142 / 172
拉致
142
しおりを挟む
旦那はあの春という女をとても気に入っている。他の女とは全く違う女だからだろうか。
男だから、女だから、年上だから、年下だからという概念が全くないからかもしれない。いい言い方をすれば博愛だが、違う言い方をすれば誰にでもいい顔をする八方美人ともいえる。それに特別に誰かを好きだということもないようだ。
それは作家をしている旦那という人にも、そういう風に扱っているように見える。どちらも孤独だろう。
旦那はどうするのだろう。もしも彼女に別れを告げられて、体だけの女とまたつき合うのだろうか。ずっと元気なんていう保証はないのに。
「ママ。」
新しい黒服が、バックヤードにやってくる。以前勤めていた黒服は、自分の娘と一緒になった。思えば、彼女らもそうだった。だから重なるのかもしれない。
幸せになればいい。誰もが諸手を上げて祝ってくれなくても、自分たちの幸せを一番に考えればいいのだから。
「もう行くわね。」
昔のことを思い出した。彼女はその考えを払拭し、いつもの顔になる。
すっかり暗くなってしまった。春川は出版社の前で車から降りる。そしてそのビルの中に入っていった。もうビルの中に人は少ない。クリスマスイブとはいえ、明日も仕事なのだからと帰っていく人が多いのだろう。
彼女はエレベーターの前で上の矢印のボタンを押す。しばらくすると、ドアが開いた。人が数人降りてきたのを見て、彼女は中に入る。そしてドアは閉まろうとしたときだった。ドアにガット手をおいて閉まるのを止めた人がいる。彼女は慌ててドアの開のボタンを押した。
息を切らせて中に入ってきたのは、桂だった。
「桂さん?」
彼女は彼が入るのを見て、ドアを閉める。そして七階のボタンを押すと、彼女は彼の方を振り返り駆け寄る。彼も彼女の腕を引いた。
「啓治……。」
温かい胸、そしてこの腕に抱かれたかった。
「春……。」
小さく震える体。それは小さく温かい。それをずっと抱きしめたかった。
何も言葉はなかった。彼女は彼を見上げ、彼も彼女を見下ろす。そして唇を軽く重ねた。
「続きは、今晩しよう。」
「……夕べもしたわ。」
「抱きたい。いくら抱いても抱き足りない。」
「啓治。」
「わかってる。書きたいんだろう?でも今日は抱かせてくれないか。今日はあんたが俺のものになるから。」
その言葉に彼女は少し笑った。
「すごい自信ね。」
「今日本当に会えないと思ったから。」
すると彼女は少しうつむいていう。
「本当は怖かった。」
「春。」
「薬打たれて、廃人みたいになって、セックスのことしか考えれないような体になってしまったら。私は姉さんみたいになるって。」
肩を抱く。そして頭にキスをした。
「あんたが危険な目にあったのは、世界が広くなったからだ。だが、あんたを救い出したのは、やっぱり世界だった。それは人の繋がり。そしてあんたの人望だ。」
「……うん。」
「これからも広げていきたいんだろう?」
「うん。」
「それでいい。やりたいことをすればいい。」
エレベーターに軽い音がした。七階に着いたらしい。二人はドアが開いたのを見てそこに降り立った。
love juiceのオフィスへ行くと、北川が一番に駆け寄ってきた。
「よく無事で。」
「ヤクザに売られたんじゃないかっていってましたよ。」
青木もそこにやってきた。すると春川は少し笑いながら、彼にいう。
「知り合いが居ました。」
「え?ヤクザに知り合いが居るの?」
「あぁ。ほら。アレです。「戦花」。」
その名前に北川は頭を抱えた。
「何?それ。」
青木は知らないのか、彼女に聞く。
「あー。ヤクザと女子高生の話です。アレで春川さんも有名になりましたからね。そのかわり、ヤクザの仕事を見たいからって、ヤクザの事務所に行ったでしょ?」
「正確には、自宅です。」
当時、彼女は反対をした。だが言い出したら聞かない春川を止めれなかったのを覚えている。
「人間ですよ。しかも言葉が通じるんです。何とかなりますよ。」
春川のスタンスは一貫している。同じ人間だから、言葉が通じるんだから話せば理解してくれる。理解してくれなかったら理解してくれるまで話せばいい。それがどんなに危険なことか、そして桂はそれを理解してくれているのだろうか。
きっと春川はそれを押さえることは出来ない。だから桂は二番目よりももっと下になるかもしれない。それに耐えれるのだろうか。
おそらく祥吾はそれを理解していた。だから彼女を好きなようにさせたのだ。そして自分も好きに遊んでいる。それはそれでバランスがとれていたのかもしれない。
春川は出版社を出ると、祥吾に連絡をした。予定よりは遅くなってしまったが、今日と言っていた。待っているかもしれない。それともあきれて他の女を呼んでいるかもしれない。
電話のコール音がして、留守電に切り替わった。それにため息を付き、彼女は携帯をしまった。
「連絡付いたか。」
桂が心配そうに聞いてきたのを見て、彼女は首を横に振る。
「いいえ。」
「家まで行った方が良いのか。だったら一度バイクをおいて……。」
そのとき彼女の携帯電話に着信があった。それを取り出すと、そこには祥吾の名前があった。
「もしもし。」
「春。道路の向かいを見なさい。」
おそるおそる彼女は道路の向こう側をみる。それに桂も習って見た。そこには和服姿の祥吾が居る。離れててよく見えなかったが、彼は微笑んでいたように思える。それはいつも通りの姿だった。
「外に出てるなんて……。」
「滅多に出ないと言っていたな。」
「滅多なことなのよ。」
独占したかった。だから外に出てきたのだろう。
