テロリストと兵士

神崎

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 旬食の前で藍と別れ、累はそのまま路地に入っていった。そして一本向こうの通りに出る。そこからすぐの所のアパートの外階段を上がっていく。
 もう深夜の時間帯で、今から眠ってもそんなに睡眠時間はとれないかもしれない。だが薬は飲まないと、どうやら手足が怠くなってきた。薬が切れたのかもしれない。
 きっともう隆は眠っている。薬を飲んで、シャワーを浴びて、そして彼の隣で眠ろう。それが幸せなのだから。
 鍵を開けて、ドアを開ける。すると電気が付きっぱなしだった。部屋に入ると隆はシャワーを浴びたようで髪を解かれていたが、布団も被らずにベッドに眠っていた。
「……。」
 予想とは少し違ったが、よく眠っている。
 彼女はキッチンに立つと、引き出しから薬を取り出してそれを口に含む。水を飲むと、少しずつ手足のだるさが無くなる。
 そして下着を手にして、バスルームへ向かおうとした。そのときだった。
「累?」
 隆が起きたらしい。彼女は振り返ると、下着をいったん置いてベッドに近づいた。
「風邪引きますよ。ちゃんと布団を被らないと。」
 そういって彼女は彼の体に布団をかぶせようとした。しかし彼は体を起こす。
「……こんな時間だったのか。」
「ちょっと時間をとってしまいました。心配させてしまいましたね。」
「心配だったな。」
 前恋人だった男と二人で出かけていたのだ。不安にならない男がいるだろうか。
「何もなかったのか?」
「何も?」
「あいつが……その……。」
 頭をかいて彼女をみる。しかし彼女は視線を逸らさずに言う。
「何もありませんよ。京さんから彩のことを少し聞けました。朝に言いますから。今日は眠って下さい。」
 しかし彼はベッドから降りて、テーブルに置いていた煙草に手を伸ばす。
「隆。」
「……今聞きたい。シャワーに入ってからでもいいから、聞かせてくれないか。」
「……。」
 何を意地になっているのだろう。少し不思議に思いながら、彼女はベッドのそばを離れる。
「シャワー、すぐに浴びますから。」
 ベッドに腰掛けたままきっと煙草に火を付けた。ジッポーの音が聞こえたからだ。

「王も?」
「はい。以前研究所の中にある託児所の中にいたようですね。」
 髪を乾かしながら彼女はそう答えた。
「……彩と京という人物がいとこ同士だったのは聞いたことがあるが、王までもがその関係者だったとはな。」
 王はその関係から、一般人を装っている彩を利用しているに違いない。そして彩も、その王を裏切っている。人格が破綻しているように見えるが、どうやらその原因は彼の過去にもあったようだ。
「……それから少し私の体のことも調べていただきました。これから零教授ではなく、京さんに診てもらった方が鼠の模倣をしている人にも、私の情報が漏れることはないと思うので。」
「……累。それは俺は行ってはいけないのか。」
「すいません。京さんは男性を苦手としていて、限られた方ではないと話もしたくないと。」
「藍さんは良くてか?」
 ドライヤーを止めて、彼女は彼を見上げる。何を疑っているのだろう。
「藍さんとは城でも顔を合わせていたそうです。藍さんのことはわかっていて、彼女も受け入れているようですね。」
「だったら俺も受け入れられるんじゃないのか。」
 さすがに違和感がある。何を意地になっているのだろうか。
「多分俺とあの人は異母兄弟だ。似ているんだろう?お前も最初そういっていた。」
「姿は似ていますよ。でも中身が違うんです。」
 そういって彼女は彼の体に手を回した。
「私が好きなのは、あなただけです。」
 いつもの彼女ではしない行動だ。どうしてそんなことをするのだろう。何か後ろめたいことがあるのだろうか。疑えばきりがない。
 だがその温もりは彼が一番好きなものだ。
「累……。」
 彼はそういって彼女の体を抱きしめる。
「彼とは何もありませんでしたから。確かに二人きりになったら手を出してくるかもしれません。彼はまだ気持ちがあると言っていましたし。」
「……。」
「気持ちはありがたいのですが……。」
 人形だと言われた言葉を思い出し、彼女はその体にぎゅっとしがみつく。
「あなたしか見たくありません。」
 すると彼はその頭にキスをする。シャンプーのいい香りがした。
「累。疑って悪かったな。」
「……疑いたくなる気持ちもあるのでしょうね。藍さんとは再会してこうしてまた同じ道を歩いていることが、もうないと思っていましたから。でも……今だけです。」
「あぁ。そうだな。」
 二つの星が人形に寄り添い、やがて一つの星が消える。それは自分のことだと思いたくない。
 彼はまたぎゅっと彼女を抱きしめる。
「……累。このまま聞いてくれないか。」
 彼女がいなかったその間、彼は紫練らしき人物に会ったこと。そして人形によりそう星が一つ消える。そう言われたこと。
 そして紫練は藍を討って欲しいと彼に言ってきたこと。彼女はそのまま彼の話を聞いていた。だがその腕は徐々に振るえてくる。
「累?」
 驚いて彼は彼女を離した。すると彼女は彼から視線を逸らす。
「……累。」
「ダメです。そんな挑発に乗ってはいけません。」
 すると彼女は彼の胸に手を置いて、彼を見上げた。力の差は歴然だ。隆は弱くはない。だが藍の力は常人ではあり得ないのだ。きっと返り討ちにあうだろう。
 そんなことをされれば、彼は死ぬ。また失ってしまうのだ。
「累。」
「もう失いたくないんです。」
 その言葉に藍は、彼女を離して言った。
「おい。ちょっと待て。」
「どうしました?」
「それは俺が死ぬことが前提か?藍さんに向かっていって、俺が返り討ちにあうのが決まっているようだ。」
「だと思います。」
 あっさりという彼女の言葉に、彼は頭を抱えた。
「俺、島で誰にも負けたことはないんだがな。」
「島ですから。」
 井の中の蛙と言われているようだ。すると彼女は少し微笑むと、すっとその首に手をかけた。そして僅かに力をいれる。
「何……累……。」
 細い指が彼の首元を絞める。だがそれは一瞬。彼女は住ぐにそれを離した。
「私が首に手を持って行ったのはわかりましたか。」
「え?」
 首を撫でながら彼女をみる。
「きっと彼はこれ以上に、気配を消す。油断をしていることはないんです。」
 だから彼に手を出すな。そう言っているようだった。
 ますます取り残されたような気分になる。惨めだと思った。
 だが彼女はすっと体勢を変えると、彼の膝の上に乗り上げる。そして目を合わせると彼女の方から唇を重ねた。
「……累……。」
「こうしていると、あなたしか見ていないようです。そしてあなたも私しか見ていないんですね。」
「……。」
「隆。私はあなたが好きです。信じて下さい。」
「……累。抱いていいか?」
 そう言って彼は彼女の体に手を伸ばす。
「……寝る時間ありませんよ。」
「それよりも重要なことがある。今日じゃないと意味がない。累。それに……明日は土曜日だ。」
「え?そうでしたか?」
「ランチはないし、店に行くのは夕方でいいだろう?だからゆっくり寝よう。」
「あ……そうでした。」
 うっかりしていた。彼は少し笑うと、彼女の体に手を伸ばした。
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