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幼馴染
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ビールから焼酎に変わり、普段は饒舌ではない遼一も話を続ける。子供が二人いて、一人は中学生になっているという。部活だ試験だと忙しく、妻がよく動いてくれるらしい。その辺は感謝しているが、帰ってきて下の子供がお腹が空いたと騒いでいるのを聞くといたたまれなくなるようだ。
「バカね。あなたが作ればいいのよ。綾さんも仕事しているんでしょう?」
「そうだけどさ、旭に手をかけすぎなんだよ。確かに旭の方が出来はいいけどね。それにしてもこの焼酎美味いね。どこのだろう。」
そういって遼一はそのメニュー表をみる。
「母さん。一日に帰ろうかと思ってるんだけど。」
「あぁ、家に?良いわよ。父さんには話をしてみるわ。でも……春さん。」
「はい?」
地鶏のモモ焼きに手を付けていた彼女に、母は声をかける。
「父さんは結構難しい人よ。あなたも遼一と同じように思ったことを結構すぐに口にするみたいだけれど、父さんにはそれが嫌われるかもしれないわ。」
「……。」
「桂の仕事にもあまり理解を示していないし。最近は……。」
「お母さん。話してわからない人はいませんよ。この国の言葉なんですから。」
楽観的すぎる。そんなことで認めてもらえるのだろうか。それに少し不安になる。
「話してわからなかったのは、うちの父くらいでしょうか。」
「いないって言ってたわね。」
「えぇ。十四の時に施設に入りました。それから十八までそこに……。」
「春。その話は……。」
「隠したくないの。だから言わせて。」
小さな漁師町で育った。そこで父が母を殺し、性暴力をふるわれていた姉は失踪したのだ。残されたのは彼女だけ。
「昔の話です。」
「明るい家庭ってわけでもなかったのねぇ。」
「しかし……血が繋がってないとはいっても、そんな子供みたいな女性に手をかけるなんて……。」
「……そういう趣味の人もいる。男も、女も、特殊な趣味に走る奴もいるから、すべてを否定は出来ない。」
桂はそういう人を沢山見てきたのだろう。だから無碍にそんな人たちを否定したくはなかった。
「だが犯罪となれば別だ。ある程度の節度があるからな。」
「……首を絞めないとイケない人もいるからね。それで死んだら立派な殺人者よ。」
母がそんな話をするのは初めて聞く。
「兄さんの職場にもいるだろう?」
今度は遼一が酒を吹きそうになった。桂からそんな話を聞くのが初めてだったからかもしれない。聡美の件があって以来、どことなく距離があったような兄弟だったから、そんな話をしたことはなかった。
「あぁ。生徒に手を出してってヤツか?中にはいるよ。生徒とそのまま結婚した教師もいる。でもいつも聞くけど「在学中には手を出していない」ってね。」
「嘘くさい。」
にこにこ笑いながら春川がそう口こぼした。
「そういう話も書いたことあるなぁ。お兄さんにもっと早く出会っていたら、詳しい話が聞けたのに。」
悔しそうに春川が言う。それを見て遼一は春川にその作品を書く前に出会ってなくて良かったと心から思った。
居酒屋の前でホテルを取っているからと、母と遼一、桂と春川で別れた。並んで歩くその後ろ姿を見て、遼一はため息を付いた。
「どうしたの?」
「どうしてもね、抜けきれないと思った。」
「AV男優と官能小説家って事?」
「春川さんは何を書いてもかまわない。それがたまたま官能小説だったと言っていたけれど、本当はそれを狙っていたんじゃないのかって思うよ。」
「狙ってたんでしょ?」
母はそういって少し笑う。
「どうして官能小説なんかを?」
「そういうことを書くのは正直苦しかったでしょうね。お姉さんが性暴力をふるわれていたんなら尚更。」
「だったらどうして?」
「お姉さんが失踪していたって言ってたわ。十九歳だった。大学も満足に出ていない、逃げるように地元を出て行ったような女性よ。働くには良くて水商売。」
「後はソープか、AVとか。」
「そう。だから自分も自らそういう世界に関われば、お姉さんを捜せるって思ったんじゃないのかしら。でもいざ見つけたら、声をかけることは出来なかった。見ていることしかできなかったって事。」
「想像だね。」
「そう。でも……たぶんそういう事じゃないかしらね。父親が性暴力をふるっていたのを見て見ぬ振りをしていたのだから、罪悪感もあったでしょう。」
