の隣に座っていた。いつの間にか彼女がいた席には、ヒロが座っていたのだ。当然、達哉の隣には北川がいる。北川は、あんな店のお酒が飲めるかと焼酎の水割りを飲んでいた。本来そういう人なのだ。
「すいません。チェイサーを。」
「水なんかで薄めんなよ。北川さん。」
「水と一緒に飲んだら、二日酔いしないですむんですよ。」
「マジで?俺も貰おうかな。」
 ヒロはそういって水を貰った。
「そういや、あいつが手を出してた女優さ。この間復帰したよ。」
「誰だっけか。」
「明菜。」
 その名前に春川はドキリとした。
「SMもの撮ったのよ。この間。」
「そんな趣味あったっけ?」
「もともとMっぽくはありましたね。」
「そういえば、あのとき春川さん来てたっけ?」
 なるべく平静を保たなければいけない。彼女は指でブレスレットに触れ、笑顔で答える。
「そうですね。すいません。この間は途中で帰ってしまって。」
「大丈夫だったのか?どっか悪かったか?」
「いいえ。大したことじゃないんです。」
 それ以上話したくなかった。だから無理矢理次の話題に降ろうとしたのに、嵐はその話を続ける。
「SMはやっぱ俺向いてねぇわ。案外俺はフェミニストってことに気がついたし。」
「そういうの、自分で言う?」
「明奈が泣きながら、やめて何て言うと本当に辞めたくなるもん。」
「Mのやつのやめてはもっとですからね。」
 桂もそういって話に乗っかかってくる。だめだ。彼女は姉がそうされているのを想像して、吐き気がしそうになった。
「大丈夫ですか?春川さん。」
 それにいち早く気がついたのは、桂だった。顔色が悪い。
「気分悪くなったか?」
「酒飲んでないのに?」
「なんでもないんです。」
 そうは言ったものの、彼女はすぐに席を立ちトイレに駆け込んだ。
「春。」
 桂もそれに習って席を立った。
「何だ?あいつ等。」
 ヒロだけは事情を知らない。だからのんきに酒を飲んでいる。
「まさかな。」
 達哉は隣にいる北川に視線を投げる。
「何?」
「イヤ、春川さん。妊娠してるわけじゃないよなって。」
「違うと思うけど。」
「だったら、SMの話で気分が悪くなったとか?」
「まさかぁ。」
 しかし顔色が悪くなり、トイレに向かう。酒は飲んでいない。体調が悪い訳じゃない。だとしたら、やはり妊娠でもしているのだろうか。

 春川はトイレで胃の中のものを全部吐き出した。そして個室から出ると、口をすすぐ。鏡には顔色の悪い自分がいた。その向こうに姉が行る気がした。
 喪服を着た女。一度見て、すぐその場から離れた。悲しげに彼女の名前を呼んでいる。
「やめて!」
 落ち着け。ここにいるわけがない。
 それにこの場で取り乱すわけにはいかない。特に桂の前では。
 鏡を見る。目の下に僅かだがアイラインがにじんでいる。それを直すと、笑顔を浮かべた。大丈夫。まだいける。
 彼女はトイレから出てくると、そこには桂の姿があった。
「大丈夫か?」
「えぇ。ごめんなさいね。急に気分が悪くなって。」
「あんた……。」
 妊娠でもしているのか。その場合誰の子供だろう。彼はそう聞きたかったのだろう。しかし彼女は首を横に振る。
「違うわ。この間、生理きたの。気分が悪くなったのは別のこと。」
「無理するな。」
 子供が出来ていれば良かった。その子供は自分の子供だろう。そうすれば別れる理由になったのに。
「啓治……。」
「このあと、抜けるか?」
「……帰らないと。祥吾さんから帰って来いといわれてるし。」
「そっか。だったら、一度仕事場に寄りたいだろう?」
「データが必要だから。」
 その言葉を口にして、彼女は少し笑う。
「悪い人。」
「やっと笑顔になった。春。戻ろう。」
「えぇ。」
 席に戻った彼女を心配そうに北川は気を使っていた。しかし春川は少し笑って言う。
「妊娠なんかしてないから。」
「そうだな。その時は誰の子供だって話になるじゃん。」
 レスだと知っているヒロは、笑いながらその話を脳天気に聞いていた。
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