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幼馴染
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しまった。春川と母親は対面したことがあるので特に心配していないが、兄までいるとは思わなかった。桂はレッスンが終わった後、携帯を見て驚いている。その様子に敦が笑いながらいった。
「お前、今いい表情してんな。その表情で驚けよ。」
「……今のは無意識で。」
「知ってるよ。ばーか。」
軽口を叩いて、敦も携帯電話を開く。
「お、桂。悪いけど明日休みだ。」
「何かあるんですか?」
「監督業。」
「あー。AVの?」
「名前は語ってねぇけど、俺もやってんのよ。まだ足を洗えなくてねぇ。桂は?」
「え?」
「相川の事務所結構緩いから、AV出たいっていっても聞いてくれんじゃねぇの?」
「あーいいっすわ。俺は。」
「んだよ。インポにでもなったのか?」
「いいや。そう言う訳じゃないんですけどね。」
「あー。女か?」
桂を指さしながら、彼は嬉しそうにいった。
「ですね。」
「あー。美雪が泣くぜ。」
「人の奥さんになんて事を言ってんですか。」
「……でもアレだ。お前演技すげぇ自然だから、AVいたときも苦労しなかったか?」
「あー。女が寄ってくるヤツですか?」
「そうそう。そういうの御法度だけど、言い寄られるヤツとかストーカーみたいになった女もいるしさ。」
「あー、いましたねぇ。めんどくさ。」
そんなことを話している場合ではない。すぐに春川の元へ行かないといけない。桂はそう思いながら、荷物をまとめていた。
「じゃ、俺今日ちょっと急ぎの用事があって。失礼します。」
「おぉ。お疲れさん。台本持ったか?」
「あ、はい。」
バッグをみる。そして台本が二つ。チェックすると、彼は急いでスタジオを出て行った。
「どうしたの?桂君、脱兎のように出て行ったわ。」
受付にいた美雪が驚いたように敦に聞く。
「あー女だってよ。」
「えー?女いたのねぇ。」
「いるだろ?あんだけいい男なんだしさ。でも何か様子が変だよな。」
「なにが?」
「あんだけいい男だったら、女が追いかけ回すだろ?でもあいつが追ってるみたいな。」
「……そうね。彼女がココに来たこともないわねぇ。」
「おめぇに殺されるからだろ?」
「何にもしないわよ。」
ふんといって彼女は横を向いた。
「すねんなよ。明日俺、現場だし今日は可愛がってやろうか?」
「こんなおばさん抱いてどうすんのよ。」
「ばーか。俺はオバハンの方が好きなんだって。知ってんだろ?」
いつもそうやって誤魔化すが、そういう敦が彼女は好きだった。
食事へ行こうと、春川は桂の母と、兄である遼一と町へ出ていた。もちろん布団を入れてからだが。
「啓治さんがもう少ししたらくるそうですから。」
「だったら、春さん。ちょっとつきあってもらえませんか。」
「え?」
遼一はうずうずとして彼女の手を取り、商店街の店に入っていった。それを母は呆れたようにみている。本当は作家の身内が出来て一番嬉しいのは遼一なのだ。
運動もそこそこ出来て、背も高く、頭もそれほど悪くない桂は、割と子供の頃から仲間の中心にいた。対して、遼一はあまり人付き合いが得意な方ではない。思ったことをすぐに口に出してしまうからだろうか。教師になってもそれは変わらず、奥さんからも煙たがられていた。
だが彼が唯一夢中になったのは本だった。特にお気に入りの作家がいる訳ではないのだが、本について語らえる人はあまりいなかったのだろう。
「古本屋さんですか。」
「えぇ。通ったときから気になっていた。古書がありそうじゃいかな。」
「えぇ。私もよくお使いでココには来たことがありますよ。」
「お使い?」
彼女はそれ以上何も言わなかった。そして古本屋のドアを開ける。かび臭い本特有の臭いがした。それが彼が好きな臭いだった。
「お気に入りの作家はいらっしゃいますか?」
「そうだな。冬山祥吾が好きだったんだが、最近は女性向けになっている気がする。だが初期の初版はないんだろうか。」
祥吾の名前が出て少しドキリとした。しかし彼女は住ぐに冷静になる。もう別れた人だ。
「……。」
「あぁ。この作家も良いですね。歴史物で、本当にいたように思えますよ。」
