セックスの価値

神崎

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別居

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 仕事場から家に帰ったのは、夕方頃。資料やパソコンを持って家に入ろうとしたときだった。
「今晩は。」
 声をかけられて、春川は振り返る。そこには二人の男性がいた。
「はい。どうかしましたか?」
「冬山祥吾さんの助手の方ですか。」
「そうですけど。何か?」
「冬山さんはご在宅ですか?」
「……たぶん。」
「いくらチャイムを鳴らしても出てこないんですよ。話を聞きたいんですけど。」
 彼女は少しいらついたように彼らに聞く。
「話って何ですか?」
「○○新聞の宇部さんをご存じですか。」
「あぁ。はい。知ってます。」
「冬山さんにレイプされたといってるんですよ。」
「は?」
 驚いて荷物を落としそうになった。やばい。パソコンが入っているのに。彼女は荷物を持ち直して、彼らに聞く。
「レイプ?」
「そう。冬山さんは原稿を手書きで書くのは有名ですが、それをパソコンに打ち込むのは編集者の作業、またはあなたの作業でしょう?」
「最近は私も忙しいので、先生にかかりっきりとはいきませんでしたが。」
「でしたら、あなたはあまり家にいることはないと?」
「そうですね。資料を頼まれたり、編集者にお使いものを頼まれたり、家に帰る前にここによって渡すだけですか。」
「でしたら、詳しいことはわかりませんか。ほら。他の女性が来ているとか。独身でいらっしゃるから、特に問題はないかもしれませんがレイプとなると話は変わってくるでしょう?」
 確かにそうだ。だがレイプだったのだろうか。すべての女性が合意していたように見えるが。
「本当にレイプだったんですか?」
「女性が言ってます。レイプされて、担当を外されたと。」
「……おかしな話ですね。」
「なぜ?」
「レイプしたのだったら、男は続けてしようと思うんじゃないんですか?一度味わって外したとなると、よっぽど緩かったんですね。その方のマ○コ。」
 その言葉に男たちは顔を見合わせる。まさかこんな若い女性が、そんな言葉を言うとは思ってなかったから。
「だったら何ですか?女性が嘘をついているかもしれないと?」
「嘘をつけば話に歪みが出てきます。少なくとも先生は、編集者の女性をレイプして仕事を得ないといけないほど、仕事に逼迫してませんよ。」
 少なくとも彼女より忙しい人だ。仕事量も沢山ある。こんな野暮な記者の言うことなどにかまっていられないのだ。
「……もう一度その女性に話を聞いてからいらしてください。真実なら、先生にお話ししますから。」
 苦々しそうな表情で、彼らは去っていく。その後ろ姿を見て、彼女はため息をついた。きっと祥吾が春川の仕事を止めたのはそのせいなのだろうと。自業自得だ。そう思うが、守ってもらうように自分も彼を守らなければいけないのだろう。
 少なくともまだ夫婦なのだから。

 家に帰ると、玄関にキャリーケースがあった。それは祥吾が滅多に取材に行かないが、取材に行くときのために用意していたもの。
 不自然に思い、春川は急いで家にあがる。すると居間で、新聞を読んでいた祥吾がいた。
「お帰り。」
「祥吾さん。あの荷物は?」
「あぁ。うるさい蠅がいるからね。執筆活動にも支障が出てきた。しばらく雲隠れをしようと思ってね。」
 この騒ぎは大きくなるかもしれない。だからそれまでに隠れておこうと思っているのだろう。卑怯な男だ。
「春。一緒に来てくれるかな。」
「いいえ。私は私の仕事があります。」
「それは困ったね。女性のことで騒がれているんだ。私の編集者は女性ばかりだし、打ち込みをしてくれないと困るんだがね。」
「……しかし……。」
「行くのは温泉街だ。小さな湯治場。馴染みの宿がある。そこへ行こうと思っているのだが。」
 式も新婚旅行もしなかった彼女らだ。本来なら「新婚旅行のように」と胸を踊らされていたかもしれない。だが今は違う。
「他の方を連れて行ってください。」
「春。」
 新聞を折り畳み、彼は彼女の方へ向かう。
「君もあの記者の言うことを信じているのか。私が無理矢理組み敷いたと?」
「そんなことはしてないでしょう。」
 その言葉に彼はほっとしたように彼女の肩に手を置こうとした。だが彼女はそれを拒否する。
「合意の上でならあったかもしれません。」
「合意で?私が彼女らを?」
 想像もしていない言葉だった。だが彼女は冷静に言う。
「合意であれば、彼女らのうち誰かをを連れていった方が流れとしては自然です。私はあくまで助手としての……。」
「助手ではなく妻だろう?」
 そういって彼は彼女の両肩を掴む。
「春。私は君と行きたい。私の馴染みの温泉街だ。そういう所があるということを、君も知ってもらいたいんだ。君は男女のまぐわいばかり追っている。だからたまには……。」
「必要ありませんよ。前にも言いましたが、私は仕事が出来ることを嬉しく思います。その文章がたとえ官能であれ、コメディであれ、拘りはありません。」
 あなたと違って。そう言いたかったが、彼女はその言葉を飲み込んだ。
「……では、君はどうするんだ。この町にいて何をする?この家にいるのか?幸さんにはしばらく暇を出した。君がこの家で、何かするのか?」
「いいえ。仕事場へ。」
 するとその言葉に彼は首を横に振った。
「あそこには桂さんがいる。君をいつ組み敷くかわからない。そんな仕事だ。」
 何もわかっていない。彼女はため息をついて、肩に置かれた手を避ける。
「祥吾さんの目が届かないときは、守ってほしいとお願いしたのは、祥吾さん本人です。」
「……。」
「それに彼とはここ数ヶ月お会いすることもありません。」
「……本当にか?君は本当に……。」
「えぇ。」
「担当者には連絡を付けておきます。この間の宇部さんは担当をはずれたのでしょう?男性の方をよこすように言います。それから○△書房の有川さんも今は止した方がいいでしょう。誰か違う人を……。」
「本当に来ないつもりか?」
「えぇ。」
 彼女はそう言って、冷静にバッグの中から携帯電話をとりだした。
「お送りします。駅までで宜しかったですか?」
 そう言って彼女は仕事用の携帯電話で、出版社に連絡をした。
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