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雪深い街
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食事は正月用にと、いつもよりもいいものが出ているらしい。昼も結構食べてしまったが、夜もとなると少し太ってしまいそうだと春川はそれを気にしていた。だが桂はそれを食べながら、嬉しそうだった。それだけで嬉しくなる。
さっぱりしたリンゴのシャーベットを葵さんが運んできて、料理が終わりなのだろうと思った。
「コレ、葵ちゃんの手作りだろう?」
「あ、わかる?こういうの好きだったからさ。」
「フフ。菓子屋になりたいってAVに出てたのに、結局裕太に捕まったんだからな。」
「そうよ。結局お菓子屋になれないままよ。」
彼女はそういって笑う。さっぱりした人だと思ったが、その食器を下げる手首には傷が沢山あった。彼女にも色々あったのだろう。
「家族風呂あけとく?大浴場は露天だしおもしろいものもあるの。だけど家族風呂は個室なのよ。」
「そうだな……。春。どうする?」
桂とは最近こんなに身近にいることはなかった。だから家族風呂と言いたいところだが、ここは露天に入りたい。露天風呂にはいることはそうないからだ。
「露天風呂ってあまり入ったことないんですよね。」
「あら、だったら露天行ったらいいわ。どうせあとで裕太がここに来た言ってるし、そのあと十分いちゃつきなさいよ。」
「今は邪魔だな。」
「バカね。今度結婚するんでしょ?そのあとでも十分いちゃつけるわよ。」
「じゃあ、そのあと家族風呂入れるか?」
「汚さないでよ、面倒なんだから。春さん。こんな性欲バカにつきあって大丈夫?」
「……体が持ちませんよ。」
「あら。お熱いこと。コンドーム足りなかったら言ってね。」
葵はそういって出ていった。
「最近は使ってないけどな。」
「……子供出来たらどうする?一年はデキないよ。」
「それはそれでやりようがある。」
そういったことも知っているのだ。セックスしか考えていなかった人の言葉とも言えるだろう。
露天風呂に入って、春川は驚いた。そこには岩をくり抜いたような風呂があったのだ。
「わぁ……。」
入り口には「どうぞお入りください。」との立て看板がある。彼女は当然のようにそこへ入ろうとした。しかし先に入っていたおばさんが声をかける。
「お嬢さん。そこ入るの?」
「はい。何があるのかって。」
「やめておいた方がいいわ。あたしみたいなおばさんが入るんならいいけど。」
「何で?」
「まぁ、詳しくは言えないけれど入るんならびっくりしないでね。」
そういっておばさんは出ていった。彼女は一人っきりになったと思いながら、その洞窟の中に入っていった。湯気で曇った洞窟の中は、明かりがあるがあまり意味がない。湯気が洞窟の壁や天井に落ちて、ぴちゃんぴちゃんと音がする。
「……何?」
奥からお湯をかき分ける音がする。それに気がついて彼女はタオルで前を隠した。誰かいるのだろうが他の男だったら、桂ではないと見せたくはない。彼女はそう思いながら、来た道を引き返そうとした。
そのときがっと肩をつかまれた。それは男の手だった。
「きゃ……。」
声を上げようとして、口をふさがれる。おそるおそるその手の主を見た。
「啓治……。」
洞窟風呂は女性風呂と男性風呂が繋がっていたのだ。彼女はほっとして、座り込んでしまう。
「大丈夫か?脅かすつもりはなかったのだけど。」
それを心配して彼も座り込んだ。
「……あぁ、驚いた。でも啓治で良かった。」
「あんたなら絶対ここにはいると思ったから。」
彼はそういって彼女を見る。ピンク色に薄く色づいた肌。頬も赤い。それが可愛くて、思わずこのまま抱きたくなる。
「何?」
「抱きたい。」
「ここで?さすがに駄目よ。」
「だったら上がったらしたい。早く上がろう。」
そういって彼はせめてもと、彼女の唇に軽くキスをした。
「やめた方がいいんじゃない?」
唇を離して、彼女はそれを止めた。
「どうして?」
「立ったまま出ることになるでしょ?」
「それもそうだな。ゲイのおっさんに狙われても困る。」
彼はそういって笑い、彼女と別れた。男風呂の洞窟の入り口には「立ち入り禁止」と書いている。裕太が考えたのか葵が考えたのかはわからない。だが趣味は悪くない。
そして空を見る。曇っている空は、星一つ見えない。こんな日が来るとは思ってなかった。親に紹介して、友人に紹介して、デートらしいデートをして、温泉宿に泊まる。
「このまま終わればいいのだけどな。」
きっと物語なら、このまま何事もなく終わるのだろう。だが彼女はきっとそうさせてくれない。
彼女は昨日から少し様子が変に思えた。目が泳いでいることがあるのだ。何か心配事があるときいつもそうしている。そして父も、おかしなところがあった。病気だけじゃない。春川にあったときに何かを感じたのだろう。
春川は風呂から上がり部屋に戻ってくると、先に桂は戻ってきていた。彼は窓辺のいすに腰掛けて、ぼんやりと外の川を見ていた。
「啓治……。」
彼は春川に気がつくと、立ち上がり彼女を抱きしめた。
「早く式をしないとな。それから……。」
「うん。」
「出来れば……孫の顔でも見せてやりたいな。」
ずっと我慢していたのだろう。感じていたのに彼は何も出来なかった。彼女が何もかもしてくれたのだ。父親に病院に行くことも、結婚式に出てくれることも。
「あんたがいてくれて良かった。」
「うん。私もあなたがいてくれて良かったわ。」
祥吾のことが気にならないわけじゃない。だが今はこの人しか見えないのだ。
「……春。」
頬にかかる髪をよけると、ピンク色の頬が見えた。その頬を両手で包み込み、顔を近づける。そのときだった。
「桂ー。」
ドアを無神経に開ける人がいた。それは裕太だった。彼はその光景を見て、一瞬固まる。
「裕太ー。お前なぁ。」
春川を置いておくと、桂は裕太に詰め寄った。
「悪かったって。いてっ!」
長い足で彼の尻を蹴り上げた。
「あらー。お邪魔だったかしらぁ。」
裕太のあとに葵もやってきた。手には残り物であろうつまみや酒が握られている。
「邪魔だよ。」
「そんな事言うなよ。お前と会うことなんかもうあまりないだろ?飲もうぜ。」
「飲めねぇんだよ。」
「奥さんは?」
「私も飲めないんですよ。」
「つまんねぇ夫婦。」
夫婦と言われて、春川の頬がさらに赤くなった。
さっぱりしたリンゴのシャーベットを葵さんが運んできて、料理が終わりなのだろうと思った。
「コレ、葵ちゃんの手作りだろう?」
「あ、わかる?こういうの好きだったからさ。」
「フフ。菓子屋になりたいってAVに出てたのに、結局裕太に捕まったんだからな。」
「そうよ。結局お菓子屋になれないままよ。」
彼女はそういって笑う。さっぱりした人だと思ったが、その食器を下げる手首には傷が沢山あった。彼女にも色々あったのだろう。
「家族風呂あけとく?大浴場は露天だしおもしろいものもあるの。だけど家族風呂は個室なのよ。」
「そうだな……。春。どうする?」
桂とは最近こんなに身近にいることはなかった。だから家族風呂と言いたいところだが、ここは露天に入りたい。露天風呂にはいることはそうないからだ。
「露天風呂ってあまり入ったことないんですよね。」
「あら、だったら露天行ったらいいわ。どうせあとで裕太がここに来た言ってるし、そのあと十分いちゃつきなさいよ。」
「今は邪魔だな。」
「バカね。今度結婚するんでしょ?そのあとでも十分いちゃつけるわよ。」
「じゃあ、そのあと家族風呂入れるか?」
「汚さないでよ、面倒なんだから。春さん。こんな性欲バカにつきあって大丈夫?」
「……体が持ちませんよ。」
「あら。お熱いこと。コンドーム足りなかったら言ってね。」
葵はそういって出ていった。
「最近は使ってないけどな。」
「……子供出来たらどうする?一年はデキないよ。」
「それはそれでやりようがある。」
そういったことも知っているのだ。セックスしか考えていなかった人の言葉とも言えるだろう。
露天風呂に入って、春川は驚いた。そこには岩をくり抜いたような風呂があったのだ。
「わぁ……。」
入り口には「どうぞお入りください。」との立て看板がある。彼女は当然のようにそこへ入ろうとした。しかし先に入っていたおばさんが声をかける。