男だから、女だから、年上だから、年下だからという概念が全くないからかもしれない。いい言い方をすれば博愛だが、違う言い方をすれば誰にでもいい顔をする八方美人ともいえる。それに特別に誰かを好きだということもないようだ。
それは作家をしている旦那という人にも、そういう風に扱っているように見える。どちらも孤独だろう。
旦那はどうするのだろう。もしも彼女に別れを告げられて、体だけの女とまたつき合うのだろうか。ずっと元気なんていう保証はないのに。
「ママ。」
新しい黒服が、バックヤードにやってくる。以前勤めていた黒服は、自分の娘と一緒になった。思えば、彼女らもそうだった。だから重なるのかもしれない。
幸せになればいい。誰もが諸手を上げて祝ってくれなくても、自分たちの幸せを一番に考えればいいのだから。
「もう行くわね。」
昔のことを思い出した。彼女はその考えを払拭し、いつもの顔になる。
すっかり暗くなってしまった。春川は出版社の前で車から降りる。そしてそのビルの中に入っていった。もうビルの中に人は少ない。クリスマスイブとはいえ、明日も仕事なのだからと帰っていく人が多いのだろう。
彼女はエレベーターの前で上の矢印のボタンを押す。しばらくすると、ドアが開いた。人が数人降りてきたのを見て、彼女は中に入る。そしてドアは閉まろうとしたときだった。ドアにガット手をおいて閉まるのを止めた人がいる。彼女は慌ててドアの開のボタンを押した。
息を切らせて中に入ってきたのは、桂だった。
「桂さん?」
彼女は彼が入るのを見て、ドアを閉める。そして七階のボタンを押すと、彼女は彼の方を振り返り駆け寄る。彼も彼女の腕を引いた。
「啓治……。」
温かい胸、そしてこの腕に抱かれたかった。
「春……。」
小さく震える体。それは小さく温かい。それをずっと抱きしめたかった。
何も言葉はなかった。彼女は彼を見上げ、彼も彼女を見下ろす。そして唇を軽く重ねた。
「続きは、今晩しよう。」
「……夕べもしたわ。」
「抱きたい。いくら抱いても抱き足りない。」
「啓治。」
「わかってる。書きたいんだろう?でも今日は抱かせてくれないか。今日はあんたが俺のものになるから。」
その言葉に彼女は少し笑った。
「すごい自信ね。」
「今日本当に会えないと思ったから。」
すると彼女は少しうつむいていう。
「本当は怖かった。」
「春。」
「薬打たれて、廃人みたいになって、セックスのことしか考えれないような体になってしまったら。私は姉さんみたいになるって。」
肩を抱く。そして頭にキスをした。
「あんたが危険な目にあったのは、世界が広くなったからだ。だが、あんたを救い出したのは、やっぱり世界だった。それは人の繋がり。そしてあんたの人望だ。」
「……うん。」
「これからも広げていきたいんだろう?」
「うん。」
「それでいい。やりたいことをすればいい。」
エレベーターに軽い音がした。七階に着いたらしい。二人はドアが開いたのを見てそこに降り立った。
love juiceのオフィスへ行くと、北川が一番に駆け寄ってきた。
「よく無事で。」
「ヤクザに売られたんじゃないかっていってましたよ。」
青木もそこにやってきた。すると春川は少し笑いながら、彼にいう。
「知り合いが居ました。」
「え?ヤクザに知り合いが居るの?」
「あぁ。ほら。アレです。「戦花」。」
その名前に北川は頭を抱えた。
「何?それ。」
青木は知らないのか、彼女に聞く。
「あー。ヤクザと女子高生の話です。アレで春川さんも有名になりましたからね。そのかわり、ヤクザの仕事を見たいからって、ヤクザの事務所に行ったでしょ?」
「正確には、自宅です。」
当時、彼女は反対をした。だが言い出したら聞かない春川を止めれなかったのを覚えている。
「人間ですよ。しかも言葉が通じるんです。何とかなりますよ。」
春川のスタンスは一貫している。同じ人間だから、言葉が通じるんだから話せば理解してくれる。理解してくれなかったら理解してくれるまで話せばいい。それがどんなに危険なことか、そして桂はそれを理解してくれているのだろうか。
きっと春川はそれを押さえることは出来ない。だから桂は二番目よりももっと下になるかもしれない。それに耐えれるのだろうか。
おそらく祥吾はそれを理解していた。だから彼女を好きなようにさせたのだ。そして自分も好きに遊んでいる。それはそれでバランスがとれていたのかもしれない。
春川は出版社を出ると、祥吾に連絡をした。予定よりは遅くなってしまったが、今日と言っていた。待っているかもしれない。それともあきれて他の女を呼んでいるかもしれない。
電話のコール音がして、留守電に切り替わった。それにため息を付き、彼女は携帯をしまった。
「連絡付いたか。」
桂が心配そうに聞いてきたのを見て、彼女は首を横に振る。
「いいえ。」
「家まで行った方が良いのか。だったら一度バイクをおいて……。」
そのとき彼女の携帯電話に着信があった。それを取り出すと、そこには祥吾の名前があった。
「もしもし。」
「春。道路の向かいを見なさい。」
おそるおそる彼女は道路の向こう側をみる。それに桂も習って見た。そこには和服姿の祥吾が居る。離れててよく見えなかったが、彼は微笑んでいたように思える。それはいつも通りの姿だった。
「外に出てるなんて……。」
「滅多に出ないと言っていたな。」
「滅多なことなのよ。」
独占したかった。だから外に出てきたのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる