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雪深い街
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祥吾とかぶって見えたのはおそらく着流しを着ていたからとか、髪が白髪だからとか、そんな理由ではない。顔色の問題だった。浅黒い肌。深い呼吸。おそらく何かの病気に違いない。
そして自分が自分の体調を一番知っている。だが病院嫌いで、足を踏み入れることはない。詳しい検査をした方がいいに決まっている。
「……いつからわかっていた。」
「部屋に入ってからです。昔、私が夫と思っていた「先生」は、喫煙者でしたがある日、煙草の臭いと違うものが混ざっているのに気が付きました。もっとも……先生は初期のものでしたので、大事にはなりませんでしたがね。」
だが顔色まで違うとなると話は別かもしれない。
「私が治療すれば、啓治と別れるのか。」
「いいえ。私は籍にはこだわりません。もしご両親が反対なされても、一緒にいることは出来ますから。」
「どうして啓治にこだわる?もっと若い人でも良いはずだ。二十歳も離れていれば、先に死ぬのは目に見えているだろう。」
「だから一日でも一緒にいたいんです。私を変えてくれた人と。」
「……。」
「セックスを書きながら、私はそれに絶望しか見いだせなかった。それを啓治さんが変えてくれたんです。」
彼女はそういって、棚に目を向けた。そして、一冊の本を手にする。そしてその奥。ずっと気になっていたところだった。そこには一本のDVDソフトがある。AVだった。
「お父さんも彼の演技がわかっているんですよね。今度、映画になる「薔薇」を観てください。啓治さんのことがわかると思いますよ。」
「わかるかな。あいつとは全く話が合わない。」
「でしょうか。私とも合ってない気がしますよ。」
「それはそうだ。だが話が合わないと話を背けていたのは私の方かもしれない。同じ言語を使うのだから、話は通じると思うんだがね。」
その言葉で遼一はうつむいた。それは彼女が話していた言葉と一緒だったから。
「啓治。」
父がドアの向こうに声をかける。すると桂はドアを開けて、部屋に入ってきた。
「どうしました。」
「いつを予定しているんだ。」
「……え?」
「式だ。早いうちにしておいてくれ。あぁ。新郎の父の挨拶か。アレを考えるのは面倒だな。遼一と同じ文句でかまわないだろうか。」
そういって父は立ち上がると、そのDVDを棚にしまった。
「それから、病院は今日わざわざ行かなくてもいい。」
「必ず行ってくださいね。」
「全く……啓治はこれで尻に敷かれているんだろう。」
すると彼女は手を振りながら言う。
「なに言ってんですか。お父さん。」
「その通りだ。父さん。気が強いだろう?」
「全くだ。言いくるめられるとは思ってもなかった。全く……。作家をしていると言うから、もっと口下手かと思ったのに。」
頭をかいて、癖のように机に手を伸ばす。だが煙草はない。最近煙草が美味しくないと思って禁煙していたのに今、気が付いた。
「春さん。あまり振り回さないで欲しいものだ。」
「そっちでは振り回されっぱなしですよ。」
「こいつはその手のプロだ。勝つと思うな。」
不服そうに言う彼女に、二人は同じように笑っていた。血は繋がっていない。だがよく似ている二人だと思った。
テーブルに並んだのは、ぶりの刺身、ちらし寿司、煮物、栗きんとんなどのおせち。綾と春川がそれを並べた。熱燗を用意すると、遼一我にやりと笑った。
「金粉入りだな。」
「お正月ですもの。飲み過ぎないで。」
「それはお前もだ。」
上座に座っている父が母に言う。だが父は飲まないらしい。最近煙草もお酒も美味しくないと飲んでいないらしい。
「ご馳走ですね。」
「正月だもの。」
席に着くと、みんなで乾杯する。そして桂は、二人の甥と姪に小さなポチ袋を渡した。
「ほら。」
「ありがとう。叔父さん。」
「叔父さんって……。」
その言葉に春川が笑う。事実なのだが確かに笑えてくるのだ。確かに桂の歳の差よりも、彼らの方が歳が近い。
「あんたなぁ。」
「事実じゃない。もう若くないわ。啓治君。春川さん。あたしも遼一さんとは歳が離れてるのよ。」
「どれくらい離れてるんですか?」
「十個。恵を産んだときも、あたし、三十だったわ。遼一さんは四十歳。」
「でも私と啓治さんは二十離れてますから。」
「大丈夫?話し合う?」
「そうですね。でも知らないことをいつも教えてくれます。」
