セックスの価値

神崎

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雪深い街

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 小高い丘の上にその公園があり、その上には元々城があった。しかし戦争中に空爆にあうと、城は跡形もなく焼け落ちてしまったのだ。その跡地には資料館があり、その下は城下町といわれている。
 資料館の周りが公園になっていて、たき火を中心に催し物が開催されていた。
「この裏が高校になってる。」
 桂はそういって春川を案内していた。彼女はその資料館にもたき火にも獅子舞も見たいと桂を振り回しているように見える。
 旭は呆れたように彼女らを見ていたが、こういう人なんだろうと思っていた。
「春さん。甘酒飲まない?」
「甘酒ってアルコール入ってないんだっけ?」
「入ってないよ。俺ももらおうかな。」
 そういって桂もそのブースに近づいていく。
 しかし桂一人でも目立つのに、春川がいるとさらに目立つ。桂に言わせると普段の格好を見ると驚くと言うが、少なくとも今は綺麗だと思う。
 紙コップに入った甘酒を受け取ると、手先がふわんと温かくなる。
「甘い。でもイヤな甘さじゃないね。」
「糀の甘さだろう?砂糖なんか使ってないからな。」
 すると旭に声をかける人がいた。
「旭じゃん。」
「あけおめ。」
 そこには同じ歳ほどの男が三人いた。おそらくみんな陸上部なのだろう。同じような体格で、同じような髪型をしている。
「おー。あけおめ。」
「何?おまえこっちの祭りこないかもしれないって言ってたのに、結局きたの?」
「叔父さんと叔母さんが来てたから、案内がてら。」
「あーそういうことか。」
 そのサングラスをかけているけれど、違う生き物なのではないかというくらい完璧な桂と、その横の女性も綺麗だった。三人の男子たちは少し気遅れしたように頭を下げる。
「これからさ、みんなで晴也の家に行こうって話してたんだけど、お前どうする?」
「あ……でも……。」
「良いよ。旭。行ってこい。道案内は思ったよりも道が変わってなかったから何とかなるから。」
 桂はそういって旭の背中を押す。すると旭はその三人の輪の中に入っていった。
 そして桂は春川を連れて、資料館の方へ足を向けた。
「何だよ。旭の叔父さんってすげぇかっこいいなぁ。芸能人かよ。」
「まぁ。そんなもの。」
「へ?本当に?」
「AV男優だったから。今はやめてるけど。」
 その言葉に男子たちが色めいた。
「良いなぁ。マジで?アレコレ聞けるじゃん。」
「聞いてきた。」
「じゃあ、それも含めて晴也んちで聞こうぜ。」
 抵抗のない男たちで良かった。旭は内心ほっと胸をなで下ろす。

 資料館を見たあと、春川は学校を見たいと足をそちらまで伸ばした。正直、獅子舞も資料館も気にはなったが、本当は桂が学生時代を過ごした高校というのが一番気になったのだ。どんな学生生活を過ごしたのだろう。
 どんな人だったのだろう。
 グラウンドに雪が積もっていて、そこには少し足跡が付いている。ここを通った人も少なくはないようだ。
「基本は変わってないな。あったところにある校舎はなくなってるのもあるし、あったかなって思う校舎もある。」
「演劇部は?」
「校舎の中だった。さすがに校舎の中には入れないだろう。」
「結構大きな学校ね。」
「あぁ。普通科だけじゃなくて、商業系なんかもあったし、工業系もあったからな。」
「だからあの校舎。なんか工場っぽいと思ったのよね。」
 ふと古い校舎に桂は目を留めた。そこだけが独立しているように静かに建っている建物で、あまり日当たりは良くないらしく暗くじめじめしている。
「……。」
「あの建物は?」
「図書館。」
「え?行きたい。」
 春川はそういって彼の手を握った。
「開いてる訳ないよ。」
「それもそうね。」
 ふと思い出した。
 あの窓から見えるいつもいる女が綺麗だと思っていた。眼鏡をかけて、制服をマニュアル通りに着こなす女。それが清楚だと思っていた。
 あまりやってこない図書館の受付をしていたのだ。
 だがある夕暮れ。部活帰りにここを通り過ぎようとしたときだった。閉まっているカーテンが少し開いているのに気が付き、彼はそこを覗く。
 するとそこには制服をはだけさせて、男性教師とセックスをしている彼女がいた。彼女はテーブルに腰掛けて、男性教師を受け入れている。薄いガラスの窓からはわずかに声も聞こえるのだ。その声は清楚とはほど遠い淫乱な女の声だった。
「春。」
 彼女は何とか図書館に入れないかと、そのガラス窓を見回っていた。しかしカーテンがわずかに開いているだけで、さすがに鍵は閉まっている。
「開いてない。」
「正月だからな。さすがに開いてないだろう?」
「でも蔵書が多いわ。良いなぁ。」
「あんたも高校へは行ったんだろう?図書館くらいあっただろうに。」
「そうね。でもあまり蔵書はなかった。だから先生の本は一冊。「江河」しかなかったの。だから他の本は古本屋さんで買ったりしてた。」
 彼女はまた思いだしたのだろうか。父親のこと。そして昨日から一瞬暗い顔をしていること。彼女は気が付いていないだろうが、彼には気が付いていた。きっと祥吾のことを思い出しているのだ。
「春。こっちに来て。」
 手を引いて図書館の窓から彼女を引き離した。
 そして連れてきたのは校舎と校舎の間にある中庭だった。ここに来る人はいなかったようで、足跡が全く残っていない。
「どうしたの?」
「あの校舎の三階。一番端が演劇部の部室だった。」
「へぇ。そうだったの。」
「で、ここはあまり人がこなかった。その壁が死角になってて……。」
「ここでもしたことあるの?」
「ここではさすがにないな。でも……。」
「キスくらいはしたかもしれないわねぇ。」
「……まぁ、そうだな。」
「良いわねぇ。青春で。」
「誤魔化すな。」
 すると彼女はその壁に足を進めて、その壁に背を向ける。すると桂も彼女の前に立つ。そして彼女を隠すようにその壁に手を当てた。
「春。」
 彼女は彼を見上げ、少し背伸びをする。するとその後ろ頭に桂は手を添える。そして軽く唇を重ねた。
「冷たいな。あんたの唇。」
「あなたも冷たいわ。」
「暖めてやるから。」
 そういって彼は彼女の体を抱きしめる。
「可愛い。いつもの格好も良いけど、今日は本当に可愛いな。」
 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「……。」
「なんか言えよ。こっちが恥ずかしい。」
「なんて言えばいいかわからない。」
 彼女も彼の体に手を伸ばした。
「今日、久しぶりにしたい。」
「帰ると遅くなるね。」
「だったらどこかに泊まるか?さすがに家ではデキないだろう?」
「そうね。お正月に急に泊まれるかな。」
「都合付けようか。」
 そして力をまた緩めると唇をまた重ねた。そのとき桂は気が付いて彼は彼女の唇を割り、舌を絡ませた。
「んっ……。啓治……。」
 彼女は苦しそうに声を上げ、それに答える。するとその足音は遠ざかっていった。
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