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初めての味
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せめて一度部屋へ行き、編集者から連絡がないかチェックしたいと申し出ると、祥吾はすぐに戻るようにと言い残して自分の部屋に戻っていった。
自分の部屋に戻ると、春川は机の上にある携帯電話を手にした。仕事用の携帯も、プライベートも何も連絡はない。せめて桂に連絡をしたい。だがそれは許されないのだ。春川にも事情があるように桂にも彼周辺の事情があるだろう。
今日は妻としてのつとめをしないといけない。それが不本意だとしてもそれをしないと彼はきっと納得しないだろうから。
携帯電話を机に置くと、電気を消そうと手を伸ばした。そのとき仕事用の携帯電話が鳴る。どこかで見た番号だ。だが登録はしていない。
「もしもし。」
電話をとると、賑やかな音がする。どこかの飲み屋だろうか。
「秋野さん。久しぶりだね。」
聞き覚えがある声だ。
「涼太さん。」
ホストの男だ。そして元AV男優。確かに名刺を渡したのでこの電話にかかってくるのは当たり前だろう。
「元気にしてる?」
「えぇ。そちらもお元気そうで。」
「また店に来ることとかあるのかな?」
そういう電話だ。おそらくまた店に来て欲しいという期待があるのだろう。
「あ……そうでした。ちょっと相談があるんですが。」
「何?」
「出張ホストをしている方はいらっしゃいませんか。」
「出張ホスト?あぁ。うちの店でもやってるけど、そういうのがしたいの?」
「え……と、そうですね。」
ネタのためとは言えないだろう。
「コラムを書きたいので。」
「あぁ。そう言うことか。どういう人がいい?」
「そうですね……。どういう方でもいいんですが、キャリアの長い方がいいですね。」
「慣れてるってこと?じゃあ、俺、行こうか?」
「涼太さんが?」
涼太と外を歩くとなると目立ちそうだ。まぁ、どの人を選んでも目立ちそうな気もするが。
「いつがいい?」
「そうですね。ちょっと待って下さい。」
スケジュール帳を開いて、彼女は空いている日をチェックする。
「今度の火曜日なら。」
「火曜ね。OK。待ち合わせどこにしようか?」
とんとん拍子で話が進む。彼女自身が体験することはないが、これも経験だろう。リアルな気持ちを体感できる。
「あ、秋野さん。」
「何ですか?」
「出張ホストって、夜も必要かな。」
「それは結構です。」
すると彼は少し笑い、じゃあと言って電話を切ってしまった。彼女はため息をつくと、また電話を机に置く。
「春。」
振り向くと、そこには祥吾がいた。
「すいません。ちょっと連絡を付けないといけない人が……。」
「いいから、パソコンを持って部屋に来てくれないか。」
不機嫌そうにいう彼。どうやら仕事が出来たらしい。良かった。今日もしなくてすむんだ。彼女はそう思いながら、パソコンとWi-Fiルーターを持って部屋を出る。
歯を磨いて、うがいをする。口内ケアをして望まなければいけないのは、AVと一緒だ。桂はそう思いながら、うがい薬をテーブルに置く。今日は愛美と初めてベッドシーンを演じるのだ。
彼女は経験がないわけではないが、ベッドシーンは初めてだという。あのライトを照らされた中で、好奇の目に晒されるのだ。泣かなければいいがと彼は思っていた。
そのとき部屋をノックする音が聞こえる。
「どうぞ。」
入ってきたのは玲二だった。彼もまた今日ベッドシーンがあるようで、衣装に着替えている。彼のシーンはカフェーの女中とのシーンらしい。
「口内ケアとかするんだ。」
「まぁな。いろんなところを綺麗にして望むのは当たり前だろう。」
「実際するわけじゃないのに。」
「しないにしてもマナーだと思う。」
机に置いている台本は、書き込みだらけでもうぼろぼろだ。それだけ彼が気合いが入っているのがわかる。
玲二はソファに腰掛けると、ニヤリと笑って彼を見上げる。
「愛美さ、すげぇ敏感なの。」
「へぇ。まるで寝たような口振りだな。」
「寝た。昔な。」
