セックスの価値

神崎

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クリスマス

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 お腹が空いたと、祥吾は食事を頼んだ。やがてなますなどの小鉢が運ばれてきた。祥吾は熱燗を頼み、ちびちびと酒を口に運ぶ。酒の肴は、目の前にあるがもっと面白いモノが目の前にある。
 自分が重荷になっていると言われた桂と、小説と桂で揺れ動いている春川。見物だ。ヤクザを使って、彼女を潰そうとしたが結局彼女らは勝手に潰れていくらしい。
「……春。」
「何かしら。」
「俺が重荷になってるか?」
 彼女は箸を置くと、ため息を付いた。
「思ったことはある。でも……苦痛に思ったことはない。幸せだと思うから。」
「あんたがしたいのはモノを書く事じゃないのか。」
 確かにそうだ。だが彼とセックスをしていればそんな暇はなくなるのだ。
「来年になればきっともっと忙しくなる。過去の作品が映像化するし、新聞のコラムも始まる。」
「……。」
「だけど欲張りなのかしらね。あなたと居たいとも思うの。」
 そのとき女将が別の皿を持ってきた。そして三人の前に置いた。
「先生。確かにあなたと一緒にいれば、物書きとして大成できるかもしれない。だけどあなたの側にいたら、私は小説家にいつまでもなれない。」
 酒をぐっと飲み、彼はふっと笑う。
「人のセックスばかりを書く小説家だ。春。もし桂さんと別れる気があるのだったら、私の元で純文学を書けばいい。」
 その言葉には彼女は首を横に振る。
「先生の元には帰りません。」
「春。」
「一度でも模倣したような作家の元へ行けましょうか。」
 その言葉に彼は席を立ち、彼女の元へいく。桂はそれを守るように、彼女の前にたつ。
「あなたのしたことはわかってる。遠藤守さんのことも……。」
「黙れ。桂さん。避けてくれないか。この生意気な娘が。」
「あんたのしたことだ。それを責めるのか?」
 何となく桂もわかっていた。彼がしたことが。だから彼女を守らなければいけない。
 すると彼女は少しうつむいて、財布を取り出す。そしてその中から折り畳んだ封筒を取り出した。
「先生。」
 それを机に置く。そして彼女は座布団から降りて、祥吾に頭を下げた。
「これは先生が喉から手が出るほど欲しかったものです。これを差し上げます。なので、私を啓治のところへやってくださいませんか。」
 祥吾の手が震えている。だがその封筒を手にした。そしてその中を見た。そこには一枚の紙と、そしてSDカード。
 紙を開くと、彼は驚いたように彼女を見た。
「これは……。」
「……真実です。それがあれば私を飼っている理由はありません。」
「本気か。こんなモノを私に渡せば、君は……。」
「もうどうでもいいんです。重要なのは過去よりも、これからです。それが世に出て、どうなろうと知ったことではありません。」
「無視できるような世の中ではない。催眠療法で、君の心の奥底を明らかにしたデータなど……あれから七年しかたっていないのだ。君に警察の訴追がくるだろう。」
「でもこれが全てです。それから訴追があったとしても、私は何も言えない。」
「……。」
 彼女は啓治を見上げる。そして彼女はぽつりと言った。
「先生が私を妻にした理由。それは、私の両親の事件。その真相を知りたかったから。」
 彼女は彼女の両親の事件の唯一の生き残りであり、その真相が知りたかった。そしてそれを小説にしようと思っていたのだ。
 ネタとしては最高だ。だが彼女は何も言わない。覚えていないと言うのだ。あまりの光景に記憶に蓋をしていたのだろう。徐々に教えてくれればいいと思っていた祥吾だったが、結局何も語らなかった。
 そしてそれに彼女は薄々気が付いていた。祥吾が愛しているのは、彼女ではなく彼女の過去の事件なのだと。
「警察官の土方さん。」
「知っている。」
「紹介していただいたんです。腕のいい精神科医を。データは正確だと思います。」
「君……。」
「それで別れていただけませんか。」
 すると彼はふっと笑い、そして堪えきれないように肩を震わせた。そしてそれは徐々に大きくなり、笑いが押さえきれない。
「春。こんなモノを私が求めていたと思っているのか。」
 手に持っている封筒。そこに彼女のデータがある。だが彼はその封筒を破った。
「先生。」
「何で破る?あんたが欲しがっていたネタじゃないのか。」
「こんなモノが欲しいと?欲しいのは、春。君だけだ。言っていたよね。君を愛していると。」
「……。」
 狙いは崩れた。彼女はぐっと唇をかむ。しかし彼は手をさしのべて、立ち上がらせようとした。しかし彼女は続けて言葉を発する。
「遠藤守さんのことも聞きました。」
「……誰に?」
「姉に。」
「浅海夏……。」
 その言葉に彼の顔色が青くなる。
「……私は唯一の家族です。面会してきました。あなたは牧原絹恵さんと競合して、遠藤守さんから姉を引き離した。姉を薬漬けにし向けたのは二人だと。」
「それがどうして守と繋がるんだ。」
「二人を引き離すことが、目的だった。余計な目撃者を出さないように。」
「……全てが君の想像だ。純文学ではなく、君は人殺しの小説を書いたらどうだろう。あの遠藤守のように。」
「姉はもう薬に転びません。姉が出所すれば、まっとうな道を歩みます。そして証言すると言っていました。」
「そんなことはさせない。」
「いいえ。証言するそうです。それを土方さんにも伝えましたから。」
「余計なことを。春。よっぽど私と別れたいのか。」
「はい。」
 すると彼女は立ち上がり、彼を見上げる。
「文章は尊敬できました。でもその文章すら全てが模倣でしたね。デビュー作の「江河」すら遠藤守の模倣だったなんて。あなたには尊敬できるところがない。」
「春。」
 これ以上言ってはいけない。桂は彼女を止めようとした。しかし彼女は続ける。
「不倫を責められる立場ではないでしょう。どうぞ、姉が出所するまでいいわけを考えてください。今回は、守ってくれる女性もいらっしゃいませんから。」
 食事の途中だったが、彼女は彼に背を向けようとした。しかし祥吾は言う。
「公表してもいいんだな。君が桂さんと不倫していたという事を。」
 すると今度は桂が言葉を発する。
「不倫ではないでしょう。」
 そして桂はバッグから、一枚の紙を取り出した。
「最近は、戸籍抄本って他人でも取り出せるんですね。コンビニでもどこでも。」
「……。」
「あなたと春は結婚していない。あなたには離婚歴があるが、春にはない。」
 その言葉に彼女は振り返って彼をみる。そうだった、あの日。
 婚姻届を書き、それを役所に届けようとした。しかし珍しくその日祥吾に用事があると言って、ついでに出してくると彼の手に渡っていたのだ。
「……。」
「さようなら。」
 春川はそういって、出ていこうとした。しかしそこには女将が皿を持って座り込んでいる。
「あら。お帰りですか。」
「はい。」
「もう最後ですので、どうぞ召し上がってくださいな。」
「……いいえ。用事が……。」
「女将。いい。食材の無駄になってしまうが、これで締めて欲しい。会計をしてくれないか。」
 そのときの祥吾の表情は、いつも通りの笑顔だった。
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