テロリストと兵士

神崎

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 雨はあがり、本格的な夏がやってくる。累はその日、「旬食」を一時的に閉めることにした。
 ストックしておいた食材も、今日ですべて使い尽くす。そのために、今日のメインに鰺の開き、豚の味噌漬けを出すことにした。いずれも彼女の手作りで、市場にろくな食材がない場合のために用意していたものだ。
「しばらく食べれなくなると思うと、寂しいものだ。」
「建物自体が無くなるかも知れないんだろう?そしたら俺に建物を造らせてくれよ。」
 大工の若頭領がそういって彼女を励ましてくれた。
 だがその中に気になる話題がある。
「第二兵隊隊長の悦様が殺された。」
 悦は赤の兵隊の中でも地域の安全を守るために存在する、いわば警察のトップだったのだ。当然腕は立つし、殺されるなど思っても見なかった兵士たちは次は自分の番かと噂をしていたのである。
 あの雨の日、上がってきた死体を見て彼女も不信に思っていた。彼の遺体は水死体にしては綺麗すぎる。きっと殺されたあとに海に投げ込まれたのだ。
 そしてそのころした相手を彼女は見ている。あれは……。
「いらっしゃいませ。」
 ドアベルが鳴り、彼女はそちらをみた。そこには帯の姿があった。
「主人。今日で一時閉めると聞いてな。食事を約束通りしにきた。」
 地響きのような声で、彼はカウンター席に座った。
「ありがとうございます。帯様。」
「ふふ。城での料理にはほとほと飽きていてね。君の料理のようなモノが食べたいと思うんだ。」
「そうでしたか。」
「あぁ。悪い意味でとってもらっても困るのだがね。」
「いいえ。そんなことを思いましょうか。さて……どちらになさいますか。」
「鰺の開きをもらおう。」
 手際よく鰺を焼き、その間に小鉢を用意していた。その間にもほかの客がやってくる。手際よく料理の準備しながら、客の様子も見ている。適当に相づちを打ちながら、ミス無く料理を仕上げていった。
「どうぞ。」
 帯の前にトレーが置かれた。鰺の開き、厚揚げと人参の煮物、きんぴらゴボウ、キャベツとタマネギの味噌汁。その一つ一つが特別美味しいというわけではないが、どことなく優しい味がする。経験はないが母の味といったところだろうか。
「美味いな。」
「ありがとうございます。鰺は塩が利きすぎてませんか。」
「ちょうどいい。実に料理上手だ。また戻ってきてここでするのかな。」
「建物があればの話です。それに……。」
「何だ。ほかですることも視野に入れているのだろうか。」
「そうですね。私は他の国からやってきたので、他の国に移ることも考えています。土地に愛着はないので。」
 愛着がないのは本当だろう。だが彼女が本当に愛着を持った相手がいる。それが藍なのだ。しかし藍だけは一緒になってはいけない。
 彼女のような人が藍を愛してはいけないのだ。
「店主。これからどうするのかね。」
「どうするとは?」
「この建物を明け渡すのだろう。ほかで働くのか。」
「えぇ。お世話をしてくださった方が居ます。そこで料理を作って欲しいと、それからどうするかはゆっくり決めます。」
 おそらく彩のところだろう。銘が居なくなって、彼女を監視したいのかもしれない。
「帯様。」
 食事をしていると、意外にも彼女から声をかけられた。
「どうした。」
「戦争になればここが戦場になることもあるのですか。」
 それはどういう意味だろう。全く、感情があると考えて発言をするので、面倒なことを考えないといけない。
「どうだろうな。戦争はスポーツのように始めることを公言して始めるものではない。もしかしたら攻め込まれないという可能性もあるのだ。」
「……。」
「そのときは、せいぜい殺されないところで身を潜めることだ。女性が一人で立ち向かえるはずがないだろう。」
「そうですね……。」
 ただの女性ならそうするだろう。だが彼女はヒューマノイドであり、狙うのは紅花なのだ。銘のために。
 そのあと藍と居ればいい。藍に全てを告げよう。それでも彼が受け入れてくれると信じている。彼の「愛している」を信じているから。

 食器や調理器具は置いておいた。
 荷物を含めて自分の住むのは銘が居たところ。荷物はほとんどなかったので、そこにはいるのは簡単に出来る。銘の荷物はほとんど城に持って行かれた。鼠である証拠を掴むためだろう。そしてそれは真実。
 がらんとした店内を累は見て、ため息を付いた。ここに戻ってくるかはわからない。ここは瓦礫になるかもしれないし、そのときは藍と一緒に「世界」をみよう。
 そう思っていたときだった。店内のドアが開いた。藍かと思って彼女は振り返る。
「累。」
 それは彩だった。
「彩。」
「ずいぶんがらんとしているね。もう戻ってこないようだ。」
「食器や調理器具はあります。食材さえあればここでまた再開することも出来るでしょう。」
「そうだね。」
 彼はいすに腰掛けると、彼女を見上げる。
「累。民衆には知られていないが、向かいにある島に黄の国が攻め込んだらしい。」
「……始まるんですね。」
 戦争が始まる。累はあのライブバーで働こうと思っていたのだが、そんな余裕はないように思えた。
「赤の兵が武器の手配を始めた。その中心にいるのが紅花。」
「……えぇ。」
「累。黄の国が攻め込んだら、一気に紅花の首を狙うんだ。」
「はい。」
 累はぐっと拳を握る。銘をあんな目に遭わせた張本人。その首を狙う。
 シルエットでしかわからなかったその相手。それを目前にするのだ。
「終わったら迎えにいく。」
 彩のその意味は今の累にはわからなかった。きっと累は絶望する。そのとき居てやれるのが彼しかいないのだから。
 自分から累を奪い取った藍。そして藍に転んだ累。どちらも許せない。彼はぎゅっと拳を握り、そして彼女の肩に触れる。
「カーテンがありませんから。」
 何をしようかわかっていた。だから彼女はそれを拒否した。
「そうだね。」
 肩から手を避ける。これから十分また彼女を味わえばいい。絶望に苦しんでいる彼女を抱くのは、きっとこれまで以上に感慨深いモノになるだろう。
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