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クリスマス
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料亭を出て、桂と春川は大通りに出ると祥吾と離れた。祥吾はせっかく外に出たので、馴染みの店へ行くという。
きらきらとしたイルミネーションが街頭の木々を彩り、それを恋人たちが見ている。その横を通り、二人は駐車場へ向かっていた。
クリスマスだからだろう。ケーキを手にしている人も多い。そういえばケーキも用意してなかった。桂はもう閉店しようとしているケーキ屋の前で足を止める。こういった甘いモノが好きなのだろう。自分も嫌いじゃないが、彼女が望んでいるだろうか。ちらりと彼女をみる。
すると彼女も足を止めていた。
「春?」
声をかけて、ケーキ屋の前を後にした。すると彼女が目に留めていたのはラーメン屋だった。豚骨と餃子のニンニクの美味しそうな匂いがする。
「大して食べてなかったからかな。お腹空いた。」
「食欲旺盛だな。」
「昼も食べてなかったのよ。」
「ラーメン食べるか?」
「普段食べたいとは思わないのだけど。」
「緊張がほぐれたからだろう?行こう。」
そういって桂は春川の背中を押して、その小汚いラーメン屋に入っていった。
店内はふわっと暖かく、ニンニクの匂いが強くなった気がする。カウンター席に座ると、赤いテーブルが目に留まる。
「ラーメン二つ。餃子食べる?」
「遠慮しとく。さすがにそこまで入らない。」
「そうだな。夜だし、俺も太ったら困る。」
店内は閑散としている。クリスマスにラーメンを食べようとは思わないのだろう。クリスマスと言えばチキンだ、ケーキだと世の中は騒いでいるのに片隅のラーメン屋にいるカップルはそうそういないだろう。
テレビがついていて、それを見上げるとシチューのコマーシャルをしている。お母さんに扮した女性が、とろっとしたシチューを皿につぎ、ダイニングで待っている男性と子供二人の前に置いた。それを食べるとみんなが笑顔になる。
そのコマーシャルを見て、春川は目をそらした。小さい頃はこんな家族が居るのだろうかといつも思ってたが、大きくなるに連れて自分の家族が特殊なのだとやっと気が付いたものだ。どこの家庭も母親に手を挙げる父親など居ないし、娘に手を出す父親もいない。
「そういえば……。」
水を飲んで、桂は春川に聞く。その声で彼女は彼の方を向いた。
「どうしたの?」
「プレゼントを用意し忘れた。」
「忙しかったものね。私も用意はしてない。」
「まぁいいか。クリスマスと言っても普通の日だ。別に特別な宗教に入っているわけでもないしな。」
テレビ番組はコマーシャルが終わり、ニュース番組に切り替わった。そのとき厨房のおじさんがラーメンの器を桂の前に置く。
「お待ちどうさん。」
すぐに春川の前にも同じ物が置かれた。ホカホカと温かいスープ、麺は細麺、チャーシューとネギ、メンマや卵も入っている。
「美味しそうね。」
「あぁ。」
割り箸を桂に渡し、レンゲからスープを飲む。豚骨味だがあまりこってりはしていないところが美味しい。家で作るには不可能だろう。
「クリスマスイブなのにな。」
「まだ言う?別にそんなの気にしないわ。」
そんなことよりも明日のことの方が気になる。エロ小説家であり、風俗ライターの女が独身だった。これからは身の安全を気を付けないといけないだろう。勘違いした男が襲ってくることもあるかもしれないし。
「春。」
「ん?」
「年が明けたら忙しくなるのか。」
「そうね。編集部はさすがに年末や年明けは休みだろうけど、その間プロット作業をしたいわ。この間のヤツで、プロットのストック切れたし。」
「明日は俺、相川さんの事務所へ行く。」
「あぁ。そうね。もうそっちの仕事は受けてるのないの?」
「無いな。二、三日前にしたのが引退作品ってわけだ。」
「誰だったの?」
「さぁ。覚えてない。」
「あなたらしいわね。」
そういって彼女は麺をすする。
「相川さんから、ドラマの話があって受けてみないかって言われてるんだ。」
「ドラマ?」
「深夜枠だけどな。殺人事件の話だ。その犯人役でゲスト出演みたいなものだし。」
「何でもやってみればいい。私も先生から最初はそう言われていたのよ。だから官能小説なんか書いてたのよね。」
官能小説が面白くない訳じゃない。むしろ楽しかった。ファンタジーだろうと自分で自分を突っ込みながら、乱れる女と性欲の固まりのような男を描く。その中にストーリーを練り込み、キャラクターの感情をくみ取り、時代背景、時系列、そんなモノを織り込んだ。
