セックスの価値

神崎

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初めての味

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 泳ぐとすべてを忘れられる。そう思って春川は夜中の誰もいないプールを泳いでいた。
「夜も確かにプール開いてるんですけどね。でもあまり泳がないんですよ。ここで死んだ女が足を引きずるって噂があって。」
 確か最初にそう言われたはずだ。だがそんなことは一度もない。だが噂を信じ、誰も泳ぎに来ない。貸し切り状態だ。
 一度泳ぎを止めて、プール際でじっとそれを見ていた。二十五メートルのプールは、あまり大きくない。海辺に育った彼女にとって、淡水の子の水はよく沈んで泳ぎにくいとは思ったが、それはそれでいいと思う。
 そう言えば姉とも一緒に泳いだことがあった。彼女はまだ十歳の頃で、姉は十五歳。そのころはまだ義理の父からの性暴力は震われていなかった。素直でまっすぐな姉。そして優しい人だった。
 噂を聞いた。AV女優になっていると。そして薬漬けになっていたと。一度ちらりとみた姉は、別人のようだと思う。
 彼女は首を横に振る。もう考えまいとしていたのに、どうしても思い出してしまう。
 再び泳ごうと、顔を付けたときだった。プール入り口のドアが開いた。そこには一人の人がいる。黒いジャージを着た人だった。泳ぐ気のない人かもしれない。彼女は無視してまた泳ぎだした。
 何度かターンをして、手足がそろそろ重くなってきた。そろそろ出るかとプールサイドに上がる。
「ずっと泳いでんだな。」
 そこには充の姿があった。
「……何?」
「俺もジムだよ。サウナ入ろうと思ったら、ゲイのおっさんばっかでさ。あんたが壁になってくれればいいんだけどな。」
「ご勝手にそのゲイのおっさんに、アナル拡張してもらえば?」
「男のケツに突っ込む気も突っ込まれる気もねぇよ。」
 プールサイドに置いてあるいすの上にあるタオルで体を拭く。プールに水でぴったりとひっついた水着は、体のラインをくっきりと写しだしている。思った以上に、女らしい体をしているようだ。AV女優ならいい線をいく女優になりそうだと思う。
「だいたいサウナに入るのって入れ墨入れてていいわけ?」
「スーパー銭湯じゃねぇんだよ。それくらい入ってる奴いるから。」
 さすがにピアスははずしているようだが、そのジャージの袖から見える入れ墨に少し苦笑いをする。
「なぁ。サウナ行こうぜ。」
「……あんたにいわれたくはないけどサウナには行くわ。寒いし。」
「この寒いのにプールで泳ぐからだろ?」
 そう言って彼は彼女の肩に触れた。
「ほら。こんなに冷えてる。」
「触らないで。」
 手を払いのけると、彼女はサウナの方へ向かっていった。

 サウナの中は女性もいるが、男性が多い。確かに充の体のように入れ墨を入れている人も多く、ぎょっとしてしまうような光景だった。
 だが春川はそれを無視するように空いているところに座った。その隣には充がいる。さすがに彼ほど入れ墨を入れている人はいないようで、いい意味でも目立っているような気がする。
「兄ちゃん。すげぇ墨だな。どこの組だ?」
「ヤクザじゃねぇよ。」
 静かに黙って体を温めたいのに、充がいるとどうもそういうわけにはいかないようだ。彼女は黙って頭からタオルをかぶると、うつむく。
 やがて一人、一人と出て行く。なるほど、彼女がいるだけでゲイの人なんかに声をかけられることはないようだ。
「暑くねぇか?お前、よく耐えれるな。」
「暑いなら出て行けばいいでしょ?」
「……いいや。いるよ。あいつと一緒に来たこともあるんだろ?」
「……あいつ?」
 タオルの隙間から、彼をみる。すると彼は不機嫌そうに視線をそらせた。おそらく桂のことをいっているのだろう。
「あぁ。一度一緒になったことはある。でも一緒に行きましょうといってきたことはないわ。だいたいつきあっているわけでもないんだから。」
「その調子じゃデートらしいデートもしてねぇんだろ?体だけか?」
「イヤな言い方ね。」
 最後の一人が出て行き、サウナは二人だけになった。新しい人が入ってくる気配もない。
 汗が落ちる。彼女はため息をつき、その席を立った。
「上がるのか?」
「もう少し居たいけど、この分だったらあなたから尋問されそう。帰って仕事した方がましね。」
「春。」
「その名前で呼ばないで。」
 彼女はそう言ってサウナを出ていった。そして一目散にシャワールームへ向かう。そこは女性専用なので、彼が来ることはない。さっさと上がってしまえば、彼に会うことはないだろう。
 そう思って更衣室へ向かい、洋服を身につけた。そしてロビーにでる。するとそのソファに充が居た。
「よう。」
「本当、しつこいわね。」
 彼女はそう言って受付へ行く。そのときだった。
「あんた。居たのか。」
 不意に声をかけられた。そこには桂の姿があった。
「桂さん。」
「俺も上がってきたところで。」
 桂の姿に充は舌打ちをする。イヤな奴がきたと。
「私も体が鈍りそうで。」
「俺も撮影ばかりでね。あまり体を動かせなかったから。久しぶりにすっきりした。あぁ。もう少ししたら達哉も来る。」
「達哉さんも一緒ですか?」
「あぁ。あんたが居るんなら、達哉も喜ぶだろう?飯でも行かないか?」
「食事は済ませてきたんです。でもお茶くらいしましょうか。」
 すっかり充が蚊帳の外になる。彼は舌打ちをして、彼女に声をかける。
「じゃあ、俺は失礼しようか。春。またいずれ話が出来ればいいな。」
「話なんかない。」
「つめてぇな。」
 そう言って彼は外に出て行った。それを見て、彼女はため息をつく。
「良かった。あなたが居てくれて。」
「ジムへ行くってメッセージ送ってくれたから。」
「撮影は?」
「俺が出るシーンは今日はもうないから。」
「……そう。」
「お前は?」
「急にする仕事はないわ。」
 だったらセックスしたい。あのときのように、乱れさせたい。初めて体を合わしたときのように。
「達哉さんは?」
「いないよ。今海外だ。」
「嘘をついたの?」
「そうでもないとあいつが引き下がらないだろう?」
「悪い人ね。」
 少し笑い、彼女は彼をまた見上げる。
「お茶でもしようか?」
「あぁ。」
 聞きたいことはある。嫉妬させた彼のこと。それから噂。だが今は彼女を喜ばせたい。
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