セックスの価値

神崎

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別居

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 出版社は祥吾のことはもうすでにわかっていて、しかるべき対処をすると言ってきた。女性の証言には信憑性が無く、虚偽の発言であることは明確だというのだ。
 だが祥吾はきっとしばらく記者が張り付くかもしれない。雲隠れするのだったら、その方がいいと言ってくれた。
 しかし春川には家にいて欲しいという。祥吾が住んでいるようにして欲しいらしいのだ。
「その方がいいかもしれませんね。わかりました。そうします。ご迷惑をかけました。」
 春川はそう言って電話を切る。
「どうすると?」
「私は家に残ります。祥吾さんがいるように偽装して欲しいと。そうすれば記者はこちらに目がいき、雲隠れしている祥吾さんには目を向けないだろうと。」
 祥吾は助手席で考えていたが、いいいいわけがない。どうしても春川を連れて行きたかったが、立場的にもそれが出来そうにないのだ。
「わかった。だが必ずあの宿には連れて行く。」
「楽しみにしています。」
 そう言って彼女は車を走らせた。最終便にも間に合わない時間だ。なので駅前にあるビジネスホテルに泊まり、早朝そちらへ向かう。
 パンツ一枚洗わない人だ。一人の生活が出来るのだろうか。彼女が最初に訪れたときも祥吾はすべてを家政婦任せにし、部屋の片づけ一つしなかったのだ。それだけが不安になる。
「私のことは心配しなくてもいい。あちらに昔なじみもいるから。それよりも君の方が心配だよ。」
「私ですか?」
「あぁ。最近の君はいつもの癖がヒドくなっている。」
「癖?」
「興味があるところにふらふらいく癖だ。だからAVの現場などへ行くし、きっと今度は風俗の現場へにでも行きたいといって担当を困らせているのだろう。」
 その通りだ。北川を困らせているのは事実であり、だが彼女にしてみたらそれもすべて小説の為なのだ。
 だが彼にいわせれば小説のためなら殺人でもしそうだといっている。
「風俗には行ってみたいんです。自慰のシーンを入れて欲しいといわれていて、その様子を見たい。」
「それこそ、そういう資料があるだろう?そんなものを見たいといえば、君を襲うのは男性だけではなく女性も組み敷くかもしれない。相手が女性だったらいくら私でも手は出せないし、それに転んでしまったらどうすればいいんだ。」
「そんなことはありませんよ。」
 彼女はそういって少し笑う。
「女性の趣味はありません。見るのは、資料としての目線だけです。さて、そこのホテルでしたね。」
 ホテルの地下駐車場に彼女は車を止める。そして車を出ようとしたときだった。彼女は手を捕まれる。そして引き寄せられた。
「誰と寝ようと、私は君が好きだ。」
 その言葉に彼女は少しほほえむ。
「そうですね。」
「一週間ほどになるかもしれない。その間、自分をしっかり持って、流されないでくれよ。」
 体を離され、彼はキャリーケースを引きずると地上へ向かうエレベーターの前に立つ。エレベーターが来るまで、彼は携帯で何かを打っていた。きっと女にでも連絡をしているのかもしれない。彼女は少しため息をつくと、彼がエレベーターに入っていくのを見送って、ギアをバックに入れる。

 春川はそのまま出版社へ向かう。まだ北川がいるというので、そこで風俗の話をしに行くのだ。渋っていた北川だが、結局風俗店への交渉をしてくれたらしい。
 そもそも女性の自慰の表現を入れて欲しいと行ったのは、北川の方だ。そして春川が書くのは第三者からの目。AVもかまわないが、結局、自分の目で見ないとリアルな表現は出来ないだろう。
 出版社近くのコインパーキングに車を停めると、彼女は出版社に入っていった。広いエントランスでエレベーターを待つ。もう時間的にはあまり人は残っていないのかもしれない。エレベーターはすんなり一階にやってきた。
 彼女はそこへ入ると、一人の男が駆け込んできた。
「すいません。上がります。」
 あわてて開のボタンを押し、彼を入れた。
「何階ですか?」
「七階です。」
 爽やかな男前の男だ。しかし七階というと、芸能のゴシップ紙、週刊誌などそして彼女が用事のあるlove juiceのフロアのあるところだ。
 こんな爽やかななりをしていても、そういう関係の人なのだろう。
 やがてエレベーターはすんなりと七階につく。彼は降りて、彼女もそこで降りた。
「……ここのフロアに用事ですか?」
 男の方も驚いたらしい。まさかこんな若い女性が、このフロアに用事があるとは思えなかったからだ。
「えぇ。love juiceの北川さんに。」
 そして一番あり得なそうなフロアへ行くのだ。驚いて彼は彼女をみる。
「それでは。」
「あぁ。北川さんに用事だったら、青木が言ってたと伝えてくれませんか。」
「何をですか?」
「明奈っていうAV女優のインタビューは中止した方がいい。別の記事を掲載しろって。」
 明奈の名前に、彼女は少し表情を変える。姉の名前を出されるとは思っていなかったからだ。
「……何かあったんですか?」
「いや、まだ噂なんですけど。詳しいことは北川さんから聞いてください。」
 そういって男は去っていった。どうしてそんなことまで知っているのだろう。どうして彼女に伝言を言付けたのだろう。わからないがとりあえず北川のいるフロアへ向かった。
 ドアを開けると、そこには走り回っている北川がいた。他の人たちも似たようなものだ。
「何かあったんですか?」
「あぁ。秋野さん。そうだ。秋野さんに頼もうか。」
 その編集長の言葉に回りの人たちも深くうなづいた。そして北川が声をかける。
「秋野さん。三日後が締め切りの原稿。書けますか?」
「え?」
「インタビューでもかまいません。それを起こしてもらって……。文章にして……。んー。でも誰か捕まるかしら。」
「いいですけど。三日後ってちょっと急ですね。」
「えぇ。予定してた明奈さんのインタビューがポシャったんで。」
「ポシャった?」
「また捕まったらしいんですよ。あまり時間がたってないのに。」
 捕まったという言葉に、春川は愕然とした。姉がまた薬で捕まったのだ。
「初犯じゃないし、しかも執行猶予中だったしさ。こっちは大騒ぎで。」
「……どれくらいの枠で、どういったコラムを載せますか?」
 先を考えないといけない。余計なことを考えたら、全てが崩れそうなくらい彼女もまたぎりぎりだったのだ。
「資料が必要なので、車から取ってきます。それから使われていない缶詰部屋とかありますか?」
 編集長と北川は顔を見合わせて、そして彼女をみる。
「今書いてもらえるんですか?」
「ちょうど書きたいことがあったんで、ストックから出します。文字のチェックと表現の変更をして、それからいいヤツを乗せてもらっていいです。」
 こういうときのために書いておいたのだ。春川はそういって部屋を出ていく。
「頼もしい人だ。仕事が忙しいだろうに、ストックまで用意しているとはね。」
「少しでも時間があれば書いてますよ。」
 どこでも書けるようにパソコンとタブレットをいつも持っている。そして暇があれば、書いている。それもこれも「自分には今しかない」と思っているからだった。
 所詮、消費される文章だ。彼女は本気でそう思っている。そしてそういうところも事故評価が低いといわれている所以だった。
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