セックスの価値

神崎

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雪深い街

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 玄関の上にはしめ縄。玄関を入ると靴箱の上にある花。良く掃除されて埃一つない。おそらく正月だから、そして春川がくるからと母が念入りに掃除したのだろう。
 そう家は祥吾の実家に挨拶をしにいったときも、こんな感じだった。今考えると、祥吾の実家からはあまり歓迎されていない気がする。彼女が若すぎるから、きっとすぐ離婚するだろうと思っていたのかもしれない。そしてそれはやはり現実になった。
 祥吾のそばにはもう新しい女性がいる。彼女とは違う甘い砂糖菓子のような女性だった。
「どうした?」
 桂が心配そうに声をかける。その声に彼女は首を横に振り、ブーツを脱いでそれを揃える。ヒールのある靴ではなくて良かった。こんなに雪があるとは思っても見なかったからだ。
「玄関濡れちゃうなって思って。」
「別に良いさ。」
 桂の後ろをついて行くようにリビングへ向かう。そこには遼一と、子供が二人。男の子は中学生の旭。女の子は小学生の恵。旭は一生懸命携帯電話をいじり、恵は遼一と正月番組を見ていた。
「兄さん。」
「あぁ。来たのか。今年も宜しくな。」
「宜しく。後で二人にお年玉あるから。」
 お年玉の声に恵は嬉しそうに遼一をみる。しかし遼一は複雑そうに春川を見ていた。
「父さんはどこいった?」
「書斎に戻ったよ。」
「わかった。春。こっちに来て。」
 彼女を連れてまた廊下にでると、玄関から延びる階段を上がっていく。彼女にとってそれは死刑台の階段にも感じたかもしれない。
 そして二階の一番奥。そのドアをノックした。
「父さん。」
「入りなさい。」
 引き戸を開けると、そこには壁一面に本があった。文庫本もあるが、ほとんどがハードカバーだった。そしてその日が当たる一番奥に、ノートパソコンとテーブル、そして座り心地の良さそうないすに腰掛けた桂の父がいる。
「春。父さんだ。」
「初めまして。浅海春といいます。」
 彼は眼鏡を外して、微笑んだ。その笑みがどことなく祥吾にますます似ていて、ますますいたたまれない。
「可愛らしいお嬢さんだ。」
「いいえ。それほどでも……。」
「若いな。確かまだ二十代だとか。」
「はい。もうすぐ二十六になります。」
 彼は少しため息を付くと、彼女を舐めるように見る。
「おみやげを。」
 桂はそういって手に持っている紙袋を二つ、彼に渡した。
「あぁ。気を使わせたな。」
 桂はそのとき彼のテーブルの上にある本に目を留めた。そこには春の本がある。「薔薇」だった。
「父さん。その本は……。」
「お前が映画に出ると聞いてね。どんな話か気になって買ってみた。なかなか面白い本だったよ。」
「……ありがとうございます。」
「おや春さんがどうしてお礼を言うのかな。」
「私が書いたので。」
「あぁ。そうだったね。コラムだけじゃなくて、小説も書いているとか。ふふ。男女のアレコレばかり書いているみたいだね。」
「えぇ。」
「女性の身で恥ずかしいとは思わないのか。」
「……。」
 やはりそれを一番に突っ込まれると思った。しかし彼女の顔色が悪いのは、それが原因ではないと思う。
「……正直……それで恥ずかしいと思ったことはありませんし、私が必要とされるのはこれしかなかったんです。」
「自己評価が低すぎる。嫌みのつもりか。」
「いいえ。事実ですから。」
 さすがに桂も押さえきれないと思う。だが父親が春に手を出せば、彼が身を持って守ろうと思っていた。
「……啓治。席を外しなさい。話したいことがある。」
「父さん。でも……。」
「良いから外しなさい。これを持ってリビングへ行くんだ。」
 さっき持ったおみやげを桂に渡す。すると彼は少しうつむいて部屋を出ていった。するとそこには遼一と母の姿がある。
「……何してんの?」
「いいや。あの……そう。洗濯物をね。」
「もう入れてたみたいだけど。」
「あーと……。」
「気になるんだろ?俺も気になるから。おみやげ持って行って。」
「やーよ。あとでで良いじゃない。」
 そういって三人はまた書斎の前で聞き耳を立てていた。

「啓治と結婚したいと聞いた。」
 そういって父はいすにまた深く座る。春川は立ったままだった。
「はい。」
「そして君は一週間前まで別の男性の妻だった。」
「正確には内縁の妻です。籍は入ってませんでした。」
「まぁいい。それがどうしてこんなに急いで結婚をしようと思っているのだ。その理由が私にはわからない。」
「……時間がないと言ってました。」
「時間?」
「私自身は、正直結婚にこだわっていません。紙切れ一枚のことですし、戸籍なんてあってないようなものですから。」
「……。」
 その言い方が気にくわないのか、彼は咳払いをした。
「啓治さんが急いでました。」
「啓治が急かす気持ちは分かるね。あいつはいい歳になっている。さっさとあんな仕事を辞めてまともな職に就けばいいのだが、もう取り返しはきかないだろう。」
「どうしてですか?」
「君はきっとAV男優がどれだけ社会的信用がないのを知らないのだろう。部屋すらまともであれば借りることは出来ないのだから。」
「……。」
「そんなものなんだよ。桂の立場はそれほど低い。そしてそこから這い上がることは出来ない。一生残るんだよ。あぁいう仕事をしていたというのは。」
「……恥じるような仕事ではないと思いますけどね。」
「思うのは君だけだ。君だって恥ずかしいと思うから名前を隠して、官能小説を書いているのだろう。」
 理解が出来ない。官能小説を書いているから、AVにでているからといってどうして恥ずかしいと思うのだろう。
「官能小説を書いていることについては、特に恥ずかしいとは思ったことはないですね。」
「は?」
「ファンタジーですよ、セックスで絶頂に達するなんて。絶叫しているのは、快感からではなく恐怖だからでしょう。指から炎が出るくらいあり得ない。」
「君は……。」
 すると彼女はふっと笑う。
「と……前なら思ってました。ファンタジーだから、書けると。」
「……からかっているのか。」
「いいえ。私には父はいませんから。これから父親になろうとしている人をからかっても良いことなんかありませんよ。特に……これからお世話になりますしね。」
「まだ決まっているわけじゃない。」
「……認めないということもあるんですね。」
「私の一存次第だ。今のところあり得ない。結婚してもすぐに別れるだろう。父親をからかうような人を……。」
 そのとき彼は息を深くすう。ずいぶん呼吸が苦しそうに見える。やはり桂が岬にきいていたことは事実だったのだろう。
「早く式を挙げたいと思ってます。」
「……野垂れ死ぬぞ。」
 首を横に振る。そして彼女は語り出した。
「……お父さん。式に出てくださいませんか。」
「出ない。認めないから。」
「……でしたら、私と一緒に病院へ行ってくれますか。どちらが宜しいでしょうか。」
「病院?」
 彼はそういって彼女を見上げる。冷静だった。
「今日私の幼なじみが当番医でいます。診察することも可能でしょう。」
 その言葉にきいていた母と遼一は顔を見合わせる。桂だけがぎゅっと拳を握っていた。
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