テロリストと兵士

神崎

文字の大きさ
109 / 283

108

しおりを挟む
 戦争が始まるという情報は、町を空にさせる。実際、累の食堂にも最後の日だからと無理して食事をしにきた人や、食堂がもう開いていないからといって来た人ばかりだ。
 人がいなくなった町を、兵が向かう。車の中に藍はいて、その様子を見ていた。
「まるでゴーストタウンだな。」
 しばらく町には来ていなかった。こない間にこんな風になっていたとは思ってもみないこと。累の店もこの中の一つなのだろうか。
 彼女も店を一時閉めるといっていた。その後のことはよく聞いていない。どこに住むのか、どうするのか、何も聞いていなかった。
 ただ会えないから。いつもいつでも会えるわけではないのだから、会ったときはお互いを求め合いたいと思っていた。だがそれは裏目にでていたのかもしれない。
 彼女のことを何も知らない。今思えば、彼女は会うたびに何か言い掛けていたように思える。何を言いたかったのかわからないし、聞こうともしなかった。ただ彼女の体を抱きたいと思う。まるで獣だ。
 しかしその間に愛情はある。だから彼女の元に帰ってきたいと思うのだ。
「港に添えた兵士ですが……。」
 彼の隣にいた頭の固い兵士に促され、彼は現実に戻される。歩いてでも行ける港に、自ら行くと言ったのだ。それだけ血の気が多いと思われても仕方ないだろう。

 港は殺伐としていた。夜明けが近く、白々と明ける夜の闇に生みも少しずつ青を取り戻していく。だが肉眼で見えるその島に、黄の軍勢がいるのだ。
 島は青の国のモノで、住人は五十名ほど。だがそのほとんどが人質に取られている。中には殺されたかもしれない。手が出せないのはそのせいだ。
「作戦はうまくいっているか。」
「はい。奴ら気が付いていません。」
 藍の言い出したのは突拍子もないこと。五十名ほどの人質なら、二、三人ずつ島から離れさせろということだ。そのためには反抗するもの、収めるもの、そして子供を最後に離れさせる。印象の強いモノを残しておけば、他のモノがいなくなっても気が付かない。そう思ったのだ。
「後どれくらいいる?」
「もう半分はいませんが、気が付いていません。」
「やはりバカだ。」
 黄の国とは小競り合いが多い。二十代の頃戦場のまっただ中にいたこともあるが、奴らはあまり頭を使って戦闘をしていない。
 そして双眼鏡を見ていた男が声を上げる。
「全員避難させました。」
「よし。行こう。」
 船に乗り込み、そこから島に渡る。本土を血で濡らさない。そしてあの島の島民は誰一人殺させない。

 顔を覆うようなマスクをかぶっているが、背の高いことやマスクを被っているが隠しきれない長髪が紅花の証。累はナイフを握りしめて、最後の船が行ってしまったのを見届ける。そして船のエンジンを入れた。
 漁船をつなげている紐を解くと、ゆっくり船は進んでいく。タンタンという音とともに暗い海を進む。海を行く波をかき分ける音だけが響いていた。
「……累。」
 声をかけるのは彩だった。彩も累もいつもの格好と変わりはない。もっとも累はいつものように黒い頭巾を被っているが。
「紅花をみた?」
 舵を取りながら、彼女は首を傾げた。
「マスクをしていたし逆光だったので顔まではわかりませんでしたが、背の高いあの男がそうなのですね。」
 その体つきで気が付かないのだろうか。彼が藍だということに。ちらりと見る累はいつもと変わりはない。
「本土で血を流さないのは、一般人に被害者が出ないことを考えているのだろうね。本土で迎え撃たないのは彼の気遣いからだ。」
 試しに彼をかばうようなことを言ってみた。しかし彼女は首を横に振る。
「それはあり得ない。きっと島に攻め込めば逃げられないから、そこで全滅させたかったのでしょう。」
「累。」
「一人の凝らず殺すつもりでしょう。残虐な人。」
 そうやって銘も殺したのだ。舵を握る手に力が入る。
 そうだ。憎め。憎んで絶望しろ。そんな彼女を抱く。ゾクゾクするほどの快感に襲われるだろう。
 やがて船の光が消えた。その直後だった。

 ドーン!

 水面が揺れるほどの衝撃が襲ってきた。
「縁に捕まってください。」
 彩は言われたとおり、船の縁に捕まる。その衝撃で船の中に少し海水が入ってきた。このまま海に放り出されれば助からないだろう。
 そしてその衝撃はもう一発。

 ドーン!

 どうやら船の上から大砲を撃っているらしい。赤の軍はおそらく島ごと潰してしまおうと思っているのだ。
 だが光がぱっと見えた。どうやら黄の軍も船を出したらしい。
「海上戦になるのかな。」
 縁に捕まりながら、彩はつぶやくと彼女は再び船のエンジンを入れた。
「どこへ?」
「島へ向かいます。どっちにしても紅花は島に上陸すると思いますから。」
 なるほど。こんな時でも彼女は冷静だ。
 明かりをともして、島の方へ向かっていく。その間も衝撃が波を高くする。それに手を取られながらも、彼女は力付く出舵を取った。
 やがて島にたどり着き、船を海岸に止める。するとそこにはこの島の島民だろう。五人ほどの若者がいた。中には女や子供もいる。
「何だ。あんたら。」
「ここは戦場になる。漁師なら……。」
 どうやら島民で、最後にこの島から脱出するのに船を待っていたらしい。手には大きな荷物を持っている。
「累。」
 すると彼女は手に持っていたナイフを抜く。そして砂の足下をもろともせずに、彼らの首元を狙った。
「ぎゃあ!」
 戦闘する気もない、襲いかかられるとは思ってもなかった彼らは何も知らずに血を吹き出して絶命した。
「……。」
 暗闇でよくわからないが、血の臭いや異臭で全て殺したのがわかった。その返り血を浴びている彼女が想像できる。おそらく何も感じていない、ただの殺人マシーンだ。
「行こう。」
 彼女が殺すのを見る度に、思い出すことがある。そのたびに彼女を殺したくなる衝動に襲われた。だが今はしない。
 屈辱と絶望にまみれた彼女を抱きたい。そしてプライドごと押しつぶして殺したい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...