セックスの価値

神崎

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初めての味

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 すぐに赤くなる肌や、演技とは思えないあえぎ声。それが心苦しくなる。春川によく似た女だ。胸は春川よりはないようだが、それでも彼女を想像する。
「波子。」
 何度春と呼びそうになっただろう。それを堪えて、桂は竜之介を演じた。
「OK。」
 やっと終わった。桂はそう思いながら布団から出る。竜之介の部屋でコトをしたという設定のために、で煎餅布団の上で演じたのだ。
 持ってきてもらったバスローブに身を包み、愛美の方を振り返った。すると彼女もバスローブに身を包まれていたが、ぼんやりと手を見つめている。
「大丈夫か?」
 さすがに心配になり、桂は彼女の方へまた戻っていった。すると彼女は静かにうなづくと、彼を見上げる。
「初めてがあなたで良かったです。」
「ベッドシーンだよ。実際していないから。」
「でも……良かった。もし玲二さんとだったら、私、泣いてたと思う。」
 その言葉を聞いて、彼はゆっくりうなづいた。そしてその場を離れる。そうか。彼女はまだ玲二のことを思っていたのだ。
 そして向こうにいる玲二をみる。彼も腕組みをしてそれを見ていたのだろう。
「切ない顔だったな。」
「どうだろうな。ちょっと見てくる。あんたも見るか?」
 見るというのは、監督たちがみる映像だろう。さっき撮ったものを見ているのだ。
「パス。比べられそうでやだ。」
 牧原監督たちがいるテレビの前にやってくると、彼はその格好のままその映像をみる。
「かーっ。さすがだなぁ。」
「すげぇ。色っぽいぜ。愛美もこんな表情できんだな。」
「桂もAVじゃねぇかんじ。最初の頃は、本当、AV撮ってんのか俺って思ったけど。いい感じになったわ。」
 牧原はそういって満足そうにうなづいた。
「どうも。」
「嵐に連絡して良かった。」
「嵐さんとは知り合いですか?」
「まぁ。広いようで狭い業界だからな。嵐に言わせりゃ、お前は演技だったらどんな役でも出来る。私情を持ち込まなきゃな。ってことだ。」
「……。」
「彼女に似てた?」
「誰が?」
「愛美。」
「いいや。」
 さすがに誤魔化した。春川とは面識があるはずだ。こんなところでぼろを出したくない。
「まぁいいや。」
 あまり深く考えないで仕事をする人で良かった。桂はそう思いながら、その場をあとにしようとした。
 そのとき、春川がスタジオに入ってきた。その姿に彼は思わず足を止める。
「お疲れさまです。」
 彼女は桂に少し一礼をすると、牧原の方へ向かう。
「牧原さん。」
「あぁ。秋野さん。待ってた。」
「言われたの。持ってきましたよ。全く……出版社に私がいたからって、小間使いにしないで下さいよ。」
「悪い。悪い。」
 そういって彼は彼女から紙袋を受け取る。
「じゃ、私、行きますから。」
「見ていかないの?さっき竜之介と波子のベッドシーン撮ったんだけど。」
「私が?何で?風俗ライターですよ。私。本番してないの見てどんな記事にしようってんですか?」
「それもそうか。へへっ。」
「ちなみにこれからは?」
「カフェーの女中と、譲二のベッドシーン。」
「へぇ。でもそれは興味あるかも。」
「何で?桂のは見たくねぇのかよ。」
「ってわけじゃないけど、そのシーンってレイプものでしょ?見たいなぁ。」
「変わった女。ノーマルなベッドシーンは見たくねぇけど、レイプなら見たいってな。」
「願望でもあるの?」
 口の悪いスタッフが聞いてきた。その言葉に彼女は笑いながら言う。
「無理。無理。襲おうって人もいないでしょ?」
 その言葉に桂が口を挟む。
「秋野さん。いい加減にして下さいよ。」
「何?何ですか?」
 彼はそういって彼女を引きずるようにして、スタジオから引き吊り出して楽屋に向かっていく。
「ちょ……。桂さん。」
 さすがに周りのスタッフも驚いたように彼らを見ていた。だが彼は自分の楽屋に彼女を連れ込むと、その楽屋に鍵を閉めた。そして彼女の方をみる。
「さすがに不自然じゃない?」
 壁に追いつめられても、彼女は強気に彼に向かう。そうでもしないと足から崩れそうだ。彼は彼女を見下ろす。その目は冷たいようにも見えた。
「あの場であれはだめだ。」
「どうして?」
「あの中で本当にレイプして捕まった奴がいるから。」
「……え?」
「監督もそれを知ってる。だから次のシーンはあいつをスタジオからはずすはずだ。」
「……そうだったの。」
「あいつらは穴があればいい奴らだ。あんたの自己評価が低くて、誘うようなことを言えばあんたに襲いかかるだろうよ。」
「……。」
「たとえ今日じゃなくても。そんなとき俺はあんたを守れないだろうから。」
「……ごめん。」
 彼はため息をつき、彼女の頭をなでる。
「悪いな。俺もきついことしか言えなかった。」
「ううん。事情を知らなかったとは言っても……。前にも言われた。自己評価が低いのは、時に嫌みになるって。」
「そうだな。自信満々ってのも嫌みだけど、必要以上にへりくだることはない。お前はもっと自信を持っていいと思う。少なくとも、俺に好かれているという自信を持ってくれないか。」
「うん。私もあなたが好きよ。」
 初めてそのとき桂は笑い、彼女を抱き寄せた。バスローブ越しの肌は、ずっと合わせていない。ずっと触れたかった肌だった。
「啓治。」
「あぁ。このまましたい。」
 どこへ抜けて、どこでもいい。ラブホテルでもいいし、家でもいい。求められたい。愛美じゃない、リアルな彼女を感じたい。
「このあとも撮影じゃないの?」
「あぁ。撮影が詰まってる。」
「仕事でしょう?私も仕事があるから。」
「だったらキスしていい?」
「聞かないで。でもするでしょう?」
「お前はしたくないのか?」
「したいわ。」
 腕を首に回して、彼を見上げる。そして彼も顎を支えて、彼女の唇に触れようとしたときだった。
「桂さん。入っていいですか?衣装に着替えて欲しいんですけど。」
 スタッフの声が聞こえる。二人は少し微笑んだ。
「少し待ってもらっていいですか?」
 桂はそういって彼女の唇に軽くキスをした。そして二人は離れる。
 鍵を開けてハンガーに掛けられた衣装を受け取った。そのとき横に、絹恵が通り過ぎる。彼女は少し微笑んで通り過ぎていった。
 きっと彼女がここにいることを知っているのだろう。
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