「いつネタにしようかばかり考えているじゃないか。」
「そうね。今度のネタは、啓治の若い頃位を舞台にしようかな。」
「あら。だったらあたしも教えられるわ。ちょっと世代は違うだろうけど、あたしが学生の頃はまだ不良はいたもの。」
「不良ですか?」
「今で言うところのヤンキーね。チョンバとか、短ランとか、ボンタン、グリースを付けてリーゼント。」
「あぁ。資料で見たことあります。ちょっと見たいなぁと思ってて。」
「今じゃ絶滅危惧種。遼一さんの時は、学ランだった制服も今はブレザーね。」
「あぁ。そうだったのか。」
すると母が笑った。
「啓治はそんなものには興味なさそうだったわねぇ。ほら。部活ばかりしてて。」
「部活?」
「そう。演劇部。でもいつも回ってくるの、悪役ばかりだったわね。」
「嫌みな役ばっかりだった。」
お茶を飲みながら、彼はため息を付く。
「まぁ。あのころから演技に目覚めるとは思わなかったな。」
わいわいと昔の話に花が咲いている中、隣で座っていた旭が啓治に思い切って話しかける。
「叔父さん。」
「何だ。」
「相談があるんだけど。」
中学二年生。色々と悩みがあるだろう。彼はそっと彼にきく。
「何だ。」
「母さんには言えないんだけど……。あのさ……。アレをするじゃん。」
「アレ?あぁ、あんた精通したのか。」
「……ずいぶん前だよ。」
「それで?」
「自分でするじゃん。でも……俺なんか変で。」
隣で聞いていた春川は、それを聞いて聞かないふりをして綾に話しかけていた。綾には聞かれたくはないだろう。
「どこで知り合ったんですか?」
「え?遼一と?うーん。あたし、ちょっと家庭が複雑でね。あまり家族に頼りたくなくてさ。中卒で就職したのよ。」
「大変でしたでしょう?」
「工場で派遣で働きながら、事務の資格を片っ端からとったんだけど、やっぱ学歴がものをいうっていうか。相当世話になってる工場の人だったけど、「あの子は中卒だから仕事を任せられない」って言われて。」
「やだ。そんなことを?」
「春さんも言われなかった?例えば、大学で文系じゃないから文章がどうのとか。」
「まぁ今でも言われますよ。でもフォローしてくれる人がいるから。感謝してます。」
変に文章をいじる人じゃなくて良かった。北川をはじめとした担当者は、みんな彼女を否定しない。そして言うのは文章の稚拙さだけだった。それが自分を高めてくれる。
今日はパソコンを持ってこなかった。だが彼女の鞄には常に、簡易的な辞書が入っている。
そして自分が自分の体調を一番知っている。だが病院嫌いで、足を踏み入れることはない。詳しい検査をした方がいいに決まっている。
「……いつからわかっていた。」
「部屋に入ってからです。昔、私が夫と思っていた「先生」は、喫煙者でしたがある日、煙草の臭いと違うものが混ざっているのに気が付きました。もっとも……先生は初期のものでしたので、大事にはなりませんでしたがね。」
だが顔色まで違うとなると話は別かもしれない。
「私が治療すれば、啓治と別れるのか。」
「いいえ。私は籍にはこだわりません。もしご両親が反対なされても、一緒にいることは出来ますから。」
「どうして啓治にこだわる?もっと若い人でも良いはずだ。二十歳も離れていれば、先に死ぬのは目に見えているだろう。」
「だから一日でも一緒にいたいんです。私を変えてくれた人と。」
「……。」
「セックスを書きながら、私はそれに絶望しか見いだせなかった。それを啓治さんが変えてくれたんです。」
彼女はそういって、棚に目を向けた。そして、一冊の本を手にする。そしてその奥。ずっと気になっていたところだった。そこには一本のDVDソフトがある。AVだった。
「お父さんも彼の演技がわかっているんですよね。今度、映画になる「薔薇」を観てください。啓治さんのことがわかると思いますよ。」
「わかるかな。あいつとは全く話が合わない。」
「でしょうか。私とも合ってない気がしますよ。」
「それはそうだ。だが話が合わないと話を背けていたのは私の方かもしれない。同じ言語を使うのだから、話は通じると思うんだがね。」
その言葉で遼一はうつむいた。それは彼女が話していた言葉と一緒だったから。
「啓治。」
父がドアの向こうに声をかける。すると桂はドアを開けて、部屋に入ってきた。
「どうしました。」
「いつを予定しているんだ。」
「……え?」
「式だ。早いうちにしておいてくれ。あぁ。新郎の父の挨拶か。アレを考えるのは面倒だな。遼一と同じ文句でかまわないだろうか。」
そういって父は立ち上がると、そのDVDを棚にしまった。
