セックスの価値

神崎

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クリスマス

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 暗くてよく見えないが、何かが倒れているようだ。よく見るように前のめりになるが、足下がぬかるんでいて体勢を崩しそうになる。
「うううう……。」
 男のうめき声だ。春川は確信してその足を進めようとした。そのとき、足下に何か柔らかいモノがふれた。
「何?」
 そのとき後ろから明かりが照らし、それを映し出した。それは倒れている男。振り向くと桂が携帯のライトの機能でそれを後ろから映し出していたのだ。
「大丈夫?意識は?」
 彼女はひざまづいてその男の顔を見る。それは西川充だった。
「西川……。」
「さっきの男たちか。やばいな。さっさとどこかへ移動させた方がいい。おい。」
 ライトで照らし出された目が、薄く開く。どうやら意識はあるようだ。
「意識はあるわね。立てる?手を貸そうか?」
「あ……。」
 さっきまで握ろうとしていた彼女の手が、その泥や血にまみれた手を握る。そして彼の半身を起こした。ためらいはないのだろう。チンピラから酷い暴力を受けて動けなくても、彼女は手をさしのべるのだ。
「救急車……。」
「いいや。救急車はまずい。春。とりあえず移動させて、あんたの車で病院に連れて行こう。」
「わかった。啓治。あなたこの人動かせる?」
「あぁ。とりあえずここから離れた方がいい。そうだな……。そこの路地を出て右、青い建物がある。馴染みのバーだ。そこへ移動させよう。」
「良いわ。私行くわね。」
「あぁ、春。」
 そう言って桂は彼女の手に数枚のコインを握らせた。
「駐車料もかかってるだろ?これで払って。」
「悪いわね。ラーメン代と後で請求して。」
「別ので貰うから。」
「バカね。」
 彼女はそう言って急ぎ足で、路地を出ていく。そして桂は西川を見下ろした。
「さて。あんた立てるか?」
 そう言って手をさしのべて、彼を起こす。しかし右足が折れているらしく、地面に付けるのも痛そうだ。
「肩に手をおけ。歩けないなら抱き抱える。」
「……男に抱き抱えられてもな……。」
「減らず口はたたけるんだな。」
 彼はそう言って西川を抱き抱えると、路地を出ていった。

 救急の総合病院に春川がつれてくると、すぐに担架に乗せられて西川は治療室に入っていった。手術が必要らしいが、同意書のサインが必要だ。
「あなた方はどんな関係になりますか?」
 桂と春川は顔を見合わせて、首を傾げた。この若い目の前の看護師になんと説明すればいいのだろう。どちらかというと春川にとってはうっとうしい存在であり、桂にとってはこれからうっとうしくなる存在だろう。
「……何になるのかしら。」
「さぁ。」
 その様子に呆れたようだった。しかし後ろからやってきた中年の看護師が、財布を手にやってくる。
「所持品に財布。免許証が入ってましたよ。」
「あぁ。でもその住所、もう建物がないみたいですね。」
「引っ越したときに変更しなかったのかしら。」
 彼女はそう言って首を傾げた。
「あの……。」
「何でしょうか。」
「血の繋がりがないとだめなんですか?」
「いない方もいらっしゃいます。そう言った方には、それに準じた方にサインしていただいてますが。」
「だったら私がサインします。」
 春川の言葉に、桂は驚いたように彼女を見る。
「でもどんな繋がりかわからないのでしょう?」
「知り合いですし仕事現場で一緒になったこともあり、彼に事後説明をしても納得されると思うので。」
「わかりました。では手術の説明を先生からしますので、診察室へ。」
「俺も居て良いですか?」
「あなたは?」
 彼は少し戸惑ったように視線を彼女に向けた。しかし彼女は彼を見ずにいう。
「婚約者です。」
「あなたの?」
「はい。」
「……わかりました。ではあなたも一緒に。」
 婚約者と言った真意はわからない。だが彼女は黙って看護師について行く。彼の心の中で、急激に抱きしめたいと思っていたが彼女は何食わぬ顔をして、看護師についていっているだけだった。
 診察室にはいると、若い医師は春川を診て驚いたようだった。
「春ちゃん?」
 いすに座った彼女も驚いたように彼を見る。
「岬君。」
「驚いた。施設を出て以来かな。」
「あなたも医師になったなんて初めて聞いたわ。」
「救急外来の研修医だよ。」
 春川もその医師も笑いながら、話している。その様子に桂は声をかけた。
「春。」
 すると彼女は少し笑い、彼にいう。
「あぁ。西川さんはどうかしら。」
「手術が必要だと思う。ほら。レントゲンで大腿骨が折れてる。よく連れてきたね。それから目の下の骨、眼窩壁にヒビが入ってる。酷いのはこの辺で、後は打撲、切り傷とか。」
「手術……輸血は?」
「必要だね。出血も酷い。そのサインをして貰わないといけないんだけど。どうかな。ここで君にサインをして貰ってもいいけど、その場合手術中に外で待って貰わないといけない。」
「立ち会いというわけか。」
「ですね。聞いたところによるとそんな深い知り合いでもなさそうだし、そこまでつきあう?」
「良いわ。仕事はここでも出来ないことはないし。」
「春。」
 たまらずに桂が声を上げる。せっかくのクリスマスなのに。出来ればセックスしたいと思っていたのに。なぜこんなことで出来ないのだろう。
 全く邪魔が入ったものだ。彼はそう思いながら、彼女を止める。
「……婚約者さんのいうとおりだよ。君がお人好しなのは昔から知っているけれど、そこまでする義理はないと思う。」
「かまわないわ。」
「春。」
「啓治。お願い。ここにいさせて。」
 その目を見る。あぁ。彼女の悪い癖が出ているのだ。この経験もネタになると思っている。
「まぁ、良いか。そのかわり後で覚えておけよ。」
「仕方ないわね。」
 すると医師は笑いながら、書類を取り出した。
「熱いことだね。じゃあ、これにサインして。ここと、そう。ここにも。印鑑ある?」
「えぇ。」
「いいね。じゃあよろしく。」
 理解のある婚約者だ。それにどこかで見たことのある人だ。サングラスをかけているが、どこでみたのだろう。医師はそう思いながら、パソコンに映し出されたレントゲン写真を、ICUに送った。
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