テロリストと兵士

神崎

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 累の体を少し観察する。ほとんど人間と変わらない構造をしていているが、血の成分、皮膚片、爪、全てが人間とはあり得ない構造をしていた。その中で生き物ではあり得ないと思ったのは、彼女の中には遺伝子がない。
 それはおそらく生殖機能がないということだろう。
「先人もそれは作れなかったといいます。」
 京はそのデータを付けた紙をテーブルに置くと、累に着ていたものを手渡した。彼女は一糸纏わない裸だったからだ。
 藍はその体を良く知っている。彼女が彼を求める手も、温もりも、すべてが思い出せる。だがそれに欲情は出来ない。彼女には相手がいるのだから。
「しかし先人は感情をいれてより人間に近いものというよりは、兵器としてのヒューマノイドを作っていたように思えます。」
「国がいくつも滅びたと聞いている。だから協定を結び、ヒューマノイドを作ることを禁止したのだろう?建前では。」
 下着だけ身につけた累は驚いたように藍をみる。
「建前?」
「あぁ。協定を結んでいる国でも密かにヒューマノイドを作っている。だが生み出せているのは奇形だけだ。お前のように完璧なヒューマノイドはいないだろう。」
 完璧という言葉に少し違和感を感じた。こんなにメンテナンスの必要なヒューマノイドが完璧なのだろうかと。
「由教授が作ろうとしていたヒューマノイドは少し違います。どちらかというとより人間に近いものを求めていたようですね。」
「より人間に?」
「意志を持つヒューマノイドです。だから感情をいれた。そうとしか思えません。」
「どうして……そんなものを?」
 すると京はデータをまとめた紙を、ファイルにしまうと椅子に腰掛けた。
「彩のためでしょう。」
「彩の?」
「私は……彩のことを良く知っています。いとこ同士ですし、私の父は零といって研究者で、彩の両親は同じ建物で研究をしていましたから。」
「……。」
「その建物の中が一つの家のようでした。その家の中に託児所があるような感じで、私たちのような子供はあと数名いました。そう……王もまたその一人でしたね。」
 彩は小さい頃から美しい少年としてもてはやされた。由教授の両親、つまり彼の祖父がが同じような目の色髪の色をしていたので、両親はこの土地の顔立ちでも彼は青い目と銀色に近い髪の色を持っていた。それがまた彼の美しさを引き立てさせる。
 だが託児所のような狭い世界では、「贔屓」されているといって彼は同じ年頃の子供からは遠巻きに見られていた。
 同じ目線で話すのは、京と王である浅葱だけだった。浅葱の父は王の側近であったが母親が体が弱く、彼を産んで程なく死んだらしい。そのため、浅葱もここに預けられることが多かったのだ。
 だが浅葱も京も、彩の悲しみまでは知らなかった。あのときまでは。
「あのとき?」
「最低だと思います。」
 十にも満たない彩。だが彼はヒューマノイドを作ることに成功した由教授の一人息子なのだ。
 零教授はその腹いせに、彩に手をかけたのだ。
「手をかけるって……。」
 累は思わず藍の方を向いた。すると藍はため息をついていう。
「つまり……あれだ。そのころから男同士のあれこれを知らされた。そういうことだろう。」
「その通りです。父には母がいましたが、男性の方も趣味があるとか。」
「……。」
 彩もまた犠牲者だった。しかしそこで藍はふと疑問が浮かぶ。
「ということは……累に由教授を殺せと指示した容疑者が、一人増えたことになるな。」
「……父ですか?」
 その言葉に累は藍を窘める。
「藍さん。それはあまりにも……。妊婦さんにいうことではありません。」
 ストレスがかからないようにここに来たのに、ストレスをかけてどうするのだろう。だが京は冷静にいう。
「だからあなたを作ったと思います。」
「私を?」
「彩はそんなことがあっても自分を押さえ込み、何事もないように過ごしていました。私たちも気がつくまでに時間もかかりましたし。でも……多分、由教授は知っていたんだと思います。」
「……。」
「あなたを生み出すことで、彩に心のより所を作ろうとしていたんです。」
「私にはそんなこと出来ませんよ。」
「昔からの精神療法です。ヒューマノイドではなくてもいいんですけど、犬とか、猫とか、ぬいぐるみとか、そういったものに癒しを求めることも出来ますから。」
 人間に心を開かないのであれば、人間でなければ心を開くかもしれない。その彼女を生み出したのはその一心だった。
 すべては彩のため。自分の息子が辱めに会っているのに、何も手を出せない両親の苦肉の策だった。
「……だったら……納得することもありますね。」
 彩とのセックスは苦痛でしかなかった。肉体的にも精神的にも責められることが多かったから。それが自分にとって苦痛だった。だが藍と出会い、そして隆と出会い、幸せだと思った。だがそれは本来の目的である彩を癒すことを放棄したことになるのだ。
「だからといって累を責めることは出来ないだろう。」
 藍はそういって椅子に深く腰掛けた。
「人間により近く、そう作ったヒューマノイドであれば、彩の要求に何も知らされないまま答えることは、その趣味でもない限り無理だろう。それとも由教授は、ヒューマノイドは所詮道具だから傷ついても構わないとでも思っているのか。」
「……それはわかりません。もう由教授はいないのですから。」

 家を出ると、深い闇の森が目の前に広がる。歩いてきた藍と累は、足下だけを照らし舗装されている道を歩いていく。わずかに車が一台通れるくらいの道は、少し気を抜けばつまずいてしまいそうだ。
 二人の間に会話はない。藍は累を気遣い何とか話を切り出そうとしていたが、肝心の累は彩のことをずっと考えているようだった。自分の役割は何だろうと。そしてこのまま隆といれば彼女は亡くなった由教授の意志に反しているような気がしたのだ。
「累。」
 不意に藍が彼女に話しかける。その声に彼女は足を止めた。
「はい。」
「同情をするんじゃない。どんな理由があっても彩は明らかにテロリストだ。」
「私はその道具ですよ。」
「道具……。」
「または彩を癒すための人形でしょうか。」
「累。」
 振り返り彼女を見るが、彼女は視線を逸らしているだけだった。
「累……一つ聞きたいことがある。」
「何でしょうか。」
「隆を愛しているのか?」
 その言葉を藍の口から聞くと思っていなかった。思わず言葉に詰まる。真実を告げればきっと彼が傷つくだろう。彼はまだ彼女が好きだといっているのだから。
「……。」
「詰まるな。俺のことは気にしなくていい。……残酷だけどな。」
「……。」
 ふっとため息をついて彼はいう。
「お前のことを知らないとき、俺はお前を愛していると言った。お前も俺のことが好きだと言っていたな。」
「夏頃の話です。」
「そうだな。でもそれは彩に言われたからでも、俺に言われたからでもないのだろう?」
「はい。」
「だったら、もうその時点でお前にはお前の意志がある。由教授の思惑通り、人間により近いヒューマノイドが作られていると思うが。」
 暗い表情をしていた彼女を慰めるような、藍の不器用な言葉だった。それでも彼女の悶々とした感情を払拭させるような言葉に、ふっと彼女の表情が軟らかくなった。
「そうですね。ありがとうございます。藍さん。」
 彼女の足がまた進む。この調子で行けば、隆が待っているという部屋まではそれほど時間はかからない。
 だがこの道が永遠に続けばいいと、藍は思う。
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