「お嬢さん。そこ入るの?」
「はい。何があるのかって。」
「やめておいた方がいいわ。あたしみたいなおばさんが入るんならいいけど。」
「何で?」
「まぁ、詳しくは言えないけれど入るんならびっくりしないでね。」
そういっておばさんは出ていった。彼女は一人っきりになったと思いながら、その洞窟の中に入っていった。湯気で曇った洞窟の中は、明かりがあるがあまり意味がない。湯気が洞窟の壁や天井に落ちて、ぴちゃんぴちゃんと音がする。
「……何?」
奥からお湯をかき分ける音がする。それに気がついて彼女はタオルで前を隠した。誰かいるのだろうが他の男だったら、桂ではないと見せたくはない。彼女はそう思いながら、来た道を引き返そうとした。
そのときがっと肩をつかまれた。それは男の手だった。
「きゃ……。」
声を上げようとして、口をふさがれる。おそるおそるその手の主を見た。
「啓治……。」
洞窟風呂は女性風呂と男性風呂が繋がっていたのだ。彼女はほっとして、座り込んでしまう。
「大丈夫か?脅かすつもりはなかったのだけど。」
それを心配して彼も座り込んだ。
「……あぁ、驚いた。でも啓治で良かった。」
「あんたなら絶対ここにはいると思ったから。」
彼はそういって彼女を見る。ピンク色に薄く色づいた肌。頬も赤い。それが可愛くて、思わずこのまま抱きたくなる。
「何?」
「抱きたい。」
「ここで?さすがに駄目よ。」
「だったら上がったらしたい。早く上がろう。」
そういって彼はせめてもと、彼女の唇に軽くキスをした。
「やめた方がいいんじゃない?」
唇を離して、彼女はそれを止めた。
「どうして?」
「立ったまま出ることになるでしょ?」
「それもそうだな。ゲイのおっさんに狙われても困る。」
彼はそういって笑い、彼女と別れた。男風呂の洞窟の入り口には「立ち入り禁止」と書いている。裕太が考えたのか葵が考えたのかはわからない。だが趣味は悪くない。
そして空を見る。曇っている空は、星一つ見えない。こんな日が来るとは思ってなかった。親に紹介して、友人に紹介して、デートらしいデートをして、温泉宿に泊まる。
「このまま終わればいいのだけどな。」
きっと物語なら、このまま何事もなく終わるのだろう。だが彼女はきっとそうさせてくれない。
彼女は昨日から少し様子が変に思えた。目が泳いでいることがあるのだ。何か心配事があるときいつもそうしている。そして父も、おかしなところがあった。病気だけじゃない。春川にあったときに何かを感じたのだろう。
春川は風呂から上がり部屋に戻ってくると、先に桂は戻ってきていた。彼は窓辺のいすに腰掛けて、ぼんやりと外の川を見ていた。
「啓治……。」
彼は春川に気がつくと、立ち上がり彼女を抱きしめた。
「早く式をしないとな。それから……。」
「うん。」
「出来れば……孫の顔でも見せてやりたいな。」
ずっと我慢していたのだろう。感じていたのに彼は何も出来なかった。彼女が何もかもしてくれたのだ。父親に病院に行くことも、結婚式に出てくれることも。
「あんたがいてくれて良かった。」
「うん。私もあなたがいてくれて良かったわ。」
祥吾のことが気にならないわけじゃない。だが今はこの人しか見えないのだ。
「……春。」
頬にかかる髪をよけると、ピンク色の頬が見えた。その頬を両手で包み込み、顔を近づける。そのときだった。
「桂ー。」
ドアを無神経に開ける人がいた。それは裕太だった。彼はその光景を見て、一瞬固まる。
「裕太ー。お前なぁ。」
春川を置いておくと、桂は裕太に詰め寄った。
「悪かったって。いてっ!」
長い足で彼の尻を蹴り上げた。
「あらー。お邪魔だったかしらぁ。」
裕太のあとに葵もやってきた。手には残り物であろうつまみや酒が握られている。
「邪魔だよ。」
「そんな事言うなよ。お前と会うことなんかもうあまりないだろ?飲もうぜ。」
「飲めねぇんだよ。」
「奥さんは?」
「私も飲めないんですよ。」
「つまんねぇ夫婦。」
夫婦と言われて、春川の頬がさらに赤くなった。
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