セックスの価値

神崎

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雪深い街

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 新幹線には乗らずに途中で降りた町は、硫黄の臭いが充満する町だった。そして目に付いたのは川が見える。その川岸には温泉がわいているようで、湯気が見えるがここにはいるのは勇気が必要だろう。混浴な上に、道路からの見晴らしが良いからだ。
「あれに入るのはちょっと勇気いるわね。」
 春川はそういって堂々と温泉に入っていく、おじさんやおばさんを見ていた。あの歳になれば恥ずかしくないのだろうか。
「そうだな。でも夜になって見えなくなれば、若い奴らも入るらしい。」
「入ったことある?」
「あるな。ちょっと死角になっているところがあって、そこで撮影をしたことがある。」
 AVの撮影のことだろう。温泉でなんて事をしてるんだと思うが、それもまた需要があるのだろう。
「行こう。あまり遅くなっても悪いし。」
 そういって桂は春川を促した。
 今日泊まるのは、桂の知り合いがしている宿らしい。正月なので空きはないと思っていたが、キャンセルが出たので泊まらせてくれるのだ。
「どんな知り合いなの?」
「そうだな。元同業者。」
「あぁそうなの。」
「二、三回目だったか、ヤツと他のヤツとで一人の女を輪姦するってヤツだった。」
「……最初に観たヤツがそんなヤツだったっけか。」
「最初がそれか?もっとノーマルなヤツ観ればいいのに。」
「何がなんだかわからないから、適当に手を取ったヤツだった。参考資料にもならなかったな。でもまぁ、スカトロとかSMじゃないだけましよ。」
 まだ薄暗い町には、人がいる。気にしないだろうが、あまりそういうことを堂々と言わない方がいいのに。相変わらすその辺の羞恥心がない。
「話逸れたっけ。それで、まぁいざ現場に行ったら幼なじみでね。」
「へぇ。偶然ね。」
「ヤツの方がキャリアがあったし仕事が多かったみたいだが、父親が倒れたとかでやめた。」
「それであとを継いでるの?」
「らしい。だからAVの撮影なんかの融通も利いてる。」
 そんな撮影をしたいと言ったら、断られることは多い。と言うかほとんど断られるだろう。だからその温泉宿は都合が良いらしく、よく利用されているらしい。
「良いところね。」
 さっと風が吹く。寒くなって彼女は自分で自分の肩を抱いた。
「寒いか。」
 彼はそういって彼女の肩を抱いた。すると彼女は少し笑う。
「大丈夫。」
「風邪引かれても困る。明日バイトだろう?」
「だったわ。明日忙しいだろうな。」
 焼き肉屋は明日から開店で彼女が呼び出されたのだという。ちょこまかと動く彼女は、きっと役に立つのだろう。
「ゆっくり温泉でも浸かろう。疲れがとれる。」
「疲れ癒えるかなぁ。かえって疲れるんじゃない?」
「俺は癒される。」
 肩から手をおろし、今度は手を繋いだ。
「パソコン置いてきてるんだろう?」
「でもタブレットならある。仕事できないことはないわ。」
「今日くらい俺に合わせてくれ。」
「本当に、どっちが女性なのかわからないわね。」
 やがて一軒の宿にたどり着いた。一番奥まったところにあり、奥は崖になっている。もし土砂崩れなんかがあったら大変だろうなと、彼女は思っていた。
 引き戸を開けると、ふわんと夕食なんかのいい匂いがした。それにとても温かい。エントランスにある暖炉が温かいのだろう。
「すいません。」
 声をかけると、一人の女性がやってきた。背が小さくころころとした和服の女性。おそらくその人が女将だろう。
「あら、桂さん。いらっしゃい。お待ちしてましたわ。」
「久しぶり。」
「二名様って言ってたけれど、お嬢様と?」
 おそらく彼の後ろに立っていた春川を観て彼女はそういったのだ。悪気はない。だが確かに娘にしか見えないような年頃だ。
「違う。嫁になる人だ。」
「えー?本当に?やだ桂さんも結婚なんて。主人に言わなきゃ。」
 くねくねと腰をくねらせて、彼女は自分で言って自分で照れていた。
「葵ちゃん。部屋、案内してくれる?」
「えぇ、もちろんよ。」
 この女性もどこかで見たことがある。春川は靴を脱ぎながら、首を傾げていた。
「裕太は相変わらずなのかな。」
「そうね。あのときはほらキモい人がブームだったけれど、今は若い子が人気なのかしらね。未練はないみたいよ。」
「でも嵐さん何かは助かっているみたいだ。人妻ものとか、若女将ものとかでは現場は限られてくるからな。」
「そうそう。この間の撮影、凄い面白かったのよ。」
「へぇ。どんなの?」
 さっぱりとAVの内容を語ってくる女性。彼女もまた普通の人ではないのだろう。
「さ、ここよ。」
 ドアの上には花の名前が付いている木札がかかっている。菖蒲と書いていた。ドアを開けると、畳敷きの和室が目に映る。あまり広くはないが、二人なので十分だろう。
「今夜はコレで満員御礼。」
 葵という女性はにこにこと笑いながら、テーブルにあるお茶を入れた。
「良いところ。窓から川が見える。」
 春川はそういって窓に近づいていった。
「春。とりあえずジャンパー脱げ。」
 そういって桂は彼女のジャンパーを脱がせた。
「フフ。昔っから変わらないわねぇ。桂さんってマメだもの。」
「春。」
「春さんって言うの?初めまして。葵って言うの。」
「あ、すいません。何か夢中になっちゃって。」
「悪い癖だ。」
 彼もジャケットを脱ぐと、ハンガーに掛けた。
「いいのよ。あなたも私と同業者だったのかしら。」
「え?」
 すると細い目を垂れて、笑っていた葵の目が急に驚いたように止まった。
「あぁ。違う。この人は女優じゃない。」
「そうなの。てっきり……。」
「すいません。そのつもりだったのでしょうが。」
「いいの。私の早とちりね。」
「でも……官能小説を書いてますから。」
「官能小説?それは面白そうね。こんな若いお嬢さんが書くものって気になるわぁ。」
 これくらいみんながあっさりと受け流してくれればいい。春川はそう心底思っていた。
「葵。」
 ドアを無神経に開けた男が部屋に入ってきた。
「桂が来たんだって?嫁連れて。」
 その男はぽっちゃりとしたふくよかな男だった。彼は桂を見て、笑っていた。
「桂!」
「裕太!」
 そういって二人は抱き合う。
「久しぶりだなぁ。」
「お前太った?」
「言うなよ。痩せたからっておめぇみたいに男前になる訳じゃねぇんだよ。」
 こんな桂を見るのは初めてだ。春川は少し気後れしながら、その光景を見ていた。
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