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とっくにウェイトレスやウェイターは帰ってしまった。当然その中にも彩はいて、彼も先に帰っていった。誰よりも早く来て、遅く帰るのがキッチンの仕事だ。
夜半過ぎ、隆と累は階段を下りていった。そしてまだカウンターで金の計算をしているオーナーに声をかける。
「お疲れさまです。」
彼は眼鏡をはずして二人をみる。
「あぁ。お疲れさん。」
「オーナー。」
隆は彼の前に立つ。そして頭を下げた。
「今日はすいませんでした。」
理由はどうあれ騒ぎを起こしたのは彼が原因だ。そう思って彼はオーナーに頭を下げる。すると彼はため息を付いていった。
「仕事に影響はなかったからいいものの、その急に熱くなる性格はどうにかならないのか。」
過去にも彼のこの性格のせいで、逃げていった料理人が沢山いるのだ。それに女がいるという事を嘘付いていた上、累に手を出したというのもオーナーの頭の痛いところだった。
職場内の恋愛が悪いというのではない。
そうやって嘘を付いていたことで、ほかの従業員との溝がまた深くなる気がしたのだ。
「累。」
「はい。」
「お前にも非があるのはわかるな。」
「はい。」
彼女が心を痛めてここにきたのはわかる。元々一人でしていたのに、急にここに来たのはそういうことなのだろう。その隙間につけ込まれ、簡単に転んだのは彼女の責任だろう。
「でもまぁ、今更別れるわけ無いな。」
ため息を付いてペンをとんとんと机に打ち付ける。ずっと何か考えているときの行動だ。
「……こんな関係になって、やりにくくはないのか。」
「いいえ、特には。仕事は仕事ですし、プライベートは切り分けます。」
「累は出来るのかもしれないが、お前は出来ないんだろう?何やってんだ三十にもなって。」
「……。」
それは彩も一緒だろう。だからといって誰も切りたくはない。ランチも初めてやはり人手は足りないのだ。特に隆と累はキッチンに二人しかいない。その代わりとなると限られてくるからだ。
「とにかく……隆。お前ももう少しうまくやれ。じゃないとまたホールにやるぞ。」
「勘弁してくださいよ。」
「だったら累をホールに持ってくるからな。累。ホールに来れば笑顔の一つくらい出来るようにしろ。」
無愛想でも一人でやってこれたのは、食堂での味がものをいったからだ。しかしこの店では通用しない。銘のように愛想笑いの一つでも出来ないといけないだろう。
「わかりました。」
「累。」
「何にしても必要とされるのは嬉しいことです。もし何かありましたら、よろしくお願いします。」
その言葉にオーナーは笑顔を浮かべ、隆を見上げた。
「いい彼女に巡り会えたな。」
だがそれは彼にとって屈辱だった。女に守られているような気がしていたからだ。
厚い雲がかかった夜のようで、月や星の光すらない。街灯の光だけが道を照らしている。
彩が累に話があるというと言うことを聞いて、隆も同席すると言い出したのだ。明日も仕事のためにそれほど時間はとれないだろうが、それでも彼女が彩と寝るよりましだと思う。
「彩は俺にも話があると言っていたか。」
「はい。」
「今更やれないとか言うんじゃないのか。」
「これだけ公になってやれないはないんじゃないんでしょうか。」
彩は世間体を気にするところがある。鼠として動いているのだから当然だろう。一般市民を装わないといけないのだから。
「累。」
隆は足を止めると、彼女を見下ろした。
「お前も彩のことを良く知っているような口調だな。」
「……そうですね。私が生まれたときにはもうすでに彩がいましたし、その両親も知っています。」
「倫と俺のようだな。」
あまり記憶にはないが、彩の両親は彼女を本当の子供のように扱ったと思う。だから彩は彼女にとって兄のようだと思っていた。
「えぇ。そうですね。」
そのとき、足をまた進めようとした隆はまた足を止めた。それに気が付いて、彼女もまた足を止めてその先を見る。
「彩……。」
彩はずっと待っていたようだ。足下に煙草の吸い殻がある。
「待ってた。いつもこんなに遅いの?」
「キッチンにはキッチンの事情がある。そっちにもそっちの事情があるようにな。」
彼は少し笑うと、累に近づいてきた。そして彼女のに手を差し出す。
「何……。」
手首をもたれ、そしてその手のひらに小さな物を置いた。それは銀色の指輪のように見える。
「指輪?」
「銘のものだ。」
銘の名前に彼女の顔色が青くなる。まるで倒れてしまいそうだった。
「累。」
「大丈夫です。」
指輪は二重になっていて、一つはサイズが大きい気がする。