「そうだろう?実在の人物ではないようだが、本当にいたようだと思わないか?この古屋卯之助という人物が本当にいたように感じるよ。」
「そうですね。でも、私はこっちの作品も好きです。」
「あぁ、二作目か。コレも良いな。」
「遊女が身請けされる話ですけどね。この話のような話が書きたかったなぁ。」
「君は自分の作品に満足していないのか?」
「……満足できた作品などありましょうか。本になって、読み返して、あぁ、こうすれば良かったって思うことはたくさんあります。私の……。」
「何だ?」
「いいえ……。敬愛する作家の先生も同じようなことを言ってたと思ったんです。」
「なるほどね。芸術家と一緒だな。絵や彫刻が完成したと思ったことはない。誰でもそう思うそうだ。」
勘違いさせる。桂と身なりが似ているから。背格好も似ているから。桂とデートをしているように勘違いさせる。
だが彼は兄であり、妻がいる。だから指先が重なりそうになると、ふっと避ける。遼一もそう思っているらしい。気まずそうに手を引っ込めた。
しばらくそこをみていたが、やがて声をかけられる。
「遼一。春さん。」
どれくらいこうしていたのだろう。尽きることのない書籍の談話。気が付けば母親の存在すら忘れていた。
「あ、母さん。」
「啓治が来たわよ。」
「すいません。ほったらかしにしておいて。」
「良いの。向かいがね、手芸屋さんだったら暇をつぶせたわ。毛糸がが可愛いのがあったの。春さん。帽子でも編んで上げようか?」
「ありがとうございます。」
すると桂が後ろからやってきて彼女の水を差す。
「春。あんたは帽子とか被ったところみたことないけど。」
「啓治。」
「あら?そうなの?」
「すいません。マフラーとかはするんですけど。帽子はいつもどっかに行ってしまって。」
「そうね。人それぞれだもんね。そうね。だったらネックウォーマーとか良いかもね。寝るときでも付けられるし。」
正直に謝ったり、感謝したり、そういうところが母親が好きなところなのだろう。だが父親が気に入るとはとうてい思えない。
こんな古書に残るような本を書いていない。せいぜいあの暖簾の向こうか、十八歳は手にも取れないところに陳列されている本の作者なのだ。そう思いながら、遼一は手に持っている数冊の本を、レジへ持って行った。
「お前、今いい表情してんな。その表情で驚けよ。」
「……今のは無意識で。」
「知ってるよ。ばーか。」
軽口を叩いて、敦も携帯電話を開く。
「お、桂。悪いけど明日休みだ。」
「何かあるんですか?」
「監督業。」
「あー。AVの?」
「名前は語ってねぇけど、俺もやってんのよ。まだ足を洗えなくてねぇ。桂は?」
「え?」
「相川の事務所結構緩いから、AV出たいっていっても聞いてくれんじゃねぇの?」
「あーいいっすわ。俺は。」
「んだよ。インポにでもなったのか?」
「いいや。そう言う訳じゃないんですけどね。」
「あー。女か?」
桂を指さしながら、彼は嬉しそうにいった。
「ですね。」
「あー。美雪が泣くぜ。」
「人の奥さんになんて事を言ってんですか。」
「……でもアレだ。お前演技すげぇ自然だから、AVいたときも苦労しなかったか?」
「あー。女が寄ってくるヤツですか?」
「そうそう。そういうの御法度だけど、言い寄られるヤツとかストーカーみたいになった女もいるしさ。」
「あー、いましたねぇ。めんどくさ。」
そんなことを話している場合ではない。すぐに春川の元へ行かないといけない。桂はそう思いながら、荷物をまとめていた。
「じゃ、俺今日ちょっと急ぎの用事があって。失礼します。」
「おぉ。お疲れさん。台本持ったか?」
「あ、はい。」
バッグをみる。そして台本が二つ。チェックすると、彼は急いでスタジオを出て行った。
「どうしたの?桂君、脱兎のように出て行ったわ。」
受付にいた美雪が驚いたように敦に聞く。
「あー女だってよ。」
「えー?女いたのねぇ。」
「いるだろ?あんだけいい男なんだしさ。でも何か様子が変だよな。」
「なにが?」
「あんだけいい男だったら、女が追いかけ回すだろ?でもあいつが追ってるみたいな。」
「……そうね。彼女がココに来たこともないわねぇ。」
「おめぇに殺されるからだろ?」
「何にもしないわよ。」
ふんといって彼女は横を向いた。