玲二もモデルとして活躍していた時期がある。おそらく顔を合わせていることが多かったのだろう。その中でそう言うことになるのは必然だ。
「桂さんさ。初めての時っていつだった?」
「いつだっけか。地元でさ、高校生の時だっけか。先輩に誘われて家行って、そのままがばってやられた。すげぇヤリマンだったわ。性病ならないか冷や冷やした。」
「ふーん。そんなもんなんだな。」
「お前は?」
向かいのソファに座り、台本を置く。
「俺?俺は、モデルやってたときアシスタントの女。中卒の女でさ、俺初めてだったのに女の乳首にピアスしてあってさ。そんなもんかと思った。」
「お互いヤリマンと初めてやったんだな。」
「愛美さ、すげぇ緊張してるみたいだ。」
「お前やってやりゃいいのに。事前練習とか。初めてじゃねぇんだろ?」
「やだよ。奥さんに怒られる。」
驚いた。玲二に奥さんがいるとは世の中にでていない話題だったから。
「マジで?」
「二十の時結婚した。世の中には出てねぇけどな。子供が中学生。」
「よく出なかったな。」
「うまく隠してっから。」
おそらく別居でもしているのだろう。そうではないとそんなにうまく隠せるわけがない。
「桂さんもいるんじゃねぇの?」
「子供どころか奥さんもいねぇよ。AV男優なんてやってたら、まともに結婚なんか出来ない。むしろ世の中に後ろ指刺されるような仕事だろ?」
「そんなもんかねぇ。あんた見てると、俺らと何も変わらない気がするけどな。」
「そういう奴は一部だ。」
初めて春川と会ったとき、彼女もAV男優だと色眼鏡で見ることはなかった。仕事だから。だからやるんだ。彼女はそういっていた。その言葉でどれだけ救われただろう。
「……奥さんはいないけどな。」
「何?彼女でもいるの?」
「あぁ。」
「マジで?あー。メイクの佐々木さん。がっかりするよ。」
「佐々木?」
「ほら、おっぱい大きいメイクの女。」
「そんなのいたっけ?」
「覚えてねぇんだ。あんたをメイクするとき、めっちゃおっぱいアピールしてたのに。」
「興味ないものは、目も合わせないからな。」
「つーことは、あれだ。彼女以外は見たくねぇってこと?」
「そういうこと。」
「すげぇな。早く結婚してしまえばいいのに。」
結婚したい。今すぐにでも。奪ってやりたい。だがそう簡単にはいかないのだ。
自分の部屋に戻ると、春川は机の上にある携帯電話を手にした。仕事用の携帯も、プライベートも何も連絡はない。せめて桂に連絡をしたい。だがそれは許されないのだ。春川にも事情があるように桂にも彼周辺の事情があるだろう。
今日は妻としてのつとめをしないといけない。それが不本意だとしてもそれをしないと彼はきっと納得しないだろうから。
携帯電話を机に置くと、電気を消そうと手を伸ばした。そのとき仕事用の携帯電話が鳴る。どこかで見た番号だ。だが登録はしていない。
「もしもし。」
電話をとると、賑やかな音がする。どこかの飲み屋だろうか。
「秋野さん。久しぶりだね。」
聞き覚えがある声だ。
「涼太さん。」
ホストの男だ。そして元AV男優。確かに名刺を渡したのでこの電話にかかってくるのは当たり前だろう。
「元気にしてる?」
「えぇ。そちらもお元気そうで。」
「また店に来ることとかあるのかな?」
そういう電話だ。おそらくまた店に来て欲しいという期待があるのだろう。
「あ……そうでした。ちょっと相談があるんですが。」
「何?」
「出張ホストをしている方はいらっしゃいませんか。」
「出張ホスト?あぁ。うちの店でもやってるけど、そういうのがしたいの?」
「え……と、そうですね。」
ネタのためとは言えないだろう。
「コラムを書きたいので。」
「あぁ。そう言うことか。どういう人がいい?」
「そうですね……。どういう方でもいいんですが、キャリアの長い方がいいですね。」
「慣れてるってこと?じゃあ、俺、行こうか?」
「涼太さんが?」
涼太と外を歩くとなると目立ちそうだ。まぁ、どの人を選んでも目立ちそうな気もするが。
「いつがいい?」
「そうですね。ちょっと待って下さい。」
スケジュール帳を開いて、彼女は空いている日をチェックする。
「今度の火曜日なら。」
