セックスの価値

神崎

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雪深い街

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 新幹線で二時間。それで桂の実家のあるところにやってきた。確かに春川たちが住むところよりはあまり高い建物もないし、道路にも雪が積もっている。それにとても寒かった。春川はやはりスカート出来たことを早くも後悔している。
「春さん。今日帰るの?」
 同じ所で降りた岬は、彼女にそう聞いてきた。
「えぇ。明日少し予定があるから。」
「そうか。僕は明日帰るんだ。また病院で。」
「えぇ。そうね。会えたら会いましょう。」
 そういって岬はタクシーに乗っていった。
「……あんたを狙ってるみたいだな。」
「考え過ぎよ。」
 啓治はこの道中、不機嫌そのものだった。彼女が語らない、彼女の知らないことを岬は良く知っていて、施設でのことや学校でのことを楽しそうに話していたのが気にくわないのだ。
「変に疑わないで。」
「……疑いたくもなるさ。知らないことをべらべら喋られたら。」
「私もあなたのことは良く知らないわ。教えてね。せっかくここに来たんだから。高校とかは近いの?」
「あぁ。この丘の上だな。結構大きな学校だし、そこに父親も勤めていた。兄さんもそこにいるはずだ。自転車で通っていた。」
「結構、傾斜がありそうね。」
「行きはキツかった。遅刻しそうになったら地獄だったな。後部活しているヤツとか、一気に駆け上がったりして……。」
 そのとき彼に声をかける人がいた。
「啓治君?」
 彼は振り返ると、そこには聡美という居酒屋で見かけた女がいた。
「……えっと……。」
「あら。やだ覚えてない?この間居酒屋で会ったのに。」
「あぁ。あのときの……兄さんの同級生とか。」
 馴れ馴れしく話しかけてくる聡美に、少し取り戻した機嫌がまたもとに戻ったと、春川まで少し不機嫌になる。
「里帰り?」
「そう。」
「娘さん?」
 春川のことを言っているのだろう。彼はふっと笑い首を横に振る。
「違う。婚約者。」
「え?まだ結婚してなかったの?」
「仕事が忙しかったし、女相手にしてたから。」
「あぁ。噂で聞いてる。」
「だったらその辺は深く聞かないでくれないか。」
「……わかったわ。」
「タクシー捕まえよう。母さんたちを待たせてるし。じゃあ。」
「またね。」
 桂は春川の手を握り、その近くに停まっていたタクシーに乗り込んだ。行き先を告げると、タクシーは雪道を走っていく。慣れたものだ。
「初体験の相手だっけ?」
「だっけか。あぁ。そうだった。何か兄さんに用事があっていっつも来てるなって思ってたけど、こんな雪の日だっけか。急に呼び出されて、家に連れて行かされて、ガバッて襲いかかられた。」
「良いじゃない。女性だってしたいときはあるわ。」
「でも男としては微妙だったな。男の生理現象を恨んだし。あ、運転手さん。二番目の信号を右で。」
 彼女は桂が他の女性とセックスをしても、何とも思わないのかもしれない。顔色は変わらないものだ。それどころかその詳細を聞こうとしている。それすらネタにしようと思っているのだろうか。
「何考えてるの?」
「ん?」
「変な癖がでたと思ってるの?」
「そうだな。」
 隠すつもりはない。彼女はタクシーの窓の外を見ていて桂の方を振り向かない。
「私だってすべてをネタになんて思ってないわよ。」
「そうだったのか?」
 彼女はふっとため息を付くと、彼の方をみる。
「なんだと思ってんの。恋人のネタなんて、自分が苦しくなるだけじゃない。」
 見た目ではわからなかったが、嫉妬していたようだった。思わず抱きしめたくなる。だがタクシーの中だ。運転手に見えないところで、手に触れた。冷たい手だった。
「啓治。」
「すいません。運転手さん。そこのコンビニで降ろしてもらえますか。」
 彼はそう告げると、運転手は何もいわずにウィンカーを出した。そしてコンビニの駐車場に停める。
 タクシーを降りるとさらに冷たい風が吹き抜けた。
「寒いわね。」
「この辺は町よりも小高いからな。風が強いみたいだ。」
 周りな住宅街らしく、新しい家もあるし前から建っている家もある。
「そういえばおみやげ、何にしたんだ。」
「お酒とお菓子。」
「父さんも母さんも酒が好きだからな。」
「あなただけ飲めないの?」
「あぁ。だから外に出るときは俺が運転手だ。」
 歩いてそこへ向かう。道路の雪は少しずつ溶けていて、道路のはしに泥と混ざったシャーベット状になったものがある。歩く度に水の音がした。
「重くないか?」
「平気。いつも持っているものよりも軽いわ。」
 今日はあまり荷物がない。パソコンは置いてきたようだ。仕事をする気分ではないのかもしれない。そこからわかるように彼女は彼女なりに緊張しているのだ。
「ここだ。」
 少し歩いて、足を止めたのは白い壁の一軒の家だった。隣の家も似たようなもので、こういう家が多いのかもしれない。おそらくあの母たちがたてた家なのだろう。
「おかえりー。」
 庭先を見ると、そこには母の姿があった。庭の隅にある小さな畑の作物を取っているらしい。その隣には背の高い女性がいた。髪を一つに結び、その先はくるんとカールしている。おそらく癖毛なのだろう。褐色の肌と、彫りの深い顔立ちはどことなくこの国の人っぽくない。
「あ、姉さんもつきあってるの?」
「あぁ。あたしが欲しいっていったの。野菜は取れたての方がおいしいじゃん。」
 パワフルに見える彼女は、春川を見てにこっと笑う。それにつられて春川も笑った。
「啓治君の彼女でしょ?遼一さんから聞いていたけど、若いわねぇ。それに可愛い。あたし、原田綾っていうの。」
「浅海春です。」
「春さん。白菜いらない?」
「あー。ありがとうございます。」
「じゃあ、帰るときに渡すわ。一玉で良いかしら。大きいの選んどく。」
 そのとき縁側に一人の男が現れた。その姿に春川は一瞬言葉を無くす。銀鼠の着流し、青い色の半纏。白い髪はきっちりと七、三にセットされ、黒縁の眼鏡をかけていた。
 おそらくこの人が桂の父親なのだろう。背が高く、細身だった。その姿がどことなく祥吾を思い出させる姿に見える。
「……お父さん。」
「……啓治。入るのだったら玄関から入りなさい。」
 春川には目もくれない。おそらく母や遼一から話は聞いているのだろう。彼女の仕事、彼女の性格、姿。そして過去も。
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