セックスの価値

神崎

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初めての味

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 手を握られているように見える。そして引き寄せられて、歩かされていた。しかしその足取りはいつもと違う。どこかふらふらしていた。
「ちょっと。なんか薬でも飲ませたんじゃないの?」
 北川はそういって達哉の方をみる。彼は首を傾げて、その様子を見ていた。
「媚薬なの?」
「そんなものホストが手にはいるわけ無いじゃん。でもヤクザと手を組んでるホストもいるけど、でもあの店ってそんな店じゃないし。そもそもなんか違うヤツ……。ヤクかな?ちょっとやばいな。行こう。」
 だが北川らが行った先にある大型の居酒屋から、人が出てきた。
「ごちそうさん。」
「うまかったなぁ。ここ当たり。」
「飲み放題でこの金額はいい感じだな。」
 次々に出てくるサラリーマン。その流れに逆らえない。ただでさえ細い通りだ。北川の手を握っていないとはぐれそうになる。
「達哉。二人は?」
「いない。どこ行ったんだ?」
 サラリーマンたちが行ったあと、彼らはただそこに立ち尽くすだけだった。

 ホテル街の少し先。そこにちょっとした公園がある。ブランコとベンチくらいしかない小さな公園で、街灯も一つ。薄暗い空間だった。
 涼太はベンチに春川を座らせると、煙草を取り出した。彼女はまるでパンチドランカーのように、頭を抱えている。
「あの量でこんなに酔うなんてね。」
「本当に飲めないんでしょうね。」
「水でも買ってこようか。」
 本当なら道すがらホテルへ行きたかった。だがそれではレイプになるだろう。嫌がる女をするのは趣味じゃない。AVをしていたときは、そういうこともしたことはあるが、それはあくまで演技であり本当なら犯罪なのだから。
 彼は彼女を座らせたまま、街灯のそばにある自販機で水を買う。そして彼女に近づいた。
「ゆっくり飲んで。」
 赤い顔をした彼女は、ゆっくりと顔を上げてそれを受け取る。そしてそれを飲み始めた。だがうまく飲めなくて、口からわずかにこぼれてしまう。
「冷たい。」
 バッグからハンカチを取り出しそれを拭く。だがその表情に、彼はドキリとした。それは、昔彼が愛した人。演技で彼女を抱いた。フェラチオをして口の中に口内射精をし、飲みきれなかった精液を口からこぼす。AVにはよくある演出だ。
 その表情によく似ていた。そして春川もそうできるのかもしれない。旦那がいるのだ。そういうこともするのだろう。人妻ということは、少なくとも処女ではない。酒を飲んだことのない生娘のような顔をしているのに、彼女は処女ではないのだ。
「俺が送るのイヤなら、旦那に迎えに来てもらう?連絡つく?」
「いいえ。それは出来ません。」
「いいじゃん。酒を飲んだのを怒られるかもしれないけど、奥さんのためだったら来るだろ?普通。」
「普通じゃないから。」
 祥吾が好きなのはものを書くことだけ。彼女ではないのだ。
「普通じゃない?」
「それに……今日は夫も外にでているし……連絡なんか……。」
 立ち上がろうとしてまたふらついた。それをまた支える。
「そんな奴と結婚してんの?何がいいの?セックスがいいとか?そんな理由?」
「してませんから。」
「え?」
「最後にしたのは夏。それまでは二、三年してないレスの夫婦でした。私に男の影があるって……疑って……。」
 影ならある。そしてもうすでに愛しているのは、祥吾ではない。愛しているのは目の前の男でもない。自分の書いた本を映像化しようと演技している人。
 そして仕事でほかの女とセックスをしている男。そんな男。
 祥吾のことは責められない。自分だってセックスを文章にしているのだから。
「何で泣いているの?」
「え?」
 頬に手を当てる。するとそこに水の感触がある。泣いていたのだ。無意識だったのかもしれない。
「君、本当は誰か恋人でもいるんじゃないの?」
「……居ませんよ。」
「別にかまわないと思うけど。俺は。夫婦で別にセックスをするだけのパートナーがいるっていう話も聞いたことがあるし。」
「……居ません。」
 涼太はため息をついて、春川をみる。
「桂は違うってわけだ。」
「桂さん?」
「店の前で迎えに来た。ヤツのことはよく知ってる。汁男優だったけど、すぐに絡みを与えられた。でも立たなかったこともあって、よく代われって言って代わりに絡んだこともある。」
「……違いますよ。」
 涙を拭い、春川はため息をつく。
「連絡を取り合うこともありますが、あくまで仕事上のつきあいです。彼が私みたいな人と何かあるなんて……。」
 だが言葉とは裏腹にまた涙があふれてくる。夕べのことを思い出したのだ。何度も求められて、求めて、愛し合った。気が狂いそうなセックスをした。その温もりを忘れることは出来ない。
「あったね。」
「……。」
「だったら俺とも出来る?」
「いやです。」
「どうして?桂とは歳は上だし、確かに玉は一つしかないけど、立つのは立つからね。」
「いやです。」
「どうして?」
「愛してないから。」
 目を見ずにいった。それは昔、記憶の中の彼女がいった言葉だった。
「誰よりも好きな人がいる。誰よりも愛している。あなたじゃないの。」
 確かにそう言われたのだ。
「秋野さん。」
「……。」
「だったらキスしていい?」
「だめです。」
 そのとき、公園の前にタクシーが停まった。そして降りてきた人がいる。涼太はそちらを見ると、そこには和服の男がこちらに向かってきていた。
「春。」
 聞き馴染みのある声だった。彼女は顔を上げると、そこには祥吾の姿があった。
「先生。」
「飲んでるね?だからあれほど飲んではいけないといったのに。」
「ごめんなさい。つい好奇心で。」
「好奇心からか。それなら今度は私の前でしか飲んではいけないよ。」
「はい。ごめんなさい。」
 ため息をついて、彼は春川の手を取り立ち上がらせた。
「出張ホストの方かな。」
「はい。涼太と言います。」
「涼太さん。私とあまり歳頃は変わらないようだが、彼女は私の妻だ。妻が世話になったね。」
「妻?あんたが旦那?」
「あぁ。そうだ。」
「見たことあります。どこだったか。」
「あぁ。思い出さなくて結構。もう彼女とも、私とも会うことはないと思うだろうし。君は、せいぜい女性の機嫌を取っていればいい。」
 とげのある言い方をして、祥吾は彼女の肩を抱いて停めていたタクシーに乗り込んだ。
「くそっ。」
 いらつく男だ。だがどこかで彼を見たことがある。どこだっただろうか。涼太はそう思いながら、公園をあとにした。そして自分の職場へ向かう。
 春川の旦那がいったとおり、彼が生きるためには女性の機嫌を取るしかないのだ。
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