そのとき店のドアが開いた。入ってきたのは、二人組の男だった。チンピラのような男たちで、桂は関わらないようにと一瞬みたがさっと視線をラーメンに向けた。
「ビールと餃子。」
「俺、味噌ラーメン。」
テーブル席に着くなり、男たちは注文を言う。因縁を付けられなければ、頭が悪い分つきあいやすいと言うのが彼女の考え方だ。だがそれは組長クラスの立場にある人に限る。
ほとんどはチンピラで何かしらに付けて因縁を付けて、金を巻き上げようとしている奴らだ。
「あいつ、口ほどにもねぇヤツでしたね。兄貴。」
「あぁ。その裏に転がしてるけど、最後「助けてください」って泣き声だったもんな。」
誰かをボコボコにしたらしい。ラーメンのスープを残して、彼女はため息を付いた。
「美味しかった。」
「あぁ。行くか?すいません。お勘定を。」
「あぁ。良いわよ、自分の分くらい払うわ。」
そう言って彼女はポケットから財布を取り出そうとした。しかし財布がなかった。いつも持っているバッグがなかったからだろう。
「あぁっ。そうだった。」
ヤクザに拉致されたとき、彼女はそのままの状態で連れ去られたので、持っているのは仕事用の携帯電話だけだったのだ。
「これくらい奢らせてくれ。」
桂はそう言って財布からお札を取り出した。そして女性からお金を受け取ると、二人は立ち上がり出ていく。のれんをくぐり、外に出ると身を切るような寒さだった。だが雪の気配はない。
「寒いね。」
「早く温まることをするか?」
その言葉に彼女は少し笑う。
「本当に元気ね。昨日もしたのに。」
「あんただからだろう?他の女ではそう思わないし、一人でしてた方がましだったな。あんたも俺と会わないときは一人でするのか?」
「あのとき以来してないから。」
「いつだっけ?」
「言わせるの?」
並んで歩いていると、彼女の手の甲が彼の手の甲に触れた。そのまま手を握り、物陰に隠れてキスをしたい。だがそれをすればその先もしたくなる。家まで持たないかもしれないのだ。
「春。」
そのときその触れていた手が急に離れた。彼女が足を止めたからだ。彼女は建物と建物の隙間にある、そのくらい路地を見ていた。
「どうしたんだ。」
「何か動いた気がするの。」
「猫か何かだろう?行こう。」
そう言って手を掴み、彼女を促そうとした。しかし彼女は動かない。
「うめき声みたいなモノがするわ。」
彼女は手をふりほどくと、戸惑うこと無くその中に入っていった。彼もそれを呆れたように見て、彼女の後を追っていった。そうだ。彼女はこういう人だったのだ。
きらきらとしたイルミネーションが街頭の木々を彩り、それを恋人たちが見ている。その横を通り、二人は駐車場へ向かっていた。
クリスマスだからだろう。ケーキを手にしている人も多い。そういえばケーキも用意してなかった。桂はもう閉店しようとしているケーキ屋の前で足を止める。こういった甘いモノが好きなのだろう。自分も嫌いじゃないが、彼女が望んでいるだろうか。ちらりと彼女をみる。
すると彼女も足を止めていた。
「春?」
声をかけて、ケーキ屋の前を後にした。すると彼女が目に留めていたのはラーメン屋だった。豚骨と餃子のニンニクの美味しそうな匂いがする。
「大して食べてなかったからかな。お腹空いた。」
「食欲旺盛だな。」
「昼も食べてなかったのよ。」
「ラーメン食べるか?」
「普段食べたいとは思わないのだけど。」
「緊張がほぐれたからだろう?行こう。」
そういって桂は春川の背中を押して、その小汚いラーメン屋に入っていった。
店内はふわっと暖かく、ニンニクの匂いが強くなった気がする。カウンター席に座ると、赤いテーブルが目に留まる。
「ラーメン二つ。餃子食べる?」
「遠慮しとく。さすがにそこまで入らない。」
「そうだな。夜だし、俺も太ったら困る。」
店内は閑散としている。クリスマスにラーメンを食べようとは思わないのだろう。クリスマスと言えばチキンだ、ケーキだと世の中は騒いでいるのに片隅のラーメン屋にいるカップルはそうそういないだろう。
テレビがついていて、それを見上げるとシチューのコマーシャルをしている。お母さんに扮した女性が、とろっとしたシチューを皿につぎ、ダイニングで待っている男性と子供二人の前に置いた。それを食べるとみんなが笑顔になる。
そのコマーシャルを見て、春川は目をそらした。小さい頃はこんな家族が居るのだろうかといつも思ってたが、大きくなるに連れて自分の家族が特殊なのだとやっと気が付いたものだ。どこの家庭も母親に手を挙げる父親など居ないし、娘に手を出す父親もいない。
「そういえば……。」
水を飲んで、桂は春川に聞く。その声で彼女は彼の方を向いた。