ため息をはくと、白い息が舞った。
「父さんはなんて言うかしらね。」
「……つれてきてみないとわからないけど……。反対するんじゃないのかな。あの人、僕以上のカチカチの文学青年だったんだろ?」
「そうよ。」
「官能小説なんてって思ってるかな。」
「さぁ、どうかしらね。」
遼一にも言っていなかったが、母は少し父に春川のことを話していた。すると父は山登りをした次の日、整体院へ行くのを日課にしていたのだが、その帰り彼女の本を書っていたのを見ていたのだ。もちろん机の上にそれが乗っていることはない。だが春川の本はきっと読んだのだ。
だったら少しでも春川のことがわかっているかもしれない。
少しでもいい方向に向かえばいい。桂も、春川も幸せになればいいのだ。それが母としての一番の幸せなのだから。
「それにしても啓治は、変わったな。」
「えぇ。いつも会う度に無気力そうだって思ったけれど……。あんなに明るくなると思わなかったわ。」
「そうだとしたら春さんのおかげなのかもしれないな。」
「影響力あるわ。あの子。でも自分が変わらないといけないこともわかっているのかしらね。」
「……変わった方がいい?」
「子供でも産めば、仕事よりも大事なものがあるってわかるんでしょうけどね。」
仕事が一番で、桂はその次。そんな風に見える。親としては複雑だったのだ。
「セックスを売り物にした仕事をしていたヤツだ。子供なんか欲しいと思ってるかな。それに歳が歳だ。厳しいように見えるけどな。」
「あら。そうかしら。五十で子供が出来ても七十歳で成人でしょ?今の現代医学だったら、七十でも余裕で生きられるでしょ?春さんは若いし。」
想像して少し笑えてきた。春川のあの性格がそのままだったとしたら、彼女はきっと子供を抱えてAVの現場を見に行ったりするのだろう。男と女のアレコレを話しながら、子供をあやしているのだ。
「どうしたの?にやにやして。」
「あの性格変わるかなぁって思ってね。」
「まぁね。でも自分を変えたくないって思ってるところもあるから、子供が出来てわかるでしょうね。自分がどれだけわがままだったかって。」
自分もそうだった。わがままで子供を作った。遼一と桂の間に血の繋がりはある。同じ人の子供だからだ。だが一緒に住んでいる父親とは繋がりがない。
欲しいと思っていた子供は、泣いて、わめいて、自分の思い通りにはならないものだった。だがそれでも愛情はある。自分の子供だから。母もそのときやっと気が付いたのだ。
「バカね。あなたが作ればいいのよ。綾さんも仕事しているんでしょう?」
「そうだけどさ、旭に手をかけすぎなんだよ。確かに旭の方が出来はいいけどね。それにしてもこの焼酎美味いね。どこのだろう。」
そういって遼一はそのメニュー表をみる。
「母さん。一日に帰ろうかと思ってるんだけど。」
「あぁ、家に?良いわよ。父さんには話をしてみるわ。でも……春さん。」
「はい?」
地鶏のモモ焼きに手を付けていた彼女に、母は声をかける。
「父さんは結構難しい人よ。あなたも遼一と同じように思ったことを結構すぐに口にするみたいだけれど、父さんにはそれが嫌われるかもしれないわ。」
「……。」
「桂の仕事にもあまり理解を示していないし。最近は……。」
「お母さん。話してわからない人はいませんよ。この国の言葉なんですから。」
楽観的すぎる。そんなことで認めてもらえるのだろうか。それに少し不安になる。
「話してわからなかったのは、うちの父くらいでしょうか。」
「いないって言ってたわね。」
「えぇ。十四の時に施設に入りました。それから十八までそこに……。」
「春。その話は……。」
「隠したくないの。だから言わせて。」
小さな漁師町で育った。そこで父が母を殺し、性暴力をふるわれていた姉は失踪したのだ。残されたのは彼女だけ。
「昔の話です。」
「明るい家庭ってわけでもなかったのねぇ。」
「しかし……血が繋がってないとはいっても、そんな子供みたいな女性に手をかけるなんて……。」
「……そういう趣味の人もいる。男も、女も、特殊な趣味に走る奴もいるから、すべてを否定は出来ない。」
桂はそういう人を沢山見てきたのだろう。だから無碍にそんな人たちを否定したくはなかった。
「だが犯罪となれば別だ。ある程度の節度があるからな。」
「……首を絞めないとイケない人もいるからね。それで死んだら立派な殺人者よ。」
母がそんな話をするのは初めて聞く。
「兄さんの職場にもいるだろう?」