「火曜ね。OK。待ち合わせどこにしようか?」
とんとん拍子で話が進む。彼女自身が体験することはないが、これも経験だろう。リアルな気持ちを体感できる。
「あ、秋野さん。」
「何ですか?」
「出張ホストって、夜も必要かな。」
「それは結構です。」
すると彼は少し笑い、じゃあと言って電話を切ってしまった。彼女はため息をつくと、また電話を机に置く。
「春。」
振り向くと、そこには祥吾がいた。
「すいません。ちょっと連絡を付けないといけない人が……。」
「いいから、パソコンを持って部屋に来てくれないか。」
不機嫌そうにいう彼。どうやら仕事が出来たらしい。良かった。今日もしなくてすむんだ。彼女はそう思いながら、パソコンとWi-Fiルーターを持って部屋を出る。
歯を磨いて、うがいをする。口内ケアをして望まなければいけないのは、AVと一緒だ。桂はそう思いながら、うがい薬をテーブルに置く。今日は愛美と初めてベッドシーンを演じるのだ。
彼女は経験がないわけではないが、ベッドシーンは初めてだという。あのライトを照らされた中で、好奇の目に晒されるのだ。泣かなければいいがと彼は思っていた。
そのとき部屋をノックする音が聞こえる。
「どうぞ。」
入ってきたのは玲二だった。彼もまた今日ベッドシーンがあるようで、衣装に着替えている。彼のシーンはカフェーの女中とのシーンらしい。
「口内ケアとかするんだ。」
「まぁな。いろんなところを綺麗にして望むのは当たり前だろう。」
「実際するわけじゃないのに。」
「しないにしてもマナーだと思う。」
机に置いている台本は、書き込みだらけでもうぼろぼろだ。それだけ彼が気合いが入っているのがわかる。
玲二はソファに腰掛けると、ニヤリと笑って彼を見上げる。
「愛美さ、すげぇ敏感なの。」
「へぇ。まるで寝たような口振りだな。」
「寝た。昔な。」
玲二もモデルとして活躍していた時期がある。おそらく顔を合わせていることが多かったのだろう。その中でそう言うことになるのは必然だ。
「桂さんさ。初めての時っていつだった?」
「いつだっけか。地元でさ、高校生の時だっけか。先輩に誘われて家行って、そのままがばってやられた。すげぇヤリマンだったわ。性病ならないか冷や冷やした。」
「ふーん。そんなもんなんだな。」
「お前は?」
向かいのソファに座り、台本を置く。
「俺?俺は、モデルやってたときアシスタントの女。中卒の女でさ、俺初めてだったのに女の乳首にピアスしてあってさ。そんなもんかと思った。」
「お互いヤリマンと初めてやったんだな。」
「愛美さ、すげぇ緊張してるみたいだ。」
「お前やってやりゃいいのに。事前練習とか。初めてじゃねぇんだろ?」
「やだよ。奥さんに怒られる。」
驚いた。玲二に奥さんがいるとは世の中にでていない話題だったから。
「マジで?」
「二十の時結婚した。世の中には出てねぇけどな。子供が中学生。」
「よく出なかったな。」
「うまく隠してっから。」
おそらく別居でもしているのだろう。そうではないとそんなにうまく隠せるわけがない。
「桂さんもいるんじゃねぇの?」
「子供どころか奥さんもいねぇよ。AV男優なんてやってたら、まともに結婚なんか出来ない。むしろ世の中に後ろ指刺されるような仕事だろ?」
「そんなもんかねぇ。あんた見てると、俺らと何も変わらない気がするけどな。」
「そういう奴は一部だ。」
初めて春川と会ったとき、彼女もAV男優だと色眼鏡で見ることはなかった。仕事だから。だからやるんだ。彼女はそういっていた。その言葉でどれだけ救われただろう。
「……奥さんはいないけどな。」
「何?彼女でもいるの?」
「あぁ。」
「マジで?あー。メイクの佐々木さん。がっかりするよ。」
「佐々木?」
「ほら、おっぱい大きいメイクの女。」
「そんなのいたっけ?」
「覚えてねぇんだ。あんたをメイクするとき、めっちゃおっぱいアピールしてたのに。」
「興味ないものは、目も合わせないからな。」
「つーことは、あれだ。彼女以外は見たくねぇってこと?」
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