「すねんなよ。明日俺、現場だし今日は可愛がってやろうか?」
「こんなおばさん抱いてどうすんのよ。」
「ばーか。俺はオバハンの方が好きなんだって。知ってんだろ?」
いつもそうやって誤魔化すが、そういう敦が彼女は好きだった。
食事へ行こうと、春川は桂の母と、兄である遼一と町へ出ていた。もちろん布団を入れてからだが。
「啓治さんがもう少ししたらくるそうですから。」
「だったら、春さん。ちょっとつきあってもらえませんか。」
「え?」
遼一はうずうずとして彼女の手を取り、商店街の店に入っていった。それを母は呆れたようにみている。本当は作家の身内が出来て一番嬉しいのは遼一なのだ。
運動もそこそこ出来て、背も高く、頭もそれほど悪くない桂は、割と子供の頃から仲間の中心にいた。対して、遼一はあまり人付き合いが得意な方ではない。思ったことをすぐに口に出してしまうからだろうか。教師になってもそれは変わらず、奥さんからも煙たがられていた。
だが彼が唯一夢中になったのは本だった。特にお気に入りの作家がいる訳ではないのだが、本について語らえる人はあまりいなかったのだろう。
「古本屋さんですか。」
「えぇ。通ったときから気になっていた。古書がありそうじゃいかな。」
「えぇ。私もよくお使いでココには来たことがありますよ。」
「お使い?」
彼女はそれ以上何も言わなかった。そして古本屋のドアを開ける。かび臭い本特有の臭いがした。それが彼が好きな臭いだった。
「お気に入りの作家はいらっしゃいますか?」
「そうだな。冬山祥吾が好きだったんだが、最近は女性向けになっている気がする。だが初期の初版はないんだろうか。」
祥吾の名前が出て少しドキリとした。しかし彼女は住ぐに冷静になる。もう別れた人だ。
「……。」
「あぁ。この作家も良いですね。歴史物で、本当にいたように思えますよ。」
「そうだろう?実在の人物ではないようだが、本当にいたようだと思わないか?この古屋卯之助という人物が本当にいたように感じるよ。」
「そうですね。でも、私はこっちの作品も好きです。」
「あぁ、二作目か。コレも良いな。」
「遊女が身請けされる話ですけどね。この話のような話が書きたかったなぁ。」
「君は自分の作品に満足していないのか?」
「……満足できた作品などありましょうか。本になって、読み返して、あぁ、こうすれば良かったって思うことはたくさんあります。私の……。」
「何だ?」
「いいえ……。敬愛する作家の先生も同じようなことを言ってたと思ったんです。」
「なるほどね。芸術家と一緒だな。絵や彫刻が完成したと思ったことはない。誰でもそう思うそうだ。」
勘違いさせる。桂と身なりが似ているから。背格好も似ているから。桂とデートをしているように勘違いさせる。
だが彼は兄であり、妻がいる。だから指先が重なりそうになると、ふっと避ける。遼一もそう思っているらしい。気まずそうに手を引っ込めた。
しばらくそこをみていたが、やがて声をかけられる。
「遼一。春さん。」
どれくらいこうしていたのだろう。尽きることのない書籍の談話。気が付けば母親の存在すら忘れていた。
「あ、母さん。」
「啓治が来たわよ。」
「すいません。ほったらかしにしておいて。」
「良いの。向かいがね、手芸屋さんだったら暇をつぶせたわ。毛糸がが可愛いのがあったの。春さん。帽子でも編んで上げようか?」
「ありがとうございます。」
すると桂が後ろからやってきて彼女の水を差す。
「春。あんたは帽子とか被ったところみたことないけど。」
「啓治。」
「あら?そうなの?」
「すいません。マフラーとかはするんですけど。帽子はいつもどっかに行ってしまって。」
「そうね。人それぞれだもんね。そうね。だったらネックウォーマーとか良いかもね。寝るときでも付けられるし。」
正直に謝ったり、感謝したり、そういうところが母親が好きなところなのだろう。だが父親が気に入るとはとうてい思えない。
こんな古書に残るような本を書いていない。せいぜいあの暖簾の向こうか、十八歳は手にも取れないところに陳列されている本の作者なのだ。そう思いながら、遼一は手に持っている数冊の本を、レジへ持って行った。
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