115 / 172
別居
115
しおりを挟む
一つは、以前書いた遊郭、吉原、遊女の話。それを少し深く掘り下げ、遊女たちの生活を書いたもの。
一つは、アダルトグッズのレビュー。使ってみるとどれだけの快感があるか。また女性目線、男性目線からの道具の使用を考えたもの。
一つは、高校生の性の奔放さ。いわゆる売りをしている女の子へのインタビュー記事だった。
出社時間、朝九時。春川は修正を終えた記事を、出社してきた北川と編集長に見せていたのだ。特に北川は身重だと、帰るように進めたのだ。
「残ってもらってありがとうございます。」
徹夜は慣れていると、春川はコーヒーをもらって飲みながらその反応を見ていた。記事を見せるときはいつも緊張する。
「高校生のヤツがいいですね。この遊女のヤツは、他の文芸誌に回してもいいし。」
「アダルトグッズは悪くないけれど、メーカーの許可が必要だからね。その時間が厳しい。だったら高校生かな。」
「消去法で私もそれかもしれないと思いました。ではこれをデータにして送ります。」
「すいません、秋野さん。無理言って。」
「いいんです。ストックが無くなっただけなんで。」
「それもそうなんですけど……。今大変でしょ?冬山さんの件もあるし。」
「あぁ。そうだった。助手なんですよね。」
「えぇ。あぁ。その件で「読本」の編集長とお話をしないといけないんですよ。もう来てますよね?」
「あっちも大変だから。気を付けて。」
タブレットやパソコンをしまい、彼女は微笑む。
「覚悟はしてましたよ。」
嘘は漏れる。いくら綺麗に隠しても、どこかで歪みがでるものだ。
桂のこともきっとばれる。そのとき祥吾はどういう反応をするのだろうか。必死に違うと言い張っていたのに結局不貞しているのだから。
同じフロアの中の、一つ挟んで向こう側に「読本」の編集部がある。春川はそこに足を向けた。するとそこへ紙コップを持った男がその隣のフロアから出てくる。それは夕べ、エレベーターで一緒になった男だった。
「やぁ。夕べここに泊まったんですか?」
「正確には泊まったというよりは、記事を書いてました。」
「あぁ。そうなんですね。ライターさんでしたか。」
「秋野といいます。」
「あなたが……。」
噂では女性だと聞いていた。だがこんなに若い女性だとは思ってもなかった。彼女の書いたウェブページで、北川がいるlove juiceの雑誌は部数をのばしているという噂だ。
「すいません。「読本」の編集部へ用事があるので。」
「そちらも今日は大変ですよ。冬山祥吾の件で。」
「あぁ。そうでしょうね。」
予想しているようだが、理解しているのだろうか。大変だろうなと口先だけでいっているようにしか見えない。
「秋野さん。」
「はい?」
「あなたは冬山祥吾さんの……。」
「助手です。だから先生のことでお話があるんですよ。」
「助手?」
ずいぶん若い女性を助手にしている。だとしたら噂は真実かもしれない。若い女性編集者に軒並み手を出しているという。それが露呈して今大変なことになっているのだが。
「冬山さんは今どこにいらっしゃるんですか?」
「自宅におりますよ。」
「え?」
「先生はあまり家から出ない方です。だから私が来ているんです。すいません。もう宜しいですか?」
「あぁ。すいません。呼び止めてしまって。」
すると後ろから声をかけられる。それは北川の声だった。
「青木さん。困りますよ。うちと契約しているライターですから。そちらもこちらもと言ったら、大変ですから。」
「聞いた。ライターさんだってね。どんな人か興味があったんだ。」
「秋野さん。行くんでしょ?青木さんに足止めされて。すいません。」
「いいえ。ではまた。」
青木は、行ってしまう春川を見てため息をつく。そして北川を見下ろした。
「あの人、本当にライター?」
「えぇ。風俗専門のですけど。」
「それにしては……。」
隙がない。助手と言うことで冬山祥吾のことを聞こうと思っていたのに、うまくはぐらかされた。
そして春川は「読本」の編集部へ向かう。すると春川の顔を知っている編集者が、彼女に近づいてきた。
「秋野さん。待ってました。」
「すいません。仕事が急に出来てしまって、ずっとこのフロアにはいたんですけど。」
「とりあえず、緊急の処置として一人編集者を行かせました。」
「それは、女性ではなく?」
「男性です。まぁ、冬山さんに男性の趣味もあるならそれも無駄でしょうが。」
口の悪い編集者だ。だが聞かなかったことにしよう。
「有川さんは?」
「有川は入院しています。」
「え?」
「……その……言いにくいんですが……。」
その言葉に彼女は愕然とした。
有川は妊娠していた。相手は誰とはがんとして口を割らなかったが、おそらく祥吾だという噂だ。
「先生の?」
「それで……今回の件で流れてしまって……。」
祥吾はそれを知っていたのか。知っていて雲隠れしたのか。それほど人道に外れた人だったのだろうか。
「……すいません。」
「謝らなくてもいい秋野さん。」
そういってやってきたのは「読本」の編集長だった。よく太った中年の男。彼は彼女を見て、少し微笑んだ。
「冬山さんが担当者に手を出すのは毎度のことではあるが、彼から言い寄ることはまずない。○○新聞の宇部さんがレイプされたとわめいているみたいだが、古いつきあいがあればそんなことは絶対ないといえるだろう。」
「……でも妊娠したんですよね?」
「妊娠を望んでいたのは有川だよ。たとえ子供を産んでも自分で育てるからと言っていたみたいだね。流れたのは自業自得だ。」
「……それでいいんですか?」
「あぁ。だがうちの雑誌に穴はあいた。今回は休載だからね。秋野さん。よかったらあんた書かないか?」
「……すいません。私はライターで、ノンフィクション専門ですので。」
「だったらあれか、love juiceの北川さんに言って、春川先生に書いてもらうか。」
「男と女のセックスばかり書いている人ですよ。うちは官能小説なんか載せませんから。」
向こうにいた眼鏡をかけた女性が厳しい口調で言う。
「やれやれ。急に言って書いてくれる作家など、いやしないのに。」
「春川先生も、急に言って書いてもらえますかね。」
「さぁ。北川さんの話では筆は相当早いという話だし、一応話をしてみようか。」
その春川本人の前で、春川の相談をしている。それが彼女にとって一番面白かった。
一つは、アダルトグッズのレビュー。使ってみるとどれだけの快感があるか。また女性目線、男性目線からの道具の使用を考えたもの。
一つは、高校生の性の奔放さ。いわゆる売りをしている女の子へのインタビュー記事だった。
出社時間、朝九時。春川は修正を終えた記事を、出社してきた北川と編集長に見せていたのだ。特に北川は身重だと、帰るように進めたのだ。
「残ってもらってありがとうございます。」
徹夜は慣れていると、春川はコーヒーをもらって飲みながらその反応を見ていた。記事を見せるときはいつも緊張する。
「高校生のヤツがいいですね。この遊女のヤツは、他の文芸誌に回してもいいし。」
「アダルトグッズは悪くないけれど、メーカーの許可が必要だからね。その時間が厳しい。だったら高校生かな。」
「消去法で私もそれかもしれないと思いました。ではこれをデータにして送ります。」
「すいません、秋野さん。無理言って。」
「いいんです。ストックが無くなっただけなんで。」
「それもそうなんですけど……。今大変でしょ?冬山さんの件もあるし。」
「あぁ。そうだった。助手なんですよね。」
「えぇ。あぁ。その件で「読本」の編集長とお話をしないといけないんですよ。もう来てますよね?」
「あっちも大変だから。気を付けて。」
タブレットやパソコンをしまい、彼女は微笑む。
「覚悟はしてましたよ。」
嘘は漏れる。いくら綺麗に隠しても、どこかで歪みがでるものだ。
桂のこともきっとばれる。そのとき祥吾はどういう反応をするのだろうか。必死に違うと言い張っていたのに結局不貞しているのだから。
同じフロアの中の、一つ挟んで向こう側に「読本」の編集部がある。春川はそこに足を向けた。するとそこへ紙コップを持った男がその隣のフロアから出てくる。それは夕べ、エレベーターで一緒になった男だった。
「やぁ。夕べここに泊まったんですか?」
「正確には泊まったというよりは、記事を書いてました。」
「あぁ。そうなんですね。ライターさんでしたか。」
「秋野といいます。」
「あなたが……。」
噂では女性だと聞いていた。だがこんなに若い女性だとは思ってもなかった。彼女の書いたウェブページで、北川がいるlove juiceの雑誌は部数をのばしているという噂だ。
「すいません。「読本」の編集部へ用事があるので。」
「そちらも今日は大変ですよ。冬山祥吾の件で。」
「あぁ。そうでしょうね。」
予想しているようだが、理解しているのだろうか。大変だろうなと口先だけでいっているようにしか見えない。
「秋野さん。」
「はい?」
「あなたは冬山祥吾さんの……。」
「助手です。だから先生のことでお話があるんですよ。」
「助手?」
ずいぶん若い女性を助手にしている。だとしたら噂は真実かもしれない。若い女性編集者に軒並み手を出しているという。それが露呈して今大変なことになっているのだが。
「冬山さんは今どこにいらっしゃるんですか?」
「自宅におりますよ。」
「え?」
「先生はあまり家から出ない方です。だから私が来ているんです。すいません。もう宜しいですか?」
「あぁ。すいません。呼び止めてしまって。」
すると後ろから声をかけられる。それは北川の声だった。
「青木さん。困りますよ。うちと契約しているライターですから。そちらもこちらもと言ったら、大変ですから。」
「聞いた。ライターさんだってね。どんな人か興味があったんだ。」
「秋野さん。行くんでしょ?青木さんに足止めされて。すいません。」
「いいえ。ではまた。」
青木は、行ってしまう春川を見てため息をつく。そして北川を見下ろした。
「あの人、本当にライター?」
「えぇ。風俗専門のですけど。」
「それにしては……。」
隙がない。助手と言うことで冬山祥吾のことを聞こうと思っていたのに、うまくはぐらかされた。
そして春川は「読本」の編集部へ向かう。すると春川の顔を知っている編集者が、彼女に近づいてきた。
「秋野さん。待ってました。」
「すいません。仕事が急に出来てしまって、ずっとこのフロアにはいたんですけど。」
「とりあえず、緊急の処置として一人編集者を行かせました。」
「それは、女性ではなく?」
「男性です。まぁ、冬山さんに男性の趣味もあるならそれも無駄でしょうが。」
口の悪い編集者だ。だが聞かなかったことにしよう。
「有川さんは?」
「有川は入院しています。」
「え?」
「……その……言いにくいんですが……。」
その言葉に彼女は愕然とした。
有川は妊娠していた。相手は誰とはがんとして口を割らなかったが、おそらく祥吾だという噂だ。
「先生の?」
「それで……今回の件で流れてしまって……。」
祥吾はそれを知っていたのか。知っていて雲隠れしたのか。それほど人道に外れた人だったのだろうか。
「……すいません。」
「謝らなくてもいい秋野さん。」
そういってやってきたのは「読本」の編集長だった。よく太った中年の男。彼は彼女を見て、少し微笑んだ。
「冬山さんが担当者に手を出すのは毎度のことではあるが、彼から言い寄ることはまずない。○○新聞の宇部さんがレイプされたとわめいているみたいだが、古いつきあいがあればそんなことは絶対ないといえるだろう。」
「……でも妊娠したんですよね?」
「妊娠を望んでいたのは有川だよ。たとえ子供を産んでも自分で育てるからと言っていたみたいだね。流れたのは自業自得だ。」
「……それでいいんですか?」
「あぁ。だがうちの雑誌に穴はあいた。今回は休載だからね。秋野さん。よかったらあんた書かないか?」
「……すいません。私はライターで、ノンフィクション専門ですので。」
「だったらあれか、love juiceの北川さんに言って、春川先生に書いてもらうか。」
「男と女のセックスばかり書いている人ですよ。うちは官能小説なんか載せませんから。」
向こうにいた眼鏡をかけた女性が厳しい口調で言う。
「やれやれ。急に言って書いてくれる作家など、いやしないのに。」
「春川先生も、急に言って書いてもらえますかね。」
「さぁ。北川さんの話では筆は相当早いという話だし、一応話をしてみようか。」
その春川本人の前で、春川の相談をしている。それが彼女にとって一番面白かった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる