セックスの価値

神崎

文字の大きさ
168 / 172
雪深い街

168

しおりを挟む
 食事は正月用にと、いつもよりもいいものが出ているらしい。昼も結構食べてしまったが、夜もとなると少し太ってしまいそうだと春川はそれを気にしていた。だが桂はそれを食べながら、嬉しそうだった。それだけで嬉しくなる。
 さっぱりしたリンゴのシャーベットを葵さんが運んできて、料理が終わりなのだろうと思った。
「コレ、葵ちゃんの手作りだろう?」
「あ、わかる?こういうの好きだったからさ。」
「フフ。菓子屋になりたいってAVに出てたのに、結局裕太に捕まったんだからな。」
「そうよ。結局お菓子屋になれないままよ。」
 彼女はそういって笑う。さっぱりした人だと思ったが、その食器を下げる手首には傷が沢山あった。彼女にも色々あったのだろう。
「家族風呂あけとく?大浴場は露天だしおもしろいものもあるの。だけど家族風呂は個室なのよ。」
「そうだな……。春。どうする?」
 桂とは最近こんなに身近にいることはなかった。だから家族風呂と言いたいところだが、ここは露天に入りたい。露天風呂にはいることはそうないからだ。
「露天風呂ってあまり入ったことないんですよね。」
「あら、だったら露天行ったらいいわ。どうせあとで裕太がここに来た言ってるし、そのあと十分いちゃつきなさいよ。」
「今は邪魔だな。」
「バカね。今度結婚するんでしょ?そのあとでも十分いちゃつけるわよ。」
「じゃあ、そのあと家族風呂入れるか?」
「汚さないでよ、面倒なんだから。春さん。こんな性欲バカにつきあって大丈夫?」
「……体が持ちませんよ。」
「あら。お熱いこと。コンドーム足りなかったら言ってね。」
 葵はそういって出ていった。
「最近は使ってないけどな。」
「……子供出来たらどうする?一年はデキないよ。」
「それはそれでやりようがある。」
 そういったことも知っているのだ。セックスしか考えていなかった人の言葉とも言えるだろう。

 露天風呂に入って、春川は驚いた。そこには岩をくり抜いたような風呂があったのだ。
「わぁ……。」
 入り口には「どうぞお入りください。」との立て看板がある。彼女は当然のようにそこへ入ろうとした。しかし先に入っていたおばさんが声をかける。
「お嬢さん。そこ入るの?」
「はい。何があるのかって。」
「やめておいた方がいいわ。あたしみたいなおばさんが入るんならいいけど。」
「何で?」
「まぁ、詳しくは言えないけれど入るんならびっくりしないでね。」
 そういっておばさんは出ていった。彼女は一人っきりになったと思いながら、その洞窟の中に入っていった。湯気で曇った洞窟の中は、明かりがあるがあまり意味がない。湯気が洞窟の壁や天井に落ちて、ぴちゃんぴちゃんと音がする。
「……何?」
 奥からお湯をかき分ける音がする。それに気がついて彼女はタオルで前を隠した。誰かいるのだろうが他の男だったら、桂ではないと見せたくはない。彼女はそう思いながら、来た道を引き返そうとした。
 そのときがっと肩をつかまれた。それは男の手だった。
「きゃ……。」
 声を上げようとして、口をふさがれる。おそるおそるその手の主を見た。
「啓治……。」
 洞窟風呂は女性風呂と男性風呂が繋がっていたのだ。彼女はほっとして、座り込んでしまう。
「大丈夫か?脅かすつもりはなかったのだけど。」
 それを心配して彼も座り込んだ。
「……あぁ、驚いた。でも啓治で良かった。」
「あんたなら絶対ここにはいると思ったから。」
 彼はそういって彼女を見る。ピンク色に薄く色づいた肌。頬も赤い。それが可愛くて、思わずこのまま抱きたくなる。
「何?」
「抱きたい。」
「ここで?さすがに駄目よ。」
「だったら上がったらしたい。早く上がろう。」
 そういって彼はせめてもと、彼女の唇に軽くキスをした。
「やめた方がいいんじゃない?」
 唇を離して、彼女はそれを止めた。
「どうして?」
「立ったまま出ることになるでしょ?」
「それもそうだな。ゲイのおっさんに狙われても困る。」
 彼はそういって笑い、彼女と別れた。男風呂の洞窟の入り口には「立ち入り禁止」と書いている。裕太が考えたのか葵が考えたのかはわからない。だが趣味は悪くない。
 そして空を見る。曇っている空は、星一つ見えない。こんな日が来るとは思ってなかった。親に紹介して、友人に紹介して、デートらしいデートをして、温泉宿に泊まる。
「このまま終わればいいのだけどな。」
 きっと物語なら、このまま何事もなく終わるのだろう。だが彼女はきっとそうさせてくれない。
 彼女は昨日から少し様子が変に思えた。目が泳いでいることがあるのだ。何か心配事があるときいつもそうしている。そして父も、おかしなところがあった。病気だけじゃない。春川にあったときに何かを感じたのだろう。

 春川は風呂から上がり部屋に戻ってくると、先に桂は戻ってきていた。彼は窓辺のいすに腰掛けて、ぼんやりと外の川を見ていた。
「啓治……。」
 彼は春川に気がつくと、立ち上がり彼女を抱きしめた。
「早く式をしないとな。それから……。」
「うん。」
「出来れば……孫の顔でも見せてやりたいな。」
 ずっと我慢していたのだろう。感じていたのに彼は何も出来なかった。彼女が何もかもしてくれたのだ。父親に病院に行くことも、結婚式に出てくれることも。
「あんたがいてくれて良かった。」
「うん。私もあなたがいてくれて良かったわ。」
 祥吾のことが気にならないわけじゃない。だが今はこの人しか見えないのだ。
「……春。」
 頬にかかる髪をよけると、ピンク色の頬が見えた。その頬を両手で包み込み、顔を近づける。そのときだった。
「桂ー。」
 ドアを無神経に開ける人がいた。それは裕太だった。彼はその光景を見て、一瞬固まる。
「裕太ー。お前なぁ。」
 春川を置いておくと、桂は裕太に詰め寄った。
「悪かったって。いてっ!」
 長い足で彼の尻を蹴り上げた。
「あらー。お邪魔だったかしらぁ。」
 裕太のあとに葵もやってきた。手には残り物であろうつまみや酒が握られている。
「邪魔だよ。」
「そんな事言うなよ。お前と会うことなんかもうあまりないだろ?飲もうぜ。」
「飲めねぇんだよ。」
「奥さんは?」
「私も飲めないんですよ。」
「つまんねぇ夫婦。」
 夫婦と言われて、春川の頬がさらに赤くなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...