「どうしたの?」
「プレゼントを用意し忘れた。」
「忙しかったものね。私も用意はしてない。」
「まぁいいか。クリスマスと言っても普通の日だ。別に特別な宗教に入っているわけでもないしな。」
テレビ番組はコマーシャルが終わり、ニュース番組に切り替わった。そのとき厨房のおじさんがラーメンの器を桂の前に置く。
「お待ちどうさん。」
すぐに春川の前にも同じ物が置かれた。ホカホカと温かいスープ、麺は細麺、チャーシューとネギ、メンマや卵も入っている。
「美味しそうね。」
「あぁ。」
割り箸を桂に渡し、レンゲからスープを飲む。豚骨味だがあまりこってりはしていないところが美味しい。家で作るには不可能だろう。
「クリスマスイブなのにな。」
「まだ言う?別にそんなの気にしないわ。」
そんなことよりも明日のことの方が気になる。エロ小説家であり、風俗ライターの女が独身だった。これからは身の安全を気を付けないといけないだろう。勘違いした男が襲ってくることもあるかもしれないし。
「春。」
「ん?」
「年が明けたら忙しくなるのか。」
「そうね。編集部はさすがに年末や年明けは休みだろうけど、その間プロット作業をしたいわ。この間のヤツで、プロットのストック切れたし。」
「明日は俺、相川さんの事務所へ行く。」
「あぁ。そうね。もうそっちの仕事は受けてるのないの?」
「無いな。二、三日前にしたのが引退作品ってわけだ。」
「誰だったの?」
「さぁ。覚えてない。」
「あなたらしいわね。」
そういって彼女は麺をすする。
「相川さんから、ドラマの話があって受けてみないかって言われてるんだ。」
「ドラマ?」
「深夜枠だけどな。殺人事件の話だ。その犯人役でゲスト出演みたいなものだし。」
「何でもやってみればいい。私も先生から最初はそう言われていたのよ。だから官能小説なんか書いてたのよね。」
官能小説が面白くない訳じゃない。むしろ楽しかった。ファンタジーだろうと自分で自分を突っ込みながら、乱れる女と性欲の固まりのような男を描く。その中にストーリーを練り込み、キャラクターの感情をくみ取り、時代背景、時系列、そんなモノを織り込んだ。
そのとき店のドアが開いた。入ってきたのは、二人組の男だった。チンピラのような男たちで、桂は関わらないようにと一瞬みたがさっと視線をラーメンに向けた。
「ビールと餃子。」
「俺、味噌ラーメン。」
テーブル席に着くなり、男たちは注文を言う。因縁を付けられなければ、頭が悪い分つきあいやすいと言うのが彼女の考え方だ。だがそれは組長クラスの立場にある人に限る。
ほとんどはチンピラで何かしらに付けて因縁を付けて、金を巻き上げようとしている奴らだ。
「あいつ、口ほどにもねぇヤツでしたね。兄貴。」
「あぁ。その裏に転がしてるけど、最後「助けてください」って泣き声だったもんな。」
誰かをボコボコにしたらしい。ラーメンのスープを残して、彼女はため息を付いた。
「美味しかった。」
「あぁ。行くか?すいません。お勘定を。」
「あぁ。良いわよ、自分の分くらい払うわ。」
そう言って彼女はポケットから財布を取り出そうとした。しかし財布がなかった。いつも持っているバッグがなかったからだろう。
「あぁっ。そうだった。」
ヤクザに拉致されたとき、彼女はそのままの状態で連れ去られたので、持っているのは仕事用の携帯電話だけだったのだ。
「これくらい奢らせてくれ。」
桂はそう言って財布からお札を取り出した。そして女性からお金を受け取ると、二人は立ち上がり出ていく。のれんをくぐり、外に出ると身を切るような寒さだった。だが雪の気配はない。
「寒いね。」
「早く温まることをするか?」
その言葉に彼女は少し笑う。
「本当に元気ね。昨日もしたのに。」
「あんただからだろう?他の女ではそう思わないし、一人でしてた方がましだったな。あんたも俺と会わないときは一人でするのか?」
「あのとき以来してないから。」
「いつだっけ?」
「言わせるの?」
並んで歩いていると、彼女の手の甲が彼の手の甲に触れた。そのまま手を握り、物陰に隠れてキスをしたい。だがそれをすればその先もしたくなる。家まで持たないかもしれないのだ。
「春。」
そのときその触れていた手が急に離れた。彼女が足を止めたからだ。彼女は建物と建物の隙間にある、そのくらい路地を見ていた。
「どうしたんだ。」
「何か動いた気がするの。」
「猫か何かだろう?行こう。」
そう言って手を掴み、彼女を促そうとした。しかし彼女は動かない。
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