「……これは……どう言うことですか?」
「君に渡すつもりだった。一つはね。もう一つは……。」
「藍?」
「あぁ。」
目の前が暗くなるようだった。もう藍はおらず、そして彼女の隣には隆がいるから。銘がそれを知る由はない。
「銘……。」
「銘は……あんた等の仲間だったんだろう?それが捕まって殺された。そんな風に聞いているが。」
「その通りだよ。そして国家に殺された。輪姦されて、自殺。鼠としては優秀だった。何も語らなかったんだから。」
その言葉に隆は彩の方へ向かおうとした。しかし彼女は隆の手を引いて首を横に振る。
「あり得ません。」
「どうして?」
指輪を手にした彼女はぐっとその指輪を握る。
「銘が用意していたと仮定して考えると、銘が私たちを応援していたと思えます。ですが、こんな指輪をつけていたら、きっと私たちはもっと早くにお互いの存在に気が付いていたはずです。こんなものを用意していたとしたら応援していたと言いながらも、おとしめているような気がします。」
彼女は彩を上目遣いでみる。
「真実は?」
「必要?もう死んだ女のことなんか。」
彩も累も人間に見えない。人間の死ばかりをみる人間はこんな風になってしまうのだろうか。
「……隆。わかっただろう?君には手に余るよ。」
隆の心がわかったように、彩は彼に語りかける。
「……それでも俺は……。」
彼は握られている手を握り返す。そして累を引き寄せた。
「隆さん……。」
「俺はバカなのかな。」
その行動に、彩はため息を付く。これだけしても彼女から離れたくないという。全く人間というのは面倒くさい。
「僕は累のことには反対しないし、君が恋人でいたいというのだったら累に手を出す気はないよ。確かに累ほど嫌らしい女はいないけどね。そういう風に出来ているんだから、仕方ないけど。」
「彩。そんな言い方はよせ。」
「……あぁ。そうだったね。もっといい言い方があったはずなんだけど。」
本音でそう思っているのだろう。ではないと言葉に出るはずはない。
「累。君はどうなんだ。」
「……。」
「藍を重ねていないのか。」
藍の言葉に、彼女はわずかに表情を変えた。しかし思い直す。藍はもういないのだ。次に会うときはお互いに命を狙い合うのだろう。
「……私の中で藍は死にました。狙うべきは紅花。銘のためにも。」
銘の死がこんなに彼女の中で大きくなると思わなかった。彩は心の中で舌打ちをする。
計算外のことが起こる。それは彼の手の中でもろく崩れていくようだった。
夜半過ぎ、隆と累は階段を下りていった。そしてまだカウンターで金の計算をしているオーナーに声をかける。
「お疲れさまです。」
彼は眼鏡をはずして二人をみる。
「あぁ。お疲れさん。」
「オーナー。」
隆は彼の前に立つ。そして頭を下げた。
「今日はすいませんでした。」
理由はどうあれ騒ぎを起こしたのは彼が原因だ。そう思って彼はオーナーに頭を下げる。すると彼はため息を付いていった。
「仕事に影響はなかったからいいものの、その急に熱くなる性格はどうにかならないのか。」
過去にも彼のこの性格のせいで、逃げていった料理人が沢山いるのだ。それに女がいるという事を嘘付いていた上、累に手を出したというのもオーナーの頭の痛いところだった。
職場内の恋愛が悪いというのではない。
そうやって嘘を付いていたことで、ほかの従業員との溝がまた深くなる気がしたのだ。
「累。」
「はい。」
「お前にも非があるのはわかるな。」
「はい。」
彼女が心を痛めてここにきたのはわかる。元々一人でしていたのに、急にここに来たのはそういうことなのだろう。その隙間につけ込まれ、簡単に転んだのは彼女の責任だろう。
「でもまぁ、今更別れるわけ無いな。」
ため息を付いてペンをとんとんと机に打ち付ける。ずっと何か考えているときの行動だ。
「……こんな関係になって、やりにくくはないのか。」
「いいえ、特には。仕事は仕事ですし、プライベートは切り分けます。」
「累は出来るのかもしれないが、お前は出来ないんだろう?何やってんだ三十にもなって。」
「……。」
それは彩も一緒だろう。だからといって誰も切りたくはない。ランチも初めてやはり人手は足りないのだ。特に隆と累はキッチンに二人しかいない。その代わりとなると限られてくるからだ。
「とにかく……隆。お前ももう少しうまくやれ。じゃないとまたホールにやるぞ。」
「勘弁してくださいよ。」
「だったら累をホールに持ってくるからな。累。ホールに来れば笑顔の一つくらい出来るようにしろ。」
無愛想でも一人でやってこれたのは、食堂での味がものをいったからだ。しかしこの店では通用しない。銘のように愛想笑いの一つでも出来ないといけないだろう。
