セックスの価値

神崎

文字の大きさ
164 / 172
雪深い街

164

しおりを挟む
 祥吾とかぶって見えたのはおそらく着流しを着ていたからとか、髪が白髪だからとか、そんな理由ではない。顔色の問題だった。浅黒い肌。深い呼吸。おそらく何かの病気に違いない。
 そして自分が自分の体調を一番知っている。だが病院嫌いで、足を踏み入れることはない。詳しい検査をした方がいいに決まっている。
「……いつからわかっていた。」
「部屋に入ってからです。昔、私が夫と思っていた「先生」は、喫煙者でしたがある日、煙草の臭いと違うものが混ざっているのに気が付きました。もっとも……先生は初期のものでしたので、大事にはなりませんでしたがね。」
 だが顔色まで違うとなると話は別かもしれない。
「私が治療すれば、啓治と別れるのか。」
「いいえ。私は籍にはこだわりません。もしご両親が反対なされても、一緒にいることは出来ますから。」
「どうして啓治にこだわる?もっと若い人でも良いはずだ。二十歳も離れていれば、先に死ぬのは目に見えているだろう。」
「だから一日でも一緒にいたいんです。私を変えてくれた人と。」
「……。」
「セックスを書きながら、私はそれに絶望しか見いだせなかった。それを啓治さんが変えてくれたんです。」
 彼女はそういって、棚に目を向けた。そして、一冊の本を手にする。そしてその奥。ずっと気になっていたところだった。そこには一本のDVDソフトがある。AVだった。
「お父さんも彼の演技がわかっているんですよね。今度、映画になる「薔薇」を観てください。啓治さんのことがわかると思いますよ。」
「わかるかな。あいつとは全く話が合わない。」
「でしょうか。私とも合ってない気がしますよ。」
「それはそうだ。だが話が合わないと話を背けていたのは私の方かもしれない。同じ言語を使うのだから、話は通じると思うんだがね。」
 その言葉で遼一はうつむいた。それは彼女が話していた言葉と一緒だったから。
「啓治。」
 父がドアの向こうに声をかける。すると桂はドアを開けて、部屋に入ってきた。
「どうしました。」
「いつを予定しているんだ。」
「……え?」
「式だ。早いうちにしておいてくれ。あぁ。新郎の父の挨拶か。アレを考えるのは面倒だな。遼一と同じ文句でかまわないだろうか。」
 そういって父は立ち上がると、そのDVDを棚にしまった。
「それから、病院は今日わざわざ行かなくてもいい。」
「必ず行ってくださいね。」
「全く……啓治はこれで尻に敷かれているんだろう。」
 すると彼女は手を振りながら言う。
「なに言ってんですか。お父さん。」
「その通りだ。父さん。気が強いだろう?」
「全くだ。言いくるめられるとは思ってもなかった。全く……。作家をしていると言うから、もっと口下手かと思ったのに。」
 頭をかいて、癖のように机に手を伸ばす。だが煙草はない。最近煙草が美味しくないと思って禁煙していたのに今、気が付いた。
「春さん。あまり振り回さないで欲しいものだ。」
「そっちでは振り回されっぱなしですよ。」
「こいつはその手のプロだ。勝つと思うな。」
 不服そうに言う彼女に、二人は同じように笑っていた。血は繋がっていない。だがよく似ている二人だと思った。

 テーブルに並んだのは、ぶりの刺身、ちらし寿司、煮物、栗きんとんなどのおせち。綾と春川がそれを並べた。熱燗を用意すると、遼一我にやりと笑った。
「金粉入りだな。」
「お正月ですもの。飲み過ぎないで。」
「それはお前もだ。」
 上座に座っている父が母に言う。だが父は飲まないらしい。最近煙草もお酒も美味しくないと飲んでいないらしい。
「ご馳走ですね。」
「正月だもの。」
 席に着くと、みんなで乾杯する。そして桂は、二人の甥と姪に小さなポチ袋を渡した。
「ほら。」
「ありがとう。叔父さん。」
「叔父さんって……。」
 その言葉に春川が笑う。事実なのだが確かに笑えてくるのだ。確かに桂の歳の差よりも、彼らの方が歳が近い。
「あんたなぁ。」
「事実じゃない。もう若くないわ。啓治君。春川さん。あたしも遼一さんとは歳が離れてるのよ。」
「どれくらい離れてるんですか?」
「十個。恵を産んだときも、あたし、三十だったわ。遼一さんは四十歳。」
「でも私と啓治さんは二十離れてますから。」
「大丈夫?話し合う?」
「そうですね。でも知らないことをいつも教えてくれます。」
「いつネタにしようかばかり考えているじゃないか。」
「そうね。今度のネタは、啓治の若い頃位を舞台にしようかな。」
「あら。だったらあたしも教えられるわ。ちょっと世代は違うだろうけど、あたしが学生の頃はまだ不良はいたもの。」
「不良ですか?」
「今で言うところのヤンキーね。チョンバとか、短ランとか、ボンタン、グリースを付けてリーゼント。」
「あぁ。資料で見たことあります。ちょっと見たいなぁと思ってて。」
「今じゃ絶滅危惧種。遼一さんの時は、学ランだった制服も今はブレザーね。」
「あぁ。そうだったのか。」
 すると母が笑った。
「啓治はそんなものには興味なさそうだったわねぇ。ほら。部活ばかりしてて。」
「部活?」
「そう。演劇部。でもいつも回ってくるの、悪役ばかりだったわね。」
「嫌みな役ばっかりだった。」
 お茶を飲みながら、彼はため息を付く。
「まぁ。あのころから演技に目覚めるとは思わなかったな。」
 わいわいと昔の話に花が咲いている中、隣で座っていた旭が啓治に思い切って話しかける。
「叔父さん。」
「何だ。」
「相談があるんだけど。」
 中学二年生。色々と悩みがあるだろう。彼はそっと彼にきく。
「何だ。」
「母さんには言えないんだけど……。あのさ……。アレをするじゃん。」
「アレ?あぁ、あんた精通したのか。」
「……ずいぶん前だよ。」
「それで?」
「自分でするじゃん。でも……俺なんか変で。」
 隣で聞いていた春川は、それを聞いて聞かないふりをして綾に話しかけていた。綾には聞かれたくはないだろう。
「どこで知り合ったんですか?」
「え?遼一と?うーん。あたし、ちょっと家庭が複雑でね。あまり家族に頼りたくなくてさ。中卒で就職したのよ。」
「大変でしたでしょう?」
「工場で派遣で働きながら、事務の資格を片っ端からとったんだけど、やっぱ学歴がものをいうっていうか。相当世話になってる工場の人だったけど、「あの子は中卒だから仕事を任せられない」って言われて。」
「やだ。そんなことを?」
「春さんも言われなかった?例えば、大学で文系じゃないから文章がどうのとか。」
「まぁ今でも言われますよ。でもフォローしてくれる人がいるから。感謝してます。」
 変に文章をいじる人じゃなくて良かった。北川をはじめとした担当者は、みんな彼女を否定しない。そして言うのは文章の稚拙さだけだった。それが自分を高めてくれる。
 今日はパソコンを持ってこなかった。だが彼女の鞄には常に、簡易的な辞書が入っている。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...