今度は遼一が酒を吹きそうになった。桂からそんな話を聞くのが初めてだったからかもしれない。聡美の件があって以来、どことなく距離があったような兄弟だったから、そんな話をしたことはなかった。
「あぁ。生徒に手を出してってヤツか?中にはいるよ。生徒とそのまま結婚した教師もいる。でもいつも聞くけど「在学中には手を出していない」ってね。」
「嘘くさい。」
にこにこ笑いながら春川がそう口こぼした。
「そういう話も書いたことあるなぁ。お兄さんにもっと早く出会っていたら、詳しい話が聞けたのに。」
悔しそうに春川が言う。それを見て遼一は春川にその作品を書く前に出会ってなくて良かったと心から思った。
居酒屋の前でホテルを取っているからと、母と遼一、桂と春川で別れた。並んで歩くその後ろ姿を見て、遼一はため息を付いた。
「どうしたの?」
「どうしてもね、抜けきれないと思った。」
「AV男優と官能小説家って事?」
「春川さんは何を書いてもかまわない。それがたまたま官能小説だったと言っていたけれど、本当はそれを狙っていたんじゃないのかって思うよ。」
「狙ってたんでしょ?」
母はそういって少し笑う。
「どうして官能小説なんかを?」
「そういうことを書くのは正直苦しかったでしょうね。お姉さんが性暴力をふるわれていたんなら尚更。」
「だったらどうして?」
「お姉さんが失踪していたって言ってたわ。十九歳だった。大学も満足に出ていない、逃げるように地元を出て行ったような女性よ。働くには良くて水商売。」
「後はソープか、AVとか。」
「そう。だから自分も自らそういう世界に関われば、お姉さんを捜せるって思ったんじゃないのかしら。でもいざ見つけたら、声をかけることは出来なかった。見ていることしかできなかったって事。」
「想像だね。」
「そう。でも……たぶんそういう事じゃないかしらね。父親が性暴力をふるっていたのを見て見ぬ振りをしていたのだから、罪悪感もあったでしょう。」
ため息をはくと、白い息が舞った。
「父さんはなんて言うかしらね。」
「……つれてきてみないとわからないけど……。反対するんじゃないのかな。あの人、僕以上のカチカチの文学青年だったんだろ?」
「そうよ。」
「官能小説なんてって思ってるかな。」
「さぁ、どうかしらね。」
遼一にも言っていなかったが、母は少し父に春川のことを話していた。すると父は山登りをした次の日、整体院へ行くのを日課にしていたのだが、その帰り彼女の本を書っていたのを見ていたのだ。もちろん机の上にそれが乗っていることはない。だが春川の本はきっと読んだのだ。
だったら少しでも春川のことがわかっているかもしれない。
少しでもいい方向に向かえばいい。桂も、春川も幸せになればいいのだ。それが母としての一番の幸せなのだから。
「それにしても啓治は、変わったな。」
「えぇ。いつも会う度に無気力そうだって思ったけれど……。あんなに明るくなると思わなかったわ。」
「そうだとしたら春さんのおかげなのかもしれないな。」
「影響力あるわ。あの子。でも自分が変わらないといけないこともわかっているのかしらね。」
「……変わった方がいい?」
「子供でも産めば、仕事よりも大事なものがあるってわかるんでしょうけどね。」
仕事が一番で、桂はその次。そんな風に見える。親としては複雑だったのだ。
「セックスを売り物にした仕事をしていたヤツだ。子供なんか欲しいと思ってるかな。それに歳が歳だ。厳しいように見えるけどな。」
「あら。そうかしら。五十で子供が出来ても七十歳で成人でしょ?今の現代医学だったら、七十でも余裕で生きられるでしょ?春さんは若いし。」
想像して少し笑えてきた。春川のあの性格がそのままだったとしたら、彼女はきっと子供を抱えてAVの現場を見に行ったりするのだろう。男と女のアレコレを話しながら、子供をあやしているのだ。
「どうしたの?にやにやして。」
「あの性格変わるかなぁって思ってね。」
「まぁね。でも自分を変えたくないって思ってるところもあるから、子供が出来てわかるでしょうね。自分がどれだけわがままだったかって。」
自分もそうだった。わがままで子供を作った。遼一と桂の間に血の繋がりはある。同じ人の子供だからだ。だが一緒に住んでいる父親とは繋がりがない。
欲しいと思っていた子供は、泣いて、わめいて、自分の思い通りにはならないものだった。だがそれでも愛情はある。自分の子供だから。母もそのときやっと気が付いたのだ。
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