「それから、病院は今日わざわざ行かなくてもいい。」
「必ず行ってくださいね。」
「全く……啓治はこれで尻に敷かれているんだろう。」
すると彼女は手を振りながら言う。
「なに言ってんですか。お父さん。」
「その通りだ。父さん。気が強いだろう?」
「全くだ。言いくるめられるとは思ってもなかった。全く……。作家をしていると言うから、もっと口下手かと思ったのに。」
頭をかいて、癖のように机に手を伸ばす。だが煙草はない。最近煙草が美味しくないと思って禁煙していたのに今、気が付いた。
「春さん。あまり振り回さないで欲しいものだ。」
「そっちでは振り回されっぱなしですよ。」
「こいつはその手のプロだ。勝つと思うな。」
不服そうに言う彼女に、二人は同じように笑っていた。血は繋がっていない。だがよく似ている二人だと思った。
テーブルに並んだのは、ぶりの刺身、ちらし寿司、煮物、栗きんとんなどのおせち。綾と春川がそれを並べた。熱燗を用意すると、遼一我にやりと笑った。
「金粉入りだな。」
「お正月ですもの。飲み過ぎないで。」
「それはお前もだ。」
上座に座っている父が母に言う。だが父は飲まないらしい。最近煙草もお酒も美味しくないと飲んでいないらしい。
「ご馳走ですね。」
「正月だもの。」
席に着くと、みんなで乾杯する。そして桂は、二人の甥と姪に小さなポチ袋を渡した。
「ほら。」
「ありがとう。叔父さん。」
「叔父さんって……。」
その言葉に春川が笑う。事実なのだが確かに笑えてくるのだ。確かに桂の歳の差よりも、彼らの方が歳が近い。
「あんたなぁ。」
「事実じゃない。もう若くないわ。啓治君。春川さん。あたしも遼一さんとは歳が離れてるのよ。」
「どれくらい離れてるんですか?」
「十個。恵を産んだときも、あたし、三十だったわ。遼一さんは四十歳。」
「でも私と啓治さんは二十離れてますから。」
「大丈夫?話し合う?」
「そうですね。でも知らないことをいつも教えてくれます。」
「いつネタにしようかばかり考えているじゃないか。」
「そうね。今度のネタは、啓治の若い頃位を舞台にしようかな。」
「あら。だったらあたしも教えられるわ。ちょっと世代は違うだろうけど、あたしが学生の頃はまだ不良はいたもの。」
「不良ですか?」
「今で言うところのヤンキーね。チョンバとか、短ランとか、ボンタン、グリースを付けてリーゼント。」
「あぁ。資料で見たことあります。ちょっと見たいなぁと思ってて。」
「今じゃ絶滅危惧種。遼一さんの時は、学ランだった制服も今はブレザーね。」
「あぁ。そうだったのか。」
すると母が笑った。
「啓治はそんなものには興味なさそうだったわねぇ。ほら。部活ばかりしてて。」
「部活?」
「そう。演劇部。でもいつも回ってくるの、悪役ばかりだったわね。」
「嫌みな役ばっかりだった。」
お茶を飲みながら、彼はため息を付く。
「まぁ。あのころから演技に目覚めるとは思わなかったな。」
わいわいと昔の話に花が咲いている中、隣で座っていた旭が啓治に思い切って話しかける。
「叔父さん。」
「何だ。」
「相談があるんだけど。」
中学二年生。色々と悩みがあるだろう。彼はそっと彼にきく。
「何だ。」
「母さんには言えないんだけど……。あのさ……。アレをするじゃん。」
「アレ?あぁ、あんた精通したのか。」
「……ずいぶん前だよ。」
「それで?」
「自分でするじゃん。でも……俺なんか変で。」
隣で聞いていた春川は、それを聞いて聞かないふりをして綾に話しかけていた。綾には聞かれたくはないだろう。
「どこで知り合ったんですか?」
「え?遼一と?うーん。あたし、ちょっと家庭が複雑でね。あまり家族に頼りたくなくてさ。中卒で就職したのよ。」
「大変でしたでしょう?」
「工場で派遣で働きながら、事務の資格を片っ端からとったんだけど、やっぱ学歴がものをいうっていうか。相当世話になってる工場の人だったけど、「あの子は中卒だから仕事を任せられない」って言われて。」
「やだ。そんなことを?」
「春さんも言われなかった?例えば、大学で文系じゃないから文章がどうのとか。」
「まぁ今でも言われますよ。でもフォローしてくれる人がいるから。感謝してます。」
変に文章をいじる人じゃなくて良かった。北川をはじめとした担当者は、みんな彼女を否定しない。そして言うのは文章の稚拙さだけだった。それが自分を高めてくれる。
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