「わかりました。」
「累。」
「何にしても必要とされるのは嬉しいことです。もし何かありましたら、よろしくお願いします。」
その言葉にオーナーは笑顔を浮かべ、隆を見上げた。
「いい彼女に巡り会えたな。」
だがそれは彼にとって屈辱だった。女に守られているような気がしていたからだ。
厚い雲がかかった夜のようで、月や星の光すらない。街灯の光だけが道を照らしている。
彩が累に話があるというと言うことを聞いて、隆も同席すると言い出したのだ。明日も仕事のためにそれほど時間はとれないだろうが、それでも彼女が彩と寝るよりましだと思う。
「彩は俺にも話があると言っていたか。」
「はい。」
「今更やれないとか言うんじゃないのか。」
「これだけ公になってやれないはないんじゃないんでしょうか。」
彩は世間体を気にするところがある。鼠として動いているのだから当然だろう。一般市民を装わないといけないのだから。
「累。」
隆は足を止めると、彼女を見下ろした。
「お前も彩のことを良く知っているような口調だな。」
「……そうですね。私が生まれたときにはもうすでに彩がいましたし、その両親も知っています。」
「倫と俺のようだな。」
あまり記憶にはないが、彩の両親は彼女を本当の子供のように扱ったと思う。だから彩は彼女にとって兄のようだと思っていた。
「えぇ。そうですね。」
そのとき、足をまた進めようとした隆はまた足を止めた。それに気が付いて、彼女もまた足を止めてその先を見る。
「彩……。」
彩はずっと待っていたようだ。足下に煙草の吸い殻がある。
「待ってた。いつもこんなに遅いの?」
「キッチンにはキッチンの事情がある。そっちにもそっちの事情があるようにな。」
彼は少し笑うと、累に近づいてきた。そして彼女のに手を差し出す。
「何……。」
手首をもたれ、そしてその手のひらに小さな物を置いた。それは銀色の指輪のように見える。
「指輪?」
「銘のものだ。」
銘の名前に彼女の顔色が青くなる。まるで倒れてしまいそうだった。
「累。」
「大丈夫です。」
指輪は二重になっていて、一つはサイズが大きい気がする。
「……これは……どう言うことですか?」
「君に渡すつもりだった。一つはね。もう一つは……。」
「藍?」
「あぁ。」
目の前が暗くなるようだった。もう藍はおらず、そして彼女の隣には隆がいるから。銘がそれを知る由はない。
「銘……。」
「銘は……あんた等の仲間だったんだろう?それが捕まって殺された。そんな風に聞いているが。」
「その通りだよ。そして国家に殺された。輪姦されて、自殺。鼠としては優秀だった。何も語らなかったんだから。」
その言葉に隆は彩の方へ向かおうとした。しかし彼女は隆の手を引いて首を横に振る。
「あり得ません。」
「どうして?」
指輪を手にした彼女はぐっとその指輪を握る。
「銘が用意していたと仮定して考えると、銘が私たちを応援していたと思えます。ですが、こんな指輪をつけていたら、きっと私たちはもっと早くにお互いの存在に気が付いていたはずです。こんなものを用意していたとしたら応援していたと言いながらも、おとしめているような気がします。」
彼女は彩を上目遣いでみる。
「真実は?」
「必要?もう死んだ女のことなんか。」
彩も累も人間に見えない。人間の死ばかりをみる人間はこんな風になってしまうのだろうか。
「……隆。わかっただろう?君には手に余るよ。」
隆の心がわかったように、彩は彼に語りかける。
「……それでも俺は……。」
彼は握られている手を握り返す。そして累を引き寄せた。
「隆さん……。」
「俺はバカなのかな。」
その行動に、彩はため息を付く。これだけしても彼女から離れたくないという。全く人間というのは面倒くさい。
「僕は累のことには反対しないし、君が恋人でいたいというのだったら累に手を出す気はないよ。確かに累ほど嫌らしい女はいないけどね。そういう風に出来ているんだから、仕方ないけど。」
「彩。そんな言い方はよせ。」
「……あぁ。そうだったね。もっといい言い方があったはずなんだけど。」
本音でそう思っているのだろう。ではないと言葉に出るはずはない。
「累。君はどうなんだ。」
「……。」
「藍を重ねていないのか。」
藍の言葉に、彼女はわずかに表情を変えた。しかし思い直す。藍はもういないのだ。次に会うときはお互いに命を狙い合うのだろう。
「……私の中で藍は死にました。狙うべきは紅花。銘のためにも。」
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