テロリストと兵士

神崎

文字の大きさ
56 / 283

55

しおりを挟む
 皿を洗う音だけが店内に響く。表情一つ変えないが、累は真を嫌がっているのだ。カウンターを乗り越えないでほしい。その一線を越えないでほしいと思っている。だから閉店しても看板を取り入れたが、カーテンを閉めることはない。これを閉めたら外からは何をされているかわからないのだから。
 いすを引く音がして、彼女は手を止めた。帰ろうと思っていたのかもしれない。ほっとして流しの水を止めた。
「……。」
 すると真は窓に近づいてカーテンを閉め始めた。その行動に彼女は彼に声をかける。
「真さん。何を?」
「無理言ったから手伝ってるだけ。もう閉店だろ?」
 よく見るともうトレーに載っている食事はもう済ませたようで、綺麗に食べられていた。
「えぇ。ありがとうございます。」
 カウンター越しに、トレーを下げようと手を伸ばす。すると彼がそれを手に取った。
「何?」
「それくらいさせてよ。」
「真さん。」
「何?藍はよくて僕はだめなんだ。」
 その言葉にドキリとした。そう。藍も最初は無理言って食事を用意した。そしてそのあとあの奥のドアに押しつけられて、キスをしたのだ。強引な行動にいやだというよりも驚きが増し、そして理解不能な胸のときめきを初めて感じた。
「当初はお客様でした。それが今は恋人になっているだけ。あなたはその可能性がない。ここから入らないで下さい。」
 冷たい言い方だと自分でも思う。だがそう言わないと、彼はまた彼女にキスをしようと思っているのだ。それどころかきっとその先もしようとしているのかもしれない。
 キスだけであんなに感じてしまったのだ。セックスなどしてしまったら元に戻れない気がする。愛してなどないのに。
 だが彼はその言葉を無視するようにトレーを手に、カウンターの中に入ってきてしまった。カウンターはフロアよりも一段高い。これで彼女と彼の目線は一緒になる。わずかに彼の方が背が高いだけで、目線は一緒だった。
 表情は変わらないが戸惑ったように、彼女は胸の前で拳を握る。
「藍は……何か言っていましたか。」
「何か?」
 トレーをシンクに置き、皿を水に漬ける。そして彼女の方をみた。
「あなたが言ったことです。」
「あぁ。君が好きだってこと?うん。あれから僕に苛ついているみたいだ。無視を決め込んでいるよ。まぁ元々無口な奴だけどね。」
「……藍のことを好きだったのでしょう?イヤではないのですか?それに……同居しているのでしょう?一緒に住んでいるのにそんな風では……。」
「関係ないね。今考えると藍のことが好きだと思ったのは、藍の強さに惹かれてただけだなぁって思う。君のことは、本当に好きだよ。」
 そう思わない。彼もまた彩と一緒だと思うから。
「体だけでしょう。」
「体だけ?セックスもしていないのに?」
「体の相性だけです。不覚にも私もあなたとのキスは気持ちいいと思いましたが、それは体だけだと思います。」
「体の相性からはいることは沢山あるよ。体が良くて、そのうち気持ちも通じ合うこともある。」
「通じ合いません。」
「藍よりもいいかもしれない。」
「体は正直ですからそうかもしれませんが、心までは通じ合いませんよ。そんな関係は空しいだけです。」
「言ったね?」
 ニヤリと笑うと、彼は彼女に近づく。
「何?」
 思わず後ずさりをする。裏口に通じるドアを背にして、そのドアノブに手をかけた。そして鍵を開ける。藍の時はそこから逃げる気も起きなかったので、鍵を開けなかったが彼とはもうキスをしたくない。いざとなれば逃げる。そう思ったから鍵を開けた。
「彩としてるときはいつも空しいんだろ?」
「彩……?あなたはどこまで何を知っているのですか。」
「簡単な話だ。夜ここを訪れたとき、いつも男が二階に入っていく。「音香」の彩だ。あいつが君を好きにしているんだろうと思ったまで。あいつがパトロンなんだろう。」
 良かった。表面上のことしか知らない。少しほっとして、彼女はそのドアノブに手をかける。
「……確かにそうです。彩とセックスしているときは悪夢ですが、あなたとセックスをしても同じだと思います。体は満たされるだけまだましかもしれませんが、心までは満たされない。幸せになどなれない。」
「ヒューマノイドに幸せなんかある訳ないだろ?」
 腕を捕まれて、力ずくでドアノブから手を離された。そしてその手のひらを握る。小さな手で、彼女とそれほど変わらない。だが温かい手だった。
「私は違います。」
「だったらどうしてそんなに顔色が悪いの?」
「……それは……。」
「もう認めなよ。僕と同じだって。認めなきゃ、認めさせるから。」
「認めさせる?」
「そう。ヒューマノイドを研究していた由教授もわからなかったかもしれないけれど、ヒューマノイド同士でセックスをすると互いがそれしか考えることが出来ないくらい絶頂に達することが出来るってこと。愛玩同士だから仕方ないかもしれないけれどね。」
 ぞっとした。心は通じていないのに、体だけが彼を求めるようになってしまうのだろうか。
「……試してみようか。ここでいい?」
「あなたとセックスすることはありません。いい加減、離して下さい。」
 そう言って彼女は手を力付く出ふりほどく。そして彼に背を向けてドアを開こうとした。しかしそれをさせないように彼は彼女を抱き寄せた。
「行かせない。」
「やめて下さい。」
 彼はそう言って彼女の首元に唇を寄せた。いやな臭いがしない。食事の匂い。汗などの彼女の体臭。自然の匂い。
 首元に唇を寄せて、そこに舌を這わせた。
「んっ……。」
 それだけで感じてしまうようだ。頬が赤くなる。ふりほどきたいのに、手に力が入らない。これがヒューマノイド同士だということなのだろうか。
 一つに結んでいるゴムを取ると、ぱらっと頬に髪がかかる。それを手で避けると、いつもとは違う少しおびえたような彼女の表情が飛び込んできた。それが彼をかき立てる。
「累。」
「やめて下さい。」
「ここまで来てやめれないよ。」
「藍に……悪いとは思いませんか。」
「悪いけど、今は嫉妬しかない。明日会うっていうの聞いたし。その前にキスだけでもしたい。君もしたいだろう?」
 首を横に振り、それを否定した。そして彼から顔を背ける。手をふりほどき、ドアノブに手をかけてドアを開いた。逃げるように外にでると階段を上がっていく。
「累。」
 二階のドアを開き、やっと逃げ込んだと思った。だがドアを閉めようとしたとき、彼は足を差し込みぐっとドアを開かせる。
 そして彼が後ろ手でドアを閉めると、ニヤリと笑った。
「素早さでは僕の方が上だよ。」
「や……。」
「怖いだけだ。正直になって。楽になるから。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...