セックスの価値

神崎

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告白

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 資料と嵐からもらったアダルトグッズを手にして、春川は家に帰ってきた。玄関を開けると新しい編集者という男が帰る途中だったらしく靴を履いているところで、春川を見て少し驚いているような表情だ。
「新しい編集者の方ですか。」
「あ……はい。三吉といいます。」
「三吉さん?」
 年頃はおそらく彼女とあまり変わらないか、少し年上。名刺を差し出したそこには三吉晶と書いてあった。
「秋野です。先生の助手でライターをしてます。」
「ライター?あぁ。だからですか。なんか見たことがあると思いました。」
「はい。北川さんにお世話になってます。」
「……だからですか。その荷物。」
 彼の視線の先には、嵐にもらったアダルトグッズのはいった紙袋があった。
「あぁ。今日はAVの現場に行ってきましてね。それで道具を頂きました。使用することはないでしょうが、無碍にいらないとも言えないので。宜しかったら差し上げましょうか?」
「いいえ。間に合ってます。」
 顔を真っ赤にさせて、断る姿が何となく初々しい。普段から口にはばかるようなことを口にして、そんな言葉が飛び交うようなところにいる彼女にとっては新鮮だった。
「秋野。帰っていたのか。」
 廊下の奥から祥吾がやってきた。いつもの着流しに反転を羽織っているだけだったが、寒くないのだろうか。
「はい。ただいま帰りました。」
「新しい編集の方だ。」
「えぇ。先ほど名刺を頂きました。随分若い方で。」
「あぁ。でも君よりは年上だよ。恋人の一人もいないらしい。秋野。誰か紹介してあげなさい。」
「あ、先生。」
 押さえるように晶がいうと、春川は少し考え込んで彼にいう。
「私の知り合いは百戦錬磨の方ばかりですからね。それこそ、これが必要になってきますよ。宜しかったら使い方を教えましょうか。」
 そう言って紙袋を差し出した。すると彼は顔を真っ赤にさせて手を振る。
「いいや。やめておきます。それでは先生。また明日来ますから。」
 晶はそれだけをいうとあわてて靴を履いて、出て行ってしまった。
「……そんなに逃げなくても。」
 ぽかんとして秋野はいうと、祥吾は咳払いをして彼女にいう。
「セクハラかな。」
「は?そんなことをした覚えはありませんが。」
「こんなものを道を歩いていて見かけるものではないだろう?性的に未熟な男だ。セクハラといわれても仕方ないよ。気をつけなさい。」
 彼はそう言って彼女が玄関先に置いた紙袋を手にする。その中に手を入れて、バイブを手にする。
「……どうしたのかな。こんなものを持って帰って。」
「あぁ。頂きました。持って帰るかと言われたので。新製品だそうですよ。資料としてはありがたいです。」
「個人的な使用は?」
「しませんよ。したこともありません。」
 彼女はそう言って彼からそれを受け取り、紙袋にしまった。そしてバッグの中から、資料を取り出そうとそれを開く。
「頼まれた資料をお渡ししていいですか?」
「あぁ。そうだね。……いや。そろそろ幸さんが帰ってくる頃だ。邪魔になるだろうから、部屋でもらうよ。」
「わかりました。」
 幸は買い物に言っているらしい。少し時間的に余裕のない時間のようだが、何か買い忘れてでていったのかもしれない。
「……。」
「どうかしましたか?」
 じっと祥吾が彼女を見ている。それが少し奇妙で思わず聞いてしまった。
「いいや。何でもない。」
 そう言って祥吾は部屋に戻っていった。

 資料を数点手にして、春川は祥吾の部屋の前に立つ。幸はさっき帰ってきたらしく、台所からはいい匂いがした。
「先生。入りますよ。」
 ドアを開けると、祥吾は難しい顔をして煙草を吸っていた。そして彼女が入るとその煙草を消す。
「頼まれた資料です。瘋癲病院の資料のコピーと……。」
「春。今日は誰と会っていたのかな。」
「え?」
 資料のコピーをテーブルに置きながら、彼女は彼の方を見る。すると彼は立ち上がり、彼女のジャンパーを脱がせようと手をかける。
「先生。何ですか?」
 しかし彼女はそれを拒否するように、彼から離れた。足下にコピー用紙が散らばる。
「先生ではないと何度も言っているはずだ。」
「……すいません。」
 すると彼はまた彼女の方に手を伸ばした。今度は拒否しない。すると彼はジャンパーを脱がすと、首もとに指を当てる。ヒヤリとした指で思わずのけぞった。
「冷た……。」
「こんなところに跡がある。」
 跡?思わずそこに手を当てた。まさか注意していたのに、桂がその跡を付けたというのか。
「……虫でもいたんですかね。冬なのに元気ですね。」
「元気な虫か。君にまとわりつく虫は、是非とも駆除したいものだが。」
 冬なのでそんな虫がいるわけがないのだが、彼もまたそれを見て見ぬ振りをしようと思っているのだろうか。いや、彼はそんなに甘くないだろう。きっとそのまま彼女を求めるのだろうか。それは出来ないのに。
「春。今度の二十四日は空けていてくれないだろうか。」
「二十四日?一週間後ほどですか?」
「あぁ。君とはそういったことをしたことがないが、若いのに我慢しているのではないのかと幸さんに言われてね。」
 幸はきっと祥吾の女癖の悪さを、今回のことで懲りたのではないかと思っている。だから今度こそ子供の一人でも出来るのではないかと思っているのだ。
 古い考え方だ。女性は子供を産んで一人前になると未だに思っていて、仕事ばかりしている彼女は理解が出来ないらしい。
「クリスマスですか?」
「一緒にいたいと私も思うよ。」
 嘘つき。彼女はそう思いながら、散らばった資料を集めてテーブルに置く。
「……そんなに特別な日ではありませんよ。先生は先生の過ごしたい方と過ごしてください。」
「春。」
 今しかない。彼女は膝を突いたまま、彼を見上げた。
「先生。会って欲しい方がいらっしゃいます。」
「……え?」
 彼女は少しため息をつくと、一瞬彼から視線を外した。そしてまた彼の方を向く。
「私を欲しいと仰っている方です。」
「欲しい?君は私の妻だ。」
「えぇ。戸籍上は。しかし誰にも言っていない。知っているのは、幸さんと一部の編集者だけ。私を欲しいと仰っても不思議ではありません。」
 手が震える。春川もそう思っているのだろうか。春川もまた行きたいというのではないかと。そしてその相手はきっと彼が思っている人だ。
「結婚を公表していないのが徒になったのか。で……君はここを出ていきたいと思っているのか。」
 唇が震える。しかし言わなければいけないだろう。彼のためにも、自分の心のためにも。
「はい。」
 その言葉に祥吾は深